【短編版】シンデレラの姉ですが、不本意ながら王子と結婚することになりました
10/10 シンデレラ側のお話を投稿しました
→「もしもシンデレラが、王子ではなく魔法使いに恋をしたら」
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跪いた王子が、少女の足にガラスの靴を履かせていく。
ガラスの靴は、誂えたように少女の足にぴったりとはまってしまった。
「君だったんだね……僕の運命の姫……!」
感極まってそう口にするのはこの国の王子のフランシス様で、そんな彼が愛を囁いているのは私の妹で。
これは、まさにハッピーエンドの第一幕ってところなのかしら?
悔しそうに地団太を踏む母と姉の隣で、私は呑気にそんなことを考えていた。
しかしまさか、妃選びの舞踏会に颯爽と現れたあの少女が、私の義理の妹――エラだったなんて。
母や姉は「シンデレラ」なんて呼ぶけれど、確かにエラは美しい。
王子が見初めるのも納得だ。
「さぁ、すぐに城へ行って結婚式を挙げよう!」
フランシス王子はキラキラと目を輝かせて、エラの手を握っている。
だが対するエラは……何故か浮かない顔をしている。
いったいどうしたの……と、私が声を掛けようとしたその瞬間――
「迎えに来たよ、マイハニー♡」
窓ガラスを突き破るようにして、箒に乗って真っ黒なローブに身を包んだ男が突然現れたのだ。
どう見ても不審者である。後でガラス代請求できるかな?
だが、その途端エラは目を輝かせてその男に駆け寄ったではないか。
「来てくれるって信じてた! 魔法使いさん!!」
「僕が君を置いていくはずないだろう? それじゃあ行こう、果てしない魔法の旅へ!」
「はい♡」
あれ……エラちゃん。何でどうみても不審者の男に抱き着いているんですかね?
しかも、果てしない魔法の旅って何!!?
「ちょ……ちょっと待って、エラ!」
「アデリーナ……あなただけはこの家の中で私に優しくしてくれたわ。私、いつまでもあなたの幸せを願ってる」
「いえいえ私のことはいいから……王子は? お城は? 結婚は??」
慌ててエラに声を掛けると、彼女は切なそうな表情を浮かべて瞳を潤ませてしまった。
その視線が王子の方を向いた途端、エラはとんでもない爆弾発言を繰り出したのだ。
「ごめんなさい、王子様! 私やっぱり、魔法使いさんが好きなんです!!」
「…………え?」
「だからあなたの妃にはなれません! あなたは素敵な王子様だから、きっと素敵なお妃様が見つかります!!」
「エラ、待って!」
「さようなら、みなさん! エラは幸せになります! 我儘を許してね!!」
止める間もなく、エラと魔法使いは箒にまたがってすごい勢いで我が家を飛び出してしまった。
我に返った城の家臣たちが後を追いかけたが時すでに遅し。
二人の姿は、雲の間に消えてゆきましたとさ。
めでたしめでたし……なわけないですよね!!
「おい、どうするんだこれ……」
「もう『王子が運命の相手を見つけた』って城に伝書鳩を送ってしまったんだが……」
「このまま手ぶらで帰れば、末代までの恥だぞ……!」
集まった家臣たちはいたたまれない表情で、こそこそと囁き合っている。
まさか麗しの王子が、運命の姫君に逃げられた……なんて知られるわけにはいかないのだろう。
そんなことが知られれば、国中の……いや、諸外国も巻き込んだ笑いものになってしまう。
だが、事態は既に後戻りできないところまで進んでしまっている。
いったいどうするのかしら……とはらはらしていると、項垂れていた王子が顔を上げた。
その世界を憎むような鋭い視線は……まっすぐに私に向けられている。
「……おい、貴様」
「はいっ!」
「貴様は……彼女の姉か」
「はい、アデリーナと申します」
フランシス王子はつかつかと私の前までやって来ると、がしりと私の手首を掴んだ。
痛い。めちゃくちゃ痛い。絶対この人怒ってる……!
