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異世界の新生活は知らないことが多すぎる件8

「こちらが今日の軽食です。飲み物はこれ。果物はお好みで持っていきなさい」

「いえ、あの」

「2人分入っていますから、落とさないように」

「エエエ」


 サンドイッチ的なものとポットが入ったバスケットを持たされ「ボーッとしない」と怒られた。

 いやいや、なぜナチュラルに私とサラフさんの分を持っていくことになってるんですか。せめて2つのバスケットに分けて入れてくれませんか。


 問いただしたり要望を出したりしたかったけれど、カイさんの言っていた通り、1階は人の出入りが多くなっていて騒がしかった。厨房も例外ではないようで、色んな人がやってきてバスケットを持ってきたり、カイさんに話しかけたりしている。そのついでにジロジロ見られたりするので、私はバスケットを持ったまま人混みに押されて壁際に下がるしかない。

 この忙しさで話しかける勇気はない……と思っていると、カイさんがこっちを見た。


「モタモタしないでサッサと行くこと。花瓶はひとまずこのままに。また仕事があれば呼びに行きます」

「はい……」


 適当に果物を2つ取ってバスケットに載せながら、カイさんは私の背中を押して厨房から出した。できる上司だ。そして私はできない部下だった。

 布巾が掛けられたティーポットが傾かないように気を付けつつ歩いていると、サラフさんが立っている。


「お、お待たせしました……」


 先に部屋に戻られたらどんな顔して訪ねるべきかかなり困っただろうけれど、こうして待たれていても居た堪れなさが抜群だった。

 マフィアの総長に待っててもらうって、雇用してもらっている側がやっていいことなのか。そのうち無礼討ちされてしまわないか心配だ。

 急ぎ足で近寄ると、サラフさんは何も言わずに階段へ向かう。私はバスケットを持ちながらそれに続いた。ポットが重い。


「そんなに重かったんなら言え」

「いえ、大丈夫です……」


 階段を登り切ったところで息を切らせていると、サラフさんに気を使われてしまった。

 確かにポットは重いけれど、わざわざマフィアの人に持ってほしいと思うほどの重量級ではない。単純に体力不足なのである。

 異世界に来てからというもの、地下牢にほぼ閉じ込められっぱなしの生活だったのだ。ずっと膝を抱えているのは体に悪そうなので定期的にストレッチをしたり足を揉みほぐしたりはしていたけれど、いかんせん見張りがいるのでそれもこっそりやっていた。あんまり目立つ動きをして「出番」を早められたら嫌だったからだ。あと食べ物も少なかったので筋力も落ちている。もしかしたら逃走防止のためにも商品の体力を削っていたのかもしれない。

 というようなことを息切れしつつ説明したら、サラフさんに睨まれた。


「階段で息切れって相当だろうが。これから毎日10回上り下りしろ」

「じゅ、じゅっかい……」


 想像しただけで疲れる。


「ちゃんと飯も食え」

「はい……」


 マフィアがお母さんっぽいことを言っている。

 ジュースも朝食も美味しかったしご飯をたくさん食べることはむしろ嬉しいけれど、階段10回は死ぬ気がした。ありえねえ的な反応だったので言いにくいけれど、元々日本にいたときも階段で息切れしたことがある身としてはかなりスパルタに感じる。


「さっさと行くぞ」

「アッハイ」


 長い足が歩き出したので、私は慌てて付いていく。そしてドアの前で我に返った。

 サラフさんが向かったのは当然、サラフさんの部屋である。


 そりゃそうだ。部屋でメシ食うんだもの、部屋に行くよね。

 しかし、私の部屋は廊下を挟んで反対側の端っこにあるんですけど。

 バスケットひとつしかないんですけど、これ自分の分だけ持って部屋に戻るのかな。飲み物も分けてくれるかな。というか私も入るのかなこれ。


「早くしろ」

「ハイッ」


 ドアを開けたままのサラフさんが眼力を発したので、私は反射で返事をして中に入った。なんかデジャヴ。

 サラフさんの部屋は日光が差し込んでいるからか昨夜とは印象が違っていたけれど、それでも豪華な部屋に変わりはなかった。グラスや瓶が綺麗に片付けられ、ベッドシーツもピシッと整っている。


 サラフさんはソファではなくテーブルの方へと歩いていく。向かい合わせになった椅子の手前の方を引いて、それから自分は奥の方に座った。私のために引いてくれたようだ。親切だけど、つまりこれはここで食べろという意味でもある。


「失礼します」


 椅子に座ろうとして気付いた。飲み物を注がないといけないはずだ。昨日はまだ雇用されていなかったのでジュースをもらったけれど、本来は下っ端が用意すべきことである。


「あのサラフさん、カップはありますか?」


 私が質問すると、サラフさんは答える代わりに立ち上がって棚の方へと向かった。

 ああ、違う、違うんです。取ってこいって意味じゃなく、場所を教えてもらえたら自分で取ろうと思ったんです。

 勝手知ったる自室でカップを取り出すサラフさんに、私は「あの、私が」とオタオタ付いていくしかできない。近付くと、サラフさんはじっと私を見下ろしてからカップを渡してくれた。頼りねえなとか思われていそうである。


 渡された2つのマグカップは、大きめで取っ手がついていることは共通していたけれど、デザインは違っていた。ひとつは筆で細かく描かれた絵が付いているもので、もうひとつは一色の釉薬がかけられたようなものだけれど、凹凸で精巧な模様が彫られていた。どっちも高級そうだ。高級なマグカップって初めて見たかもしれない。

 壊さないように気をつけながらテーブルに置いて、ポットを傾ける。ちょっとスッキリする香りのついたお茶的な液体が出てきた。濃度が一定になるように、ちょっとずつ両方のマグに注いでいく。


「サラフさんはどちらのカップで飲みますか?」

「どっちでもいい」


 予想済みの答えが返ってきたので、私は凹凸がある方を渡しておいた。私が使ったら変に引っ掛けて倒したりしそうだからだ。

 ナフキンに包まれたサンドイッチ的なものもひとつ取り出して渡す。細長いそれは持ってみると温かい。お皿が必要かなと思ったら、褐色の手が律儀に受け取ってくれた。


「お前も座れ」

「あ、はい、失礼します」


 促されたら「じゃあ私は部屋で食べますねー」とはとても言えなかった。

 自分の分も取って、向かいの椅子に座る。

 マフィアの総長と向かい合って食べるホットサンド、プライスレス。






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