異世界の新生活は知らないことが多すぎる件13
窓からソファの近くに差し込んでいた光が、ゆっくりと床を移動して今はドア近くを照らしている。その様子をずっと眺めているのは、流石に退屈だった。
ガヨさんにもらった果物は、やっぱり果汁が甘くて美味しかった。ガヨさんの侵入がサラフさんにバレて怒られたら困るので、食べた皮を細かくちぎって最初に食べた皮の内側に入れて証拠隠滅をはかっておく。ふたつ分の皮を丁寧にちぎり、大きくない穴から慎重に入れるという作業にはなかなか熱中できたけれど、やり遂げてもなお廊下に続くドアは開かなかった。
万が一サラフさんやガヨさんじゃない人が部屋にやってきた場合に備えて、椅子から壁際のソファに移動してみる。ドアの反対側なので、いざとなったらちょっとは距離が稼げるかもしれない。……いや、無理だな。逃げ切れる体力がなさそうだな。
フッカフカのソファに座りながら、近くにあるベッドを見る。
4人家族がゆったり眠れそうなベッドは、四隅に付いている天蓋の柱も装飾性が高い。その柱にまとめられている布も高級そうだ。これって洗濯できるんだろうか。取り外しも大変そうだし、絹だったら洗うとダメになりそうな気がする。
綺麗に並べられた枕に、ピシッと折り込まれたシーツ。ベッドを支える脚も曲線が美しい。
「よいしょ」
ソファに寝転がるように体を横にして覗き込むと、ベッドの下もそこそこなスペースがある。
私が使わせてもらっているベッドも、そういえばちょっと高めだ。これは使っているサラフさんの身長が高いせいかさらに高い気がする。
……このベッドの下、隠れられそう。
子供の頃、ベッドの下に殺人鬼がいる話を聞いて以来ベッド下のスペースに怯えていた私は、ベッドの下には収納ケースを入れてスペースを封じていた。この豪華なお屋敷ではそういった対策はされていないようだ。マフィアは隙間収納などみみっちいことはしないのだろう。
うん、潜り込んだら確実に入れる気がする。
以前の私であれば不安に思っただろうけれど、むしろ今はこの隙間がありがたい気がしてきた。やばい人が入ってきそうな場合、素早くベッドの下に潜り込めばバレないでやり過ごせそうだし、もし姿を見られたとしても、広いベッドの下に入り込んで奥の方に逃げたら走るよりは捕まえられにくそうな気がする。
実際にベッドの下に入る人なんていないだろうし、かなり有効な手段では。
ソファに寝転がったまま、入念に脳内シミュレーションを行う。
それにしても美しい。ベッドの下には絨毯が敷かれていないけれど、夕方の明るい日差しの中でも埃は少しも見当たらなかった。そういえばこんなに大きなベッドがあるのに、空中に舞う埃だって見えない。従業員が念入りに掃除をしているのだろう。
私もいつか部屋の掃除を任されるようになったりするのだろうか。廊下も水場も綺麗だったから、カイさんの掃除チェックはかなり厳しそうだ。部屋の埃をひとつ残らず排除しない限り夕飯抜きとか言われたら、3日くらい絶食することになりそう。
絶食は困るなあ。
昨日の今日なのにここの食事が温かくて美味しくて、絶食どころか地下牢の味気ない食べ物に戻るのさえも嫌だ。
いきなりやって来た人間に対してもしっかり食事を用意できるなんて、このお屋敷はやっぱりお金持ちなんだろうな。
……ここの人たちは、どういう人たちなんだろう。
敵対勢力を潰しにきたマフィアなのに、商品である私をお願いしただけで雇ってしまった。しかも、高額で売れると分かっている異世界人なのに、髪の毛1本すら寄越せと言わないのは何故なんだろう。そんな人情と仁義に溢れた人たちが犯罪行為ばかりしているマフィアというのもちょっと無理がある気がしてきた。だけど棍棒を装備していて、しかもガヨさんは「ぶちのめし慣れてる」らしい。善良な人たちはぶちのめし慣れたりしない気もして、やっぱりよくわからない。
聞いてみたいけれど、怒られるかな。ガヨさんなら教えてくれるかな。
ソファに横になっていたのが悪かったのかぼんやり考えているうちに、私はそのまま眠ってしまったのだった。
目を覚ましたのは、どれくらい経ってからなのだろうか。
「おい」
掛けられた声に目を開けると、青い目が間近でこっちを見ていた。




