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異世界の新生活は知らないことが多すぎる件4

 カイさんはまず私にヘッドドレスを与え、それから質問を与えた。


「ではユキ、まず得意なこととできることを述べなさい」


 突然の面接タイムである。


「あ、ハイ、得意なことは……」


 特にない。と言うと追い出されやしないだろうか。

 この人なら容赦なくやる気がする。


「と、得意なことは、何事にも真面目に取り組むこと……的な……あの、チマチマしたことをするのが好きなので、細かい作業とか教えていただけたら……ありがたいなと……」


 カイさんは無言で私を見ていた。


「できることは……家事は一通りできます……あとはお惣菜屋でバイトしてたので、お惣菜を計ったりレジの操作はできます……」


 大学2年、就活にはまだ程遠いと思って生きてきたせいで、自己アピールすべき点が全く見つからない。こんなことなら就活説明会に行けばよかった。真っ先に参加していた友達を意識高いなあと尊敬している場合じゃなかった。


「あとは……えーっと、あとは……読書サークルで……あっ」


 表情を変えずにじっと私を見てくるカイさんに、これだけは言っておかなければ。


「人を殴ったことも殺したこともありません!!」

「それはこの世界ではまあまあ普通のことです」

「私の世界でもそうでした!!」


 つまり、物騒なのはマフィア界隈だけということだ。よかった。思ったより悪い世界じゃなさそうだ。みんな物心ついたときからマイ棍棒を持つのが慣習の世界だったら逃げ出すところだった。


「あと、呪力? もありません!」

「それも問題ありません。呪力を持つ人間がこれほど集まっているのはここくらいなものです」

「アッそうなんですね。ということはトイレも普通は……」

「一般的なドアが使われていますよ」


 とりあえず、うっかり分けてもらった呪力が切れていても公衆トイレに走れば大丈夫そうだということがわかった。ありがとう異世界。随分と親しみやすく感じた。

 ちなみにここでのトイレはどうしたのか聞かれたのでガヨさんに貰った呪力のマークを見せると、カイさんはやや顔を顰めた。


「なるほど。結構ですが、あまり他人には見せないように」

「あの、それはこのマークが黒いからですか?」

「そうです。普通の人間はその色やマークを好みません。物騒な相手だと手首を切り落とそうとすることもあるので気を付けるように」

「怖っ!!」


 呪い云々より、手首切ってくる人がいる方がよっぽど怖い。私は左手をぎゅっと握って自分の方へと引き寄せておいた。できるなら体のパーツとは末長く一緒に過ごしたい。


「あの、カイさん。ちなみに普通の人間というのはこの建物にどれくらい」

「ここにはいませんよ」

「えっ」


 マフィアには普通の人間はひとりたりともいないようだ。カイさんの即答具合が居合斬りのようだった。ご自分が仕切っている仕事場なのに、そんなにキッパリ言い切らなくても。カイさんの見る目が厳しいのか、それとも遜色なく普通じゃない人たちなのか。……後者のような気がしてきた。

 総長であるサラフさんに地雷を踏み抜いていた赤髪の人、丁寧かつ容赦ないカイさんに、自称呪われているガヨさん。今まで遭遇した人たちだけでも、普通だと思える人がひとりもいなかったのだ。


「えーと、あの、じゃあコレ見られても大丈夫ですね!」

「……まあ、確かにそうですね」


 普通の人だけど手首を落とすかもしれない集団と、普通じゃない人ばかりだけど手首を落とされる危険性がない集団。マフィアとか諸々の要素もあるので総合的に見るとどちらがいいのかわからないけれど、とりあえず手首ロストの可能性がないということはいいことだと思う。


「そんなことよりもユキ、先ほどから出来ないことばかり連ねていますが」

「ウッすいません」

「戦闘に関する能力が皆無だということは理解しましたから、予定通り屋敷の中で働いてもらいましょう」

「ありがとうございます!」


 よかった。いきなり「これがお前の相棒だ」と棍棒を渡され屋敷から蹴り出され、総長のために命を賭けるのが仕事とか言われなくて本当によかった。丁寧な人は言葉に容赦はないけれど、きちんと能力に見合った仕事を与えてくれる有能な上司のようだ。この若さででかいお屋敷を取り仕切っているだけある。


「ではまず屋敷を案内します」

「ハイッ」

「ちなみに訂正しておきますが、我々はいつも物騒なことをしているわけではありませんからね」

「エッ」

「なんですかその声は。毎日暴力沙汰ばかりでは何のために生きているかわからないでしょう」


 カイさんはさも心外だ、という顔で私を見る。

 私は頷いた。確かにマフィアといえど、年中無休で血生臭いことをしているわけではないだろう。暴力沙汰の他に、酒池肉林とかもありそうだし。


 それからカイさんは、広いお屋敷の中を案内してくれた。洗濯室、倉庫、掃除用具室、水場、食料庫、厨房。一見静かなお屋敷だけれど、ドアを開けるとそこそこ人がいる。それぞれの場所でカイさんに私のことを紹介されたので、軽く頭を下げた。


「ここは立ち入り禁止ですから入らないように」

「あの、カイさん」

「何です?」

「立ち入り禁止の部屋が多くないですか?」


 もう10回くらい「ここには入らないように」という言葉を聞いたんですけど。

 最初は新参者が関わらなくていい場所もあるだろうと思っていたけれど、流石に多い。そしてたまに人の声が微かに聞こえてきたりして怖い。


「そうですね。とはいえ危険な部屋が多いのは、我々の組織の性質上仕方ないことです」


 マフィアの性質上。つまりやばそうなブツとかやばそうな行為とかが行われているのだろうか。


「ちなみにこの部屋は武器庫です」

「絶対開けません」

「それがよろしい」


 棍棒コレクションか、銃火器コレクションか、なんかよくわからないけれど関わりなく生きてきたい。マフィアに雇ってもらってなんだけど可能な限り穏便に生きていきたい。


 お屋敷の構造としては、1階が厨房や武器庫などの色んな人が出入りする部屋があり、2階には組織の構成員の寝室が並んでいるそうだ。このお屋敷には50人ほどが暮らしていて、地位によって4人部屋だったり2人部屋だったり個室だったりするらしい。ちなみにカイさんは個室だそう。


「3階はどういう部屋があるんですか?」

「総長の部屋に、あとは特殊な目的の部屋がありますね」


 特殊な目的って何。


「……あの、カイさん。私も2階に移るんですか?」

「あなたは3階で暮らしなさい」

「でもあの、総長さんと同じ階ていうのはよくないんじゃ」

「何か不満が?」

「ないです」


 従業員として雇ってもらったからには他の人と同じ待遇になるのかと思ったら、まだ私はあの部屋のままらしい。

 ……働かせてやるけどニーズによっては商品にするとかじゃないよね?

 そういう人材に対する柔軟性を持っていないことを祈る。


「命が惜しいなら少なくともしばらくはあの部屋で過ごしなさい。もしどうしても部屋を移りたいなら、そうですね、数ヶ月後に総長と相談しては」

「ずっとあの部屋で過ごします移りたくないですあの部屋大好きです」

「そうでしょう。3階の内装は特に気を使っていますからね。特に廊下の色合いと、そこから部屋に入ったときの……」


 カイさんがインテリアのこだわりについて話し出したので、私は頷きつつこっそり冷や汗を拭った。

 命が惜しいなら、ってどういうことなの。そんなの惜しいに決まってるんですけど。

 あと総長に直接わがまま言うとかそれも命が惜しいとできない行為なんですけど。






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