世の中物騒だと覚えることがたくさんある件3
「………………」
見られている。
じっと、見られている。
ガヨさんに。私の手のひらが。
「……あの、ガヨさん、座るべきでは」
食事の時間だと窓から知らせに来たガヨさんとサラフさんと一緒に、私は1階まで降りた。カイさんに案内された食堂は、豪華だったけれど思っていたよりも小さい。お屋敷にいる人数が多いので、複数の部屋に分けたり時間をずらして食べるのだ。
カイさんが配膳しますから座っていなさいと言い置いて奥のドアに消えていった。サラフさんが当然のように、長方形のテーブルの短辺の方、奥の上座に座る。私はどの辺の位置にいるべきか迷っていると、ガヨさんが私の手を取ったのである。
「えーと、あの、ロウソクに火を点ける練習をしまして……で、ガヨさんにもらった呪力を使い切っちゃいました、すみません」
「……」
「……えーっと、それで、あの、総長さんに貰いまして……ことなきを得たというか……あの……」
心なしか、心なしかガヨさんの口がへの字になってるような気がするんだけども気のせいだろうか。
なぜ。すぐに使い切ってしまったからだろうか。せっかく分けてやったのに無駄遣いしやがって的な。でもその代わりロウソク点灯スキルを覚えられたので許してほしい。
心の中で祈っていると、いきなりグッと手を握られた。
「んっ?!」
ガッツリ握られた手、その手のひらがなんかムズムズするんですけど。
じっと握った手を眺めているガヨさんを見て、まだカイさんが戻る気配のないドアを見て、そしてサラフさんを見た。サラフさんはグラスを傾けながらこっちを眺めていた。完全に観察の姿勢である。
そうこうしているうちに、ガヨさんがパッと手を離した。左の手のひらを見ると、黒い楕円形が並んで花のようになっている模様が青い唐草模様に重なるように浮かび上がっていた。
「……えーっと、呪力、分けてくださったんですか」
ほぼ確認のために訊くと、ガヨさんは小さく頷いた。もういつもの無表情に戻っている。
サラフさんにも呪力を分けてもらったので、この左手にはそこにプラスするように呪力が溜まっているのだろうか。よくわからないけどなんか強そう。攻撃とかできそう。
もしかして、ガヨさんは迂闊に呪力を使い切った私を心配して、重ね付けで分けてくれたのだろうか。優しい。
「ありがとうございます。今度は大事に使いますね」
私がお礼を言うと、サラフさんの方を見ていたガヨさんが私を見上げて頷いた。それから椅子を引いて「座る」と言う。隣の椅子も引いていたので、ここに座れと言うことなのだろう。
……なのだろうけども、この席、サラフさんとかなり距離があるな。
3メートルくらいの長さがある机の、端っこにサラフさんがいる。ガヨさんが椅子を引いたのは、ちょうど反対側の端に近い椅子だ。
他の人たちも来るから空けているのだろうか。そうじゃないと気まずい。見た目に反してあんまり怒ることがないサラフさんでも気分を害するんではないだろうか。
案の定、戻ってきたカイさんが片眉を上げて「もっと近くに寄りなさい、会話が難しいでしょう」とお小言を繰り出していた。ですよね。
カイさんが配膳した席は、奥に座るサラフさんに向かって左手前にふたつ、右手前にひとつだった。それぞれサラフさんから最も近い席である。私とガヨさんは左側に移動することになった。
ガヨさんがサラフさんに近い方に座り、私はその隣に座る。席に座ると、グラスを置いたサラフさんがおもむろに口を開いた。
「おいガヨ、てめえいい度胸してんな」
急になんですか?! 喧嘩?! なぜ?!
言われた本人でもないのに、私は無駄にキョドッてしまった。今まで特に会話をしてなかったのに、なんでそんな物騒なことに。そしてガヨさんは何も聞こえなかったかのように座っているのもなぜ。度胸がすごい。飲み物を配っているカイさんのスルーっぷりもすごい。
「……えーっと、美味しそうなお肉ですね!」
いたたまれない空気を払拭しようと試みてみた。返事がない。
ガヨさんを見ると、こっちを見たガヨさんはわずかに頷いてくれた。サラフさんを見ると「……ああ」と返事もくれた。よかった。2人とも一般的コミュニケーションを取る気はあるようだ。
「2人ともにこやかにしたらどうです。ユキが仲の悪い両親のなかで気を使う哀れな子のようになっているでしょう」
カイさんが切り込んできた。ちゃんと文章で会話してくれるのは嬉しいのですが、その切り口はどうかと思います。あと今地味に遠回しに私が哀れって言ったよね。
「へへ……えーと、つまりサラフさんとガヨさんが夫婦ってこ」
「やめろ」
「違う」
「ですよねー」
ふたり揃って食い気味で否定がきた。サラフさんは目力強すぎ状態だし、ガヨさんもいつもより強い口調である。タイミングがぴったりだったので、仲が悪いのか良いのか。
「ユキ、気にしないように。総長もガヨも久しぶりの新人で舞い上がってるのでしょう」
「舞い……上がる……?」
この世界の舞い上がるの定義が不明すぎる。カイさんにはサラフさんの仏頂面とガヨさんの無表情が見えていないのだろうか。
「さあ食べますよ」
「いただきます……」
言葉の定義については溝が感じられたけれど、この世界のお肉は美味しかった。分厚くて豪華だった。