「この娘を連れて帰る」
「えっ……?」
「貴様に拒否権はない。黙って俺の妃になれ」
麗しの王子に「俺の妃になれ」なんて言われてしまうとは、状況が違えばとんでもなくときめいたかもしれない。
だが、今の私にそんな余裕はなかった。
「貴様に拒否権はない」といった通り、これは脅しだ。
王子は運命の姫君を探しに私の家にやって来た。ここで私を連れて帰り、「ガラスの靴がぴったりだったのはこの人です」と言ってしまえば表面上は丸く収まってしまう。
逆らえば、爵位剥奪のうえ一族粛清もありうる。まさにデッドオアアライブだ。
ここで死にたくなかった私は、こくこくと首振り人形のように頷くことしかなかった。
……はぁ、どうしてこうなってしまったのかしら。
こうしてシンデレラの平凡な姉でしかない私は、運命の姫に逃げられた王子の体裁を保つためだけに、彼に嫁ぐことになったのである。
◇◇◇
そんなこんなで私がお城に拉致同然に連れてこられると……なんと、既に結婚式の準備は整っていた。
行動早すぎですよ王子。どんだけエラと結婚したかったんですか。
「あれがフランシス王子の運命の相手?」
「なんていうか……」
「思ったより地味だな……」
あの、聞こえてますよ……?
なんて言うこともできず、私は好奇の視線にチクチク刺されながら控室へと放り込まれてしまった。
「くっ、ドレスがきつい……! 王子の注文通りのサイズで作ったのに!」
内臓が飛び出そうになるほどコルセットで締めあげられて、私は危うく嘔吐しそうになるところだった。
王子がエラの為に誂えたウエディングドレスは、私にはきつすぎたのだ。
しかし王子、目測でドレスを仕立てるなんてちょっとチャレンジャーすぎじゃないですか?
これたぶん、小柄なエラでも相当きつきつですよ??
なんとか私の標準ボディをドレスに押し込めて、フランシス王子と共に礼拝堂の前の扉に立つ。
たぶん王子が私の存在を認識してから、実に数時間でここまで来てしまった。
ちらりと横を伺うと、彼は視線だけで人を殺せそうな顔をしていた。正直怖い。
「いいか、エヴァリーナ」
「アデリーナです」
「貴様の名前などどうでもいい。とにかく貴様は、あの舞踏会の日に俺に見初められたのだ。ガラスの靴もお前にぴったりだった、いいな?」
いいな? とか聞いておきながら、たぶん私の意見を聞く気はないのだろう。
答えは「はい」か「YES」で。断れば死が待っている。
大丈夫、ちゃんと存じておりますとも。
「すべて仰せのままに、王子」
エラの前では猫被っていたくせに、今や不愛想な俺様王子が前面に出ている。詐欺ですよこれ。
エラちゃんこの人に引っかからなくてよかったね。
なんて、他人事みたいに考えてしまったり。
「フランシス王子様、並びにお妃様の入場です!」
景気のいいトランペットの音色と共に、私たちはしずしずと礼拝堂を進む。
え、王子の運命の姫けっこう地味じゃない……? みたいな視線が突き刺さるのはもう慣れてしまった。
病める時も健やかなる時もなんとかかんとか。
虚ろな気分で誓いの言葉が終わり、あっという間に誓いのキスの時間がやって来てしまった。
王子が雑な手つきで私のベールを払う。
その視線は冷たい。いかにも不本意ですって感情がビシバシ伝わってくるようだ。
でも不本意なのは私も同じ。というか、私の方がよっぽど理不尽な目に遭ってると思うんですけど?
なんて考えてる間に、王子の顔が近づいてくる。
額かな? 頬かな? なんて予想を裏切り、しっかり唇にチューしてくれやがりました!
