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異世界の新生活は知らないことが多すぎる件12

「あの、お茶飲みますか? 冷めちゃってますけど」


 他人、しかも上司にあたる人の部屋で言うセリフではないけれど、私はガヨさんに提案してみた。たぶんガヨさんは私のためにわざわざ窓から入ってきた。3階の窓までどうやって登ったのかわからないけれど、全く疲れない行為でないことは明らかだ。棚にはまだカップがあったし、サラフさんなら怒らない、ような気がする。万が一に備えてちゃんと洗って拭いておけば万全だ。たぶん。

 しかし、ガヨさんは小さく首を横に振った。


「仕事戻る」

「あ、まだお仕事あるんですね。お疲れさまです。じゃあお昼はもう」

「警告しにきた」

「エッ」


 今なんかとても物騒な言葉が聞こえたような気がするんですけど。

 私の聞き間違いであってほしいなと思いつつガヨさんを見ると、黒い目がじっとこちらを見上げていた。


「えっと今なんと」

「警告しにきた」


 空耳じゃなかった。渓谷に行きたいとか稽古しにきたとか携行してきたとかじゃなく、警告しにきただった。


「け、警告とは」

「今来てる客、異世界人欲しがってる」

「え、えええ」

「ユキが弱いってバレてる。隙を見せたら捕まる」

「ええええー……」

「だから絶対出ちゃダメ」


 私は観光地のお土産屋に売っている人形のように何度も頷きまくった。

 話には聞いていたけれど、まさか本当にそういう奴らが近くにいるとなると怖さが段違いである。人攫いに売られそうになっていた頃は知らなくてよかった。理解してたら泣き喚くどころじゃなかっただろう。

 お金を積まれたって出ていきたくない。そう思いを込めて頷くと、ガヨさんも頷いてくれた。


「異世界人を狙う奴、外にいっぱいいる」

「い、いっぱいですか」

「バレたら危ない」


 ガヨさんの無表情っぷりが、言葉の迫力を増していた。

 赤い人が水場で言っていた言葉が脳裏に蘇る。異世界人はまず坊主にしたのち切り売りされるのだ。そしてそうしたいと思っている人間が、外にはうじゃうじゃいるらしい。

 嫌な世界に来てしまったな……と改めて思っていると、果物を持つ手に少しひんやりした手が重なった。顔を上げると、ガヨさんと目が合う。


「ユキは守る」

「ガヨさん……」

「ここにいたら大丈夫」

「……そうですよね、外に出なかったらそんな危ない目には」

「狙う奴は全員ぶちのめす」

「ぶち? え? ぶち……?」

 なんか今、ガヨさんの視線が一瞬殺し屋の目みたいな鋭さを放っていたような。気のせいかな。気のせいだよね。誰か気のせいだと言って。


「ここの人間、全員強い。呪力も高い」

「へ……へぇ〜……」

「狙う奴、ぶちのめし慣れてる」


 ぶちのめし慣れてるって、初めて聞いた響きだな。慣れるもんなんだな。

 言葉はとても物騒だけれど、私の手をそっと握っているガヨさんの気遣いはちゃんと伝わってきた。ガヨさんも異世界人を狙う人間じゃなく、守ってくれる人間なのだ。怖いやつもいるけれど、自分は味方だと伝えようとしてくれている。


「ありがとうございます、ガヨさん。この世界で最初に仲良くなれたのがガヨさんでよかったです」


 私がそう言うと、ガヨさんがじっと私を見上げた。それから小さく頷いて手を離すと、その手をポケットに入れる。取り出したものを私の手に乗せた。

 さっきもらった、果汁の入った果物である。


 なぜ追加……おかわり……?

 よくわからないまま私が改めてお礼を言うと、ガヨさんは小さく頷いてからまた窓を通って行ってしまった。身軽だ。そして音を立てずに窓を閉めていくあたりとても律儀だった。

 残ったのは私と果物ふたつと静寂である。


 ガヨさんは仕事が残っていると言っていた。ここには忠告と、果物をくれるためだけに来たらしい。

 色々とツッコミどころがあるけれど、でもおやつももらえたし、やることがなくて暇だったのでガヨさんが来てくれてちょっと嬉しかった。

 ヤバそうな人が屋敷内にいるのは怖いけど、万が一何かあったらガヨさんがぶちのめしてくれるに違いない。ガヨさんがぶちのめし慣れているのだから、この部屋の主であるサラフさんもきっとぶちのめしマスターくらい強いのだろう。つまりここにいれば安全だ。

 私は引き続き、大人しく待っておくことにした。






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― 新着の感想 ―
[良い点] ぶちのめしマスター という表現に笑いが止まりません。
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