異世界の新生活は知らないことが多すぎる件11
ポットや果物の皮を集めてバスケットに入れ、ナフキンでテーブルを拭く。するとたちまち私のやることはなくなってしまった。マグに残ったお茶を飲みつつ、座ったまま体を捻ってドアの方を見る。
さっき聞こえてきたような荒々しい物音や声は聞こえてこなくなったけれど、静かになったらなったでどうなっているのかわからない分不安だ。人様の部屋にひとりでいるというのも落ち着かない。
もうドンパチは終わったんだろうか。あんなに大きい物音がしたということはお屋敷の中がめちゃくちゃになっているのでは。インテリアにこだわりがあるらしいカイさんが怒りそうだ。せめて花を活けた花瓶を飾る前でよかった。せっかく頑張ったのに割られていたら私の心も砕かれるところだった。
ドアに近付いて、そっと耳を澄ませてみる。
しばらくじっとしていると、ガタガタと音が聞こえてきた。ドアからではなく後ろ側からである。慌てて振り返ると、豪華なソファの上にある窓が揺れている。
し、侵入者。
サラフさんに助けを求めるべきか、出るなと言われた言葉を守ってここで相手を見届けるべきか、洗面所に逃げ込んで鍵をかけるべきか。迷っているうちに窓が開けられ、ひょいと小さな頭が覗いた。
「……ガヨさん?」
揺れるストレートの黒髪にヘッドドレス、そして無表情。
小さな手がまず棍棒を部屋に落とし、それから人が出入りするには窮屈そうな窓に小柄な体を捻じ込んでこちら側に来ると窓枠に足をかけ、ソファを避けるように跳んで静かに着地をした。
ガヨさんって雑技団出身だったりするのだろうか。
黒くてゴスロリな服の汚れを軽く払うと、ガヨさんがじっと私を見上げた。
「あの、ガヨさん、そんなとこから入ってきちゃっていいんですか」
見事な身のこなしだったけれど、上司の部屋にこっそり忍び込んだりして怒られないだろうか。心配になって訊くと、ガヨさんは小さく頷きながら「たぶん」と言った。たぶん。
「サラフさん……総長さんなら部屋から出て行きましたよ。さっき廊下の方から大きい音とか声とか聞こえてきて、あの、乱闘的なものかなって……」
「客」
ガヨさんが簡潔に返事をした。
いや客って、マジで客なの。どんな交友関係してるのマフィア。いや物騒な関係なんだろうけれども。そんなに連日抗争とかしてるの。
「だ、大丈夫なんですか」
「大丈夫」
大丈夫らしい。本当だろうか。
確かにサラフさんが出ていってからは静かになったけれど、すでにお屋敷に侵入された時点で危ないのでは。しかも3階まで来てたっぽいし。
ドアを壊して入ってきたりしたら怖いな……と思っていると、ガヨさんがポケットから何かを取り出し、こちらに差し出してきた。
果物である。
青っぽくてツルッとした球体の果物である。
「……えーと」
「あげる」
「あ、ありがとうございます……?」
とても見覚えのある食べ物だ。お昼のデザートに食べたばかりの、液体が入っているアレである。さほど大きくはないけれど、ポケットに入れるにしてはちょっと邪魔じゃないだろうか。球体なので、どうしてもポケットが膨らんでしまう。
「これ、ガヨさんのおやつですか?」
「ユキのおやつ」
「私の? もしかして、わざわざ持ってきてくれたんですか?」
ガヨさんが表情を変えないまま小さく頷いた。
もしかして、私が出られない状況になっているのを察して、おやつを持ってきてくれたのだろうか。そのために、わざわざ外を通って窓から来てくれたんだろうか。
「ありがとうございます、ガヨさん。これちょうどさっき食べたんですけど、美味しかったので」
「知ってる」
知ってる……? 私がこれを食べたことを? なぜに?
私がお昼を食べたときには、もちろんこの部屋でサラフさんしかいなかった。そしてそれから私は一歩も外に出ていない。カイさんがバスケットにこの果物を入れたときも、ガヨさんはいなかった。
エスパー?
いや、きっとサラフさんと仲良しで話題に出たりしたのだろう。きっと。騒ぎをどうにかしている最中とかに。
「……ええと、あとで食べますね」
深く考えるのはやめておくことにした。