あぁ、さようなら私のファーストキッス。いきなりすぎて感想は特になし。
こうして、非常に残念な感じに私の結婚式は終わってしまったのです。
◇◇◇
別にほっといてくれればよかったのに、結婚式の夜――つまり初夜。
フランシス王子は寝室でごろごろしていた私の元へやって来た。
まさか帰ってくださいとも言えずに、仕方なくお茶など淹れてさしあげることにする。
「お前に言っておきたいことがある。……いいか、決して俺の愛が得られるなどと思うな」
「承知いたしました」
別に王子の愛なんて欲しくないからいいですよ。お妃選びの舞踏会に参加したのも、参加者の中からめぼしい相手を見繕うのが目的でしたし。
フランシス王子は私があっさり了承したのに不意を突かれたのか、何やらもごもごと言っていた。
よく聞こえないので、私は私の伝えたいことだけを口にしましょう。
「王子、この結婚は事故……いわばアクシデントのようなものです」
「……そうだな」
「ですから王子は、わたくしのことなど忘れてくださって結構です。愛人でも側室でも、自由にしていただいて構いません」
「…………ん?」
「とりあえず衣食住の便宜だけ図っていただければ、私は大人しくしていると約束しましょう。ほとぼりが冷めたら離縁していただいても結構です。それと……」
偉そうにソファにふんぞり返る王子の前に膝をつき、私は深く深く土下座した。
「不肖な妹がご迷惑をおかけしたこと……お詫び申し上げます」
先走りしすぎて後戻りできなくなったのはほぼ王子のせいだけど、あそこで魔法使いと駆け落ちしたエラも、デリカシーが足りてなかったのは確かだ。
とりあえず姉として申し訳なく思って、あと保身の為に(ここ重要)、私は王子に謝罪をすることにしたのだ。
フランシス王子からは何の返答もない。
え、この空気やばいんじゃない……? と思い始めたころ、頭上から静かな声が降って来た。
「顔を上げろ」
ゆっくり時間をかけて顔を上げると、王子はなんというか……ちょっと気まずそうな顔をしていた。
「別に、お前のせいではないだろう。何故そんな風に謝罪をするのだ」
「今回の騒動の発端が、私の妹にあるのは事実です。これはエラの姉としての謝罪です」
あと謝罪したっていう実績作りね。
今後王子が私の首を刎ねたくなった時に、今日の土下座を思い出して踏みとどまってくれるかもしれないなんていう、打算もあるけれど。
「……もういい。俺は俺の好きにする。お前も好きにしろ」
そう言うと、王子は私に背を向けるようにして大きなソファに横になった。
しばらく様子を伺ってみたけど、そこから動く様子はない。
これは……今夜はここで寝るってことかな?
本来だったら「私がソファで寝ますので王子はベッドをお使いください!」って言うべきなんだろうけど……私も疲れていた。
できればソファじゃなく、ふかふかのベッドで眠りにつきたいのである。
そろそろとベッドに移動し、王子の様子を伺う。
よし、変化なし。明かりを落とす。
……変化なし。これは、今夜はもうこのままだと考えていいだろう。
正直言うと、ほっとした。いくら地位も顔面偏差値も高いイケメンだとしても、別に好きでもない相手と同衾っていうのは嫌だからね。
「……おやすみなさい」
何となくいつもの癖で、そう口に出てしまった。
どうせ聞いてないんだろうな……と思ったら、暗闇から小さな声が返ってくる。
「……あぁ」
……参ったな。疲れてるのに、今夜は眠れそうにない。
◇◇◇
結婚式の翌日から、私のお妃様生活が始まった。
……といっても、特にやることはない。スケジュールは空白だ。
フランシス王子はすぐに私のことをポイ捨てするつもりで、妃教育など施しても無駄だとお考えなのだろう。
なんとも賢明なご判断だ。有難さに涙が出そうになる。
「お妃様、本日はいかがいたしましょうか」
「うーん……そうね、じゃあこの離宮の案内を頼めるかしら」
充実したロイヤルニート生活を送るためにも、どこに何があって、どんな暇つぶしができるのかを知っておくべきだろう。
緊張気味の侍女に私に与えられた離宮の案内をしてもらいながら、きょろきょろと有効活用できそうな場所を探す。
一通り案内してもらって、休憩をしながら私は侍女にそっと頼んでみた。
