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異世界の新生活は知らないことが多すぎる件2

 いつの間に。

 真っ黒な太ペンで描いたような模様だけれど、指で擦ってみても落ちることはなかった。くっきりした濃い黒色なので浮いて見えるけれど、よく見てみると皮膚に染み込んだように手の皺にも入り込んでいる。


「ガヨさん、これ何ですか?」

「呪力」

「えっ」

「少し移した」

「エッ」


 そんなことできるんすか、呪力。

 もう一度手のひらを眺めるけれど、特にそういった力は感じられない。あの輪ゴムで擦られているような感覚が呪力なんだろうか。

 いまいち実感のないまま、私は模様の浮かんでいる左手を洗面所の壁に当てる。すると手のひらの真ん中にまたムズムズする感覚がして、トイレのドアが開いた。


「できた! すごい」


 さっきまでは開く気配すらなかったのに、今度はあっさりトイレとご対面できた。

 喜びのまま振り返ると、ガヨさんはいつも通り無表情でこっちを見上げていた。


「ガヨさん、ありがとうございます。これでいつでもトイレに行けます」

「呪力、使うと減るから」

「あっ、そうなんですね。じゃあ気を付けて使います」


 移した、とガヨさんは言っていたので、呪力にも容量みたいなのがあるのかもしれない。トイレ使用何回でゼロになるのかはわからないけれど、切羽詰まったことにならないように気をつけておこうと思った。


「呪力が消えたら、それもちゃんと消える」

「それ……このマークですか?」


 ガヨさんはまた小さく頷く。


「嫌だろうけど、消えるから」

「全然嫌じゃないです。むしろありがとうございます」


 トイレへの道を切り開いてくれるとか、むしろガヨさんには感謝しかない。

 減ったらまたお願いしますと頭を下げると、ガヨさんがちょっと表情筋を動かした、気がした。


「……その模様、嫌われる」

「えっ誰に……?」

「呪いの色だから」


 黒目がちな目を伏せながら、ガヨさんは小さく言った。

 手のひらに浮かぶ模様は、黒い線で描かれている。昨日、ガヨさんの髪や目が黒いのは呪いがうんぬんかんぬんと言ってた気がするので、その関係だろうか。

 そんなに黒い色が嫌いなら、黒髪の私もこの世界の人に嫌われてそうな気もするけどそうでもない感じは何故なのか。いや確かに人攫いに捕まったりしたけど、それは私だけじゃないし。


「あのー、こちらのことはよくわからないのでアレですけど、とりあえずトイレ行けるのはすごく嬉しいし、このマークも呪力がなくなったら消えるなら便利でいいと思います」

「……」

「あとほら、なんか花びらっぽい模様だし、可愛いですよ」


 これがもし髑髏のマークとか、目と口があって喋るとかだったら私も悩んだかもしれないけど、それでもトイレへの通行券であれば私は付けてもらってただろう。見たかぎり楕円形が並んでいるだけだし、黒一色だから目立たないといえば目立たないし、握っても特に違和感はないので問題ない。

 それよりトイレ行きたい、という気持ちをやんわりと伝えるとガヨさんが部屋に戻っていったので、私は自分で開けたトイレへと入った。豪華さは総長部屋の方が豪華だったけれど、可愛い内装だった。


 しかし、呪力がないとトイレのドアが開かないなら、昨日トイレを貸してくれたサラフさんも呪力を使えるのか。ていうかこのお屋敷の人全員が使えるんだろうか。……全人口じゃないよね?

 日常生活で他に呪力を使わないとできないことがあったら大変だ。呪力で動く洗濯機とか、呪力で動く掃除機とか、呪力で動く車とかしかなかったらどうしよう。いや、どうにもならないんだけど。

 色々考えつつトイレを出て手と顔を洗い、ガヨさんにお茶(睡眠薬入ってないっぽいやつ)をもらって飲んでいると、ノックの音が聞こえた。


 椅子から立ち上がったけれど、私より早くガヨさんがドアへと向かう。中腰のままドアの方を見ていると、入ってきたのは昨日部屋に案内してくれた、青緑色の髪の丁寧な人だった。すっと音もなく入ってきたその人に挨拶をする。


「おはようございま……」

「やっと起きたのですか、もっと早く起きるようにしなさい」

「スイマセン」


 朝から容赦がなかった。

 確かに起きたら結構明るかったけど、マフィア的にも寝坊のようだった。意外と健康的な生活リズムをしているのかもしれない。


「その格好じゃ外に出られませんから、今朝はここで食事を取るように。ガヨ、取りに行きなさい」


 丁寧な人からすると、寝巻きで外を歩くのはアウトのようだ。私の全身に視線を走らせてから、部屋を出ようとするガヨさんに「服と、それから靴も忘れずに」と声を掛けている。人攫いに捕まって服だのバッグだのを取り上げられてからずっと裸足だったので、靴をもらえるのは嬉しかった。ありがとうございますと言うと、丁寧な人が片眉を上げた。


「それより、総長へ直々に働くと申し出たようですね」

「アッハイそうなんで」

「図々しい」

「スイマセンッ」

「ですが、自分の身を賄おうとする心意気は評価します」


 怒られたかと思ったら褒められたっぽかった。

 反射的に下げたままの頭で混乱していると「さっさと顔を上げるように」と言われたので直立姿勢に戻る。


「名前は?」

「あ、ユキです。よろしくお願いします」

「態度がオドオドしていますが、礼儀はあるようですね。私はカイ。この屋敷を取り仕切っています」


 これまた強そうなポジションの人だった。丁寧なだけある。

 総長から連絡がいっていたようだし、ここで働くのであればおそらくこの人が実質的な上司になるのだろう。ていうか昨夜の今日でちゃんと話を通してくれるサラフさん、親切だしマメだな。マフィアを束ねるのであればそれくらいマメでないとダメなのだろうか。


「食事を済ませたら着替えをして1階に来なさい」

「ハイッ」

「身嗜みも見ますから、そのつもりで」


 そう告げたカイさんは、そのまま部屋から出ていってしまった。

 視線で見送ってから、椅子に座り直す。


 なんか唐突に色々と緊張した。

 けど、本当にここで雇ってくれるようだ。

 私にマフィアっぽいことができるのかかなり疑問だけれど、雇ってくれるからには頑張りたい。気合を入れていると、ガヨさんが朝食と着替えを持ってきてくれた。




 


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