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異世界の新生活は知らないことが多すぎる件7

 小さくて細いその体が、私の袖の上でもそっと動く。


「ヒギャーッッ!!!」


 ゾワワッと背筋に走った悪寒のままに、私は腕を振り回した。


「おい、落ち着け」

「イギャー!! どこ!!」

「まだ付いてるぞ」

「ぃいいいいい取ってー!!!」


 腕をなるべく体から離そうと伸ばしつつ、流し台の前に立っているサラフさんに近付ける。サラフさんは「揺らすな」と言いつつ私の肘を掴み、それから袖にいるソレを取ってくれた。指につままれて動いているソレから視線を逸らしつつ、私は流し台の上を指さした。


「まっ……窓に」

「捨てんのか。害虫なら潰しても」

「潰すのダメ!!」


 そんな余計に気持ち悪くなることを提案するとは、さすがマフィアである。私が首を横に振りまくって拒絶していると、サラフさんはそのまま青虫を窓の外に投げた。素早く窓を閉めてから手を肘まで念入りに洗う。もし触ってたとしたら耐えられない。

 丁寧にすすいでから、私は石鹸を再び握った。


「はい。サラフさん」

「あ?」


 いくら手を洗ったばかりとはいえ、青虫に触れたのならばまた洗ってほしい。私がお願いしますと言いながら差し出すと、ちょっと眉を寄せていたサラフさんは石鹸を受け取ってくれた。黙って泡立て始める。

 レバーを動かして水を出しつつ、私はようやく精神が落ち着いてきた。


「あの……騒いですみません……あと取ってくれてありがとうございます」

「ああ」


 そして手洗いも強要してすみません。と心で付け足しておいた。

 いくら取り乱していたとはいえ、マフィアの総長に青虫取らせるなんて、よく考えたらかなりの無礼者ではないか。よかった、その場で青虫ごと切り捨て御免されなくて。そしてサラフさんがちゃんと青虫を指摘した上で取ってくれる系のマフィアで本当に良かった。

 心から感謝しつつ、私は自分の体をあちこちチェックする。腕のあたりを念入りに見ていると、サラフさんが「もう付いてねえ」と言ってくれた。


「あの、ありがとうございます」

「さっきも聞いたが」


 青虫取ってくれたのもそうだけど、手も洗ってくれたし、もう付いてないかも見てくれたし。あとよく考えたら敬語なしで叫んでしまったのに、特に怒ってなさそうだし。


 やっぱりこの人、意外といい人だ。

 迫力があるし、眼力もすごいし、強そうなオーラも出ているけれど。なんというか、人としてちゃんと扱ってくれていることが伝わってくる。人攫い集団からぞんざいに扱われていただけに余計にそう思うのかもしれないけれど、もし日本で普通に出会ったとしても親切だと思ったはずだ。まあ、最初はかなり暴力的だったけれども、結果的に私たち攫われた組は助かったわけだし。


 こういう優しいところがあるから、マフィアのトップになれるのかもしれないなあ。

 どんな集団だったとしても、上司は優しい人の方が働きやすいに違いない。

 綺麗な青い目を眺めながらちょっと思った。


「何を騒いでいるのです」

「うわびっくりした」


 いきなりドアが開いてカイさんが入ってきた。乱暴な動作ではなかったので音がなかった分余計にびっくりした気がする。


「騒ぐ前に仕事は終わったのですか」

「あの、大体……あの、青虫がいて、サラフさんが助けてくれて」

「総長が」


 じろりと見られたので慌てて弁解すると、カイさんが片眉を上げてチラリとサラフさんの方を見た。


「お帰りと聞いていたのに姿が見えないのでどこにいるのかと思っていたら、これはまた」

「うるせえな」

「失礼、花に興味をお持ちとは知らなかったので」


 カイさん、サラフさんはあんまり花に興味はなさそうですよ。声に出せないので心で念じておく。サラフさんが顔を顰めてるので、見ている側としては戦々恐々だ。赤い人といいカイさんといい、上司への態度がなんだかフランクである。

 サラフさんが舌打ちをしたのでカイさんはそれ以上何も言わず、テーブルの方を見る。


「花瓶によって花を選んで入れたのですね。中々宜しい」

「あ、はい、ありがとうございます」

「切り口も丁寧です」


 褒められた。ちょっと嬉しい。カイさんが「うちの者は入れればいいと思って乱暴に入れますからね……」と呟いていたので期待されていたラインが低かったからかもしれないけれど、合格点は貰えたようだ。ホッとした。


「もう昼ですから、軽食を食べなさい」

「はい」

「下はこれから騒がしくなります。総長の分も持って行って3階で食べるように」

「はい?」


 私が思わず素っ頓狂な声をあげると、カイさんが「語尾を上げない」と訂正させてきた。

 いやいやそれより今なんと。






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