「午後からは……釣りがしたいの」
「はい?」
侍女はぱちくりと目を瞬かせている。
だって……よさそうな川があったんだもん。
離宮の外は森につながっていて、森の中には自然の川が流れている。
特にやることのないロイヤルニートな私は、日がな釣りをしたり、庭に畑をこしらえて野菜の栽培を試みたり、広大な空き地に牧場を作ったりしてのんびり暮らしていた。
はぁ……憧れだったんだよね、こういう生活。
不本意ながら王子と結婚してしまった時はどうなるかと思ったけど、理想の生活を手に入れられたことは素直に喜ばしい。
ありがとうエラちゃん。元気でやってるか気になるからたまには手紙でもちょうだいね。
でも、こんな私のだらだら生活も王子と離縁するまでの期間限定だ。
離婚したら慰謝料とかもらえないかな? できれば田舎の土地も欲しい。
大自然の中で、悠々と余生を過ごすのだ。野望は大きく持たなくては。
その為にはある程度王子を懐柔しておいて、離婚時の交渉が少しでも有利に進むように取り計らっておくべきだろう。
なんてことを考えながらキャロットケーキを作っていると、ちょうどフランシス王子がやって来た。
「何か困ったことはないか……と聞きに来たのだが、その様子だと問題なさそうだな」
「おっしゃる通りでございます」
侍女たちとキャッキャしながらケーキを作っていた私を見て、王子も私がロイヤルニート生活を満喫しているのを一目で理解したようだ。
そのまま踵を返そうとした王子を引き止め、私は出来立てほやほやのキャロットケーキを献上することにした。
贈り物で好感度を高め、離婚交渉を上手く進めようという魂胆である。
王子には気づかれませんように。
「お口に合えばよろしいのですが」
断られるかな……と思ったけど、王子は案外素直にケーキを食べてくれた。
「変わった味だな。何のケーキなんだ、これは」
「キャロットケーキにございます」
「キャロット……にんじんだとぉ!?」
急に王子が椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がったので、私は危うく吹き飛ばされそうになってしまう。
おろおろしていると、真っ青になった侍女がそっと耳打ちしてくれた。
「も、申し訳ございませんお妃様……! すっかり忘れていたのですが、王子様はニンジンが大の苦手で……!!」
そういう情報は先に教えてくださーい!……なんていっても後の祭りだ。
王子は真っ赤になってプルプルと震えている。あっ、これは処刑確定ですね、私が。
グッバイ私の短い人生。次生まれて来るなら資産家の農家の娘とかに生まれたい。矛盾しているってことは気にしてはいけない。
「これが……ニンジンだと?」
「はい、私が離宮の畑で育てたニンジンでございます」
もうやけになって、私は一人前シェフになったつもりでべらべらと解説をしてやった。
だが王子は、いつまでたっても「この女の首を刎ねろ!!」などとは言いださない。
それどころか……。
「ニンジンを使って、こんなに美味いものが作れるのか……!」
……もしかして、庶民の味がお気に召したのでしょうか。
宮廷に勤めるようなエリートシェフは、こんな田舎臭い料理は作らなさそうですもんね。
「……そなたは本当に変わった娘だな、カロリーナ」
そう言って、王子は嬉しそうに微笑んだ。
もしかしたら、その表情にドキッとしていたのかもしれない。
……私の名前を、間違えてさえいなければ。
王子、非常に残念なお知らせですが、私はカロリーナではなくアデリーナです。
◇◇◇
あのキャロットケーキ事件の後、王子は時々私の住む離宮を訪れるようになった。
王子忙しそうだもんね。私のニート生活が羨ましいのかもしれない。
せめてもの慈悲で、王子が来るたびに田舎臭い手作り菓子を振る舞ってあげている。
彼は意外とこういう味が好きみたいだ。
普段は最高級の料理ばっかり食べてるから、珍しいのかな。
そんな感じで平和な日々を過ごしていると、ある日突然嵐はやってきた。
「来月、南の国の使節団を我が国に迎え入れることになった。君も歓迎パーティーには出席するように」
「はぁ……」
いやいや、私をそんな重要な場に出して大丈夫なんですか?
てっきりそろそろ私の代わりに有能な愛人でも作っているのかと思いきや、そんなことはないのだろうか。
「あの、私にそんな大役が務まるでしょうか」
「心配か? なら明日からこちらに教師を手配しよう」
いやいや、私を教育するんじゃなくて、私の代わりに誰か連れてってくださいよ。
……なんて、小心者の私には言えるわけがなかった。
仕方がない。お飾りとしての価値もない妃ですが、フランシス王子のために一肌脱ぎましょう。
だから、失敗しても責めないでくださると嬉しいです。
翌日から、私の即席妃教育は始まった。
と言っても、単にその場しのぎになればいいので、本物の妃教育からすれば児戯のようなものだろう。
お辞儀をする時は頭だけではなく腰から曲げて、とかそんなレベルの。
元々私も、地味だけど貴族令嬢。最低限のマナーは既に身についている。
「調子はどうだ、ニドリーナ」
アデリーナです、王子。……なんて突っ込むのも、もう野暮な気がする。
私はニコニコと笑って、王子の勘違いを華麗にスルーしておいた。
「教師から進捗状況は聞いている。君なら公的な場に出しても、ひどい失敗はしないだろうとな」
それは良かった……と言ってもいいのかどうか微妙な評価である。
まあでも、合格ラインに到達したのならそれで良しとしよう。
結果的に言えば、歓迎会はつつがなく終わった。
「運命的に出会ったお妃様にしては地味ですな……?」みたいな視線が突き刺さるのはもう慣れてしまったので気にしない。
「よくやったぞ、カテリーナ。南の国の親善大使はたいそう喜んでいたそうだ」
王子からはお褒めの言葉も頂けた。これで何とか首の皮は繋がったままですね。ふぅ。
だが別に、私は何か褒められるようなことをしたわけではない。
元々姉や義妹に比べて地味な容姿の私は、社交の場に出ることもあまりなく、図書館で借りた本を読むのが日課だった。
そのため、どうでもいい雑学は山ほど頭の中に入っているのである。
そして今回、向こうの親善大使もたまたま私と同じ人種だった。ただそれだけだ。
たぶん陽気なパリピみたいな人だったら、私の評価は地に堕ちていたことだろう。あぶないあぶない。
だがこの歓迎会を皮切りに、私のニート生活に変化が訪れたのである。
「見てください、お妃様。招待状がこんなにたくさん!」
「皆、賢妃と名高いお妃様と親交を持ちたくて仕方がないのですよ!!」
うわー、招待状とか勘弁してください。私、社交界苦手なんですってば!
しかも賢妃なんて……とんでもない噂が広まっている始末。これ実物見たら絶対がっかりする奴ですよ。
でもこれだけの招待状を全部無視していたら、うっかりとんでもない重要人物を怒らせてしまったりするかもしれない。
そうなれば私の命など風前の灯火。
そんなのは嫌だ。円満に離婚すれば、念願の田舎暮らしが手に入りそうなのに!!
……仕方ない。せいぜい出席して恥をかいてこよう。
どうせ物珍しさで招待されただけだし、一度会ってがっかりすればもう誘われないだろう。
私も一応王子の妃だし、そこまでひどい扱いはされないと信じたい。
「招待状を優先度の高さ順に仕分けしてもらえる? すべてに出席するのは無理そうだから」
「かしこまりました!」
……はぁ。
王子、早く私の代わりのお妃様を見つけてくださいね。
◇◇◇
予想に反して、私への招待状は減ることはなかった。
それどころか、時間が経つほど増えていく始末。
一度出席すればもう誘われないかと思ったのは、大きな間違いだった。
はぁ、陽気な人々の考えることはわかりませんわぁ。
「……疲れているようだな、カリーナ」
招待されたお茶会で無理に笑顔を作りすぎて、顔が筋肉痛になってしまった。
ぴくぴくと頬をひきつらせてダウンする私に、離宮にやって来た王子は苦笑している。
「君はよくやってくれている。一週間ほど、避暑に行かないか?」
何でも王家が所有する避暑地の離宮に、私も連れて行ってくださるのだとか。
たとえ一週間でも、ここを離れられるのなら嬉しい。
私は一も二もなく頷いた。
山! 川! 湖! 大自然!!
王子が連れて来てくれた離宮で、私はやっと元気を取り戻した。
こっちに来たら来たで接待とかあったらやだなー、と心配していたのだが、幸運なことに王子は私を野放しにしてくれた。
案外、こっちに愛人とかがいて会いに来ただけなのかもね。
うーん、それにしてもここはいい所だ。
うまく離婚出来たら、慰謝料にこの離宮をください……なんていうのは欲張りすぎかな?
張り切って山菜料理を作りながら、私はそんな贅沢なことを考えていた。
滞在最終日の夜、私は王子に誘われて二人で湖のほとりを散策していた。
おぉ、これはいよいよ愛人の存在のカミングアウトかな?
なんてワクワクしてたのに、王子はいつまでたってもその話を切り出す気配はない。
「小舟があるんだ。一緒に乗ろう」
おぉ、誰にも聞かれないところまで行ってからのカミングアウトですね?
さすがは王子。策士ですね。
王子と二人、小さな木舟にのって、私たちは湖へと漕ぎ出した。
……そろそろ湖の中央だ。さすがにここまで来たら誰にも聞かれないんじゃないですかね?
私は王子が愛人の話を切り出すのを今か今かと待っていたが、王子は何故か全然関係のないことを言い出した。
「上を見てくれ」
いったい何でしょう、と思いながらも素直に上を向く。
そこに現れた光景に、私は思わず歓声を上げてしまった。
上空には、満天の星空が広がっていた。よく見れば湖面にも無数の星が反射していて、見たことのないほど美しい光景だ。
「こんなに綺麗な星空が見られることは滅多にないんだ。……君と一緒に見られてよかった」
「とても綺麗ですね。ありがとうございます、王子」
これは、最近お疲れだった私に王子なりのプレゼントをくださったのかもしれない。
私は好意的にそう解釈しておくことにした。
できれば愛人の存在も教えてくだされば、更にハッピーになるんですけどね!
「あ、流れ星!」
ちょうどそういう時期なのか、夜空にはいくつもの流れ星が流れていく。
「ご存じですか王子。流れ星が消える前に三回願えば、願い事が叶うそうです」
「そうなのか……なら、願っておくか」
慰謝料慰謝料慰謝料!……と必死になる私の横で、王子もじっと流れ星を見つめて何か願っているようだった。
案外愛人候補がいても、王子の片思いなのかもね。
◇◇◇
夏が過ぎ秋が訪れ、めでたいことが起こった。
同盟締結の為に我が国を訪れている、西の小国の王女――プリシラ様。
まるで小鳥のように小さく愛らしいそのお姫様と、我らがフランシス王子にラブロマンスの気配が発生しているのです!
「今日もお二人で視察に行かれたとか……」
「あの王女、フランシス王子にくっつきすぎだと前から思ってたんですよ!」
「お妃様を差し置いて真っ先に王子と踊ろうとしたとか……絶対に許せません!」
離宮の侍女たちは、そんな王女に怒り心頭。
私の為に怒ってくれたんだよね……と思うと、駄目だ。ついにやけてしまう。
まぁまぁと彼女たちを宥めながら、私は内心ほっとしていた。
運命的に出会ったエラにフラれたことで、王子はきっと心に深い傷を負ったはずだ。
それでも、彼は前に進もうとしている。
きっとフランシス王子の失恋の痛みを癒してくださったのが、プリシラ王女なのだろう。
あぁ、不肖な妹の尻拭いをありがとうございます……と感傷に浸ってると、何故かプリシラ王女といちゃいちゃランデブーを繰り広げているはずの王子がやって来た。
「……エカテリーナ、変わりはないか?」
えぇ、何も変わりませんとも。王子が私の名前をきちんと認識していないのもいつも通りです。
変わったのは、あなたの方ですよね?
今日の今日こそは! きっとプリシラ王女との恋愛成就報告が聞けるに違いない!
そう思ってワクワクしていたけど、何故か王子が話すのは全然関係のない世間話ばかり。
……もしかして、私に遠慮でもしてるんでしょうか?
いやいや、私はあくまで体裁を取り繕うための仮の妃。正式なお妃様が現れるのなら、全力で応援しますよ?
なんて思いを込めて、私の方から話を振ることにした。
「そういえば王子、現在こちらに滞在されているプリシラ王女のことですが……」
その名前を口にすると、どこか遠慮がちだった王子が驚いたように目を見開く。
おぉ、これはビンゴですね!
「……彼女が何か?」
「いえ、プリシラ王女はとてもお可愛らしい方で……フランシス王子とも親しくされているとか」
「同盟国の王女だ。無下に扱うわけにもいかない」
えぇ、わかっておりますとも!
だから、是非そのあたりの報告をですね……。
「プリシラ王女が、ここに来たのか?」
「いいえ、歓迎の宴以外の場でお会いしたことはございません」
「そうか……ならいい」
いやいや、こっちはよくないんですよ。
彼女を妃に迎えたいとか、そういうお話は!?
結局、王子は私の期待するような話はせずに、今日のお茶会は終わってしまった。
いつものように王子を見送ろうとすると、何故か王子は一歩足を踏み出したのち、私の方へと戻ってくる。
そして、ぎゅっと私の手を握って告げた。
「アンジェリーナ、何か変わったことがあったらすぐに俺に知らせろ」
「は、はい……」
「……心配するな。決して君を傷つけさせはしない」
…………???
よくわからないうちに、王子は今度こそ踵を返して私の前から去っていった。
いったい、今のは何だったんだろう。
プリシラ王女にプロポーズするための練習?
心配するなと言われても、別に特に心配するようなことは何もないのですが……。
「よかったですね、お妃様」
「やっぱりフランシス王子にはお妃様しかいませんよ!」
「なんていっても、運命的に出会ったお二人ですもの!!」
はしゃぐ侍女たちに、心の中の良心がズキズキと痛みだす。
……やっぱり、私はここにいるべきじゃない。
私はかりそめの妃。
フランシス王子の愛も、優しい笑顔も、こちらを心配するような言葉も、本当ならエラに……そして今は、プリシラ王女に捧げられるはずのものだから。
……大丈夫。きっともうすぐうまくいく。
王子様とお姫様は真実の愛で結ばれ、文句なしのハッピーエンド。
脇役の私は、華麗に表舞台を去ってやろうじゃないか。
――『……心配するな。決して君を傷つけさせはしない』
これ以上は、いけない。
まるで脇役の私が、いつかは彼に愛されるんじゃないかと期待してしまいそうになる。
みっともなく縋り付いてしまう前に、分をわきまえて身を引かなければ。
きゅっと唇を噛みしめ、私は確かにそう決意した。
◇◇◇
今夜は城で舞踏会が開かれる。
舞踏会……と聞くと思い出すのはあの日のこと。
フランシス王子とエラの出会った、運命の夜。
あの日、運命的に出会った二人の踊る夢のような光景を、私も間近で見ていた。
まるでオーロラのような色合いの美しいドレスを纏ったエラは、本物のお姫様みたいで。
私はそれがいつも顔を合わせている義理の妹だなんて、恥ずかしいことにまったく気が付かなかった。
そんなエラに、王子は恋をした。
残念ながらエラの恋心は王子ではなく、自分の運命を変えてくれた魔法使いの方を向いていたようだけど。
実を結ばずに中途半端にわだかまった王子の恋心は、きっと今の彼の中に残っている。
もしかしたら、今も彼を苦しませているのかもしれない。
でも……それも、もうすぐ終わる。
きっと、プリシラ王女が終わらせてくれるはずだ。
「お妃様、今夜のドレスはどういたしましょう」
「そうね……落ち着いたものを選んでもらえるかしら」
私はあくまで脇役なのだから。
主役の邪魔をするようなことがあってはならない。
二人が結ばれるのを見届けて、何もなかったかのように身を退こう。
もちろん、慰謝料はきちんともらいますけどね!
◇◇◇
あの日と同じように、城のホールには大勢の着飾った人が集まっている。
中でも目を引くのは、鮮やかな朱色のドレスを身に纏うプリシラ王女だ。
王子と私が並んで入場すると、盛大な拍手で迎えられる。
それでも心の中では皆……私よりもプリシラ王女の方が王子の妃に相応しいと思っているのだろう。
なんて、被害妄想的なことを考えてしまったりして、
「フランシス王子、とても素敵な舞踏会をありがとうございます!」
さっそくこちらへやって来たプリシラ王女は、嬉しそうに王子に話しかけている。
はぁ、近くで見るとやっぱりお似合いですよね……。
「王子、私と踊っていただけますか?」
小柄なプリシラ王女が上目遣いで、王子にそう誘いかけた。
大きな瞳はうるうると潤んでいて、長いまつげが影を落とすさまなどは見ていて感嘆するほど。
とても私と同じ種類の人間だとは思えない。
「構わないが、最初のダンスは妃と踊ることに決めている」
王子が私の腰を抱き寄せ、そんなことを言い始めた。
いやいや、私のことならお構いなく。
それとも、これはプリシラ王女を嫉妬させようとする作戦ですか?
そういうの、やられた方は本気で傷つくからやめた方がいいですよ!?
「王子、私のことはお構いなく――」
「やっぱり、おかしいわ!」
プリシラ王女と踊ってきてください、と言う私の言葉は、当の王女様の大声に掻き消されてしまった。
驚いて目を丸くする私の前で、プリシラ王女は大きな目を見開いてこちらを……私を睨みつけている。
思わず息を飲んだ私を庇うように、王子が一歩前に出る。
すると、次の瞬間――
「正気に戻ってください、フランシス王子。あなたはその女に騙されているのです!!」
細くしなやかな指でびしりと私を指さし、プリシラ王女はそう叫んだ。
…………え?
「私、この国に来て多くの方に王子とお妃様のことを伺いましたの。そうしたら、興味深いお話をたくさん聞けましたわ。『あの日舞踏会に現れた姫君は、信じられないほど魅力的に見えた。今のお妃様とは違って』とのお話もございました!」
プリシラ王女は大きな目を吊り上げて、まるで親の仇でも見るような目で私を睨んでいる。
一方の私はと言うと、今の状況についていけずに、ぽかんと間抜けに口を開けることしかできなかった。
「魔術師様によると、あの日は特に強い魔力を観測し、今もお妃様からは微弱な魔力を感じるとか……もう、おわかりですよね」
いつの間にか周囲はしんと静まり返っていた。
プリシラ王女は見惚れそうになるくらい愛らしく微笑んでいる。
だが、その口から出てくるのは私を断罪する言葉だ。
「アデリーナ妃は禁断の魔術を使い、フランシス王子を魅了し操ろうとする魔女です! 皆さま、こんな非道を許しておけるのでしょうか!」
しばらく間ぽかんとしていた私は、じわじわとプリシラ王女の言葉を理解し始めていた。
……まずい。非常にまずい。
彼女の言うことは、部分的にはあっているからだ。
あの運命の日……エラは魔法使いの力を借りて舞踏会の場にやって来た。
あの美しいドレスやガラスの靴も、魔法の力で作られたものなのだろう。
そして私は……あの日王子が見初めた相手ではない。
まぁプリシラ王女がそう勘違いするのも仕方ないですよね……と思わないでもないのだ。
だが、そんなことは言えるはずがない。
真実を告げれば、王子の名誉を傷つけてしまうのだから。
「何とか言ったらどうなんですか、アデリーナ妃?」
プリシラ王女は勝ち誇った笑みを浮かべている。
私は……どうすればいいのだろう。
そう考えた時、私の頭にとある考えが浮かんだ。
……そうだ。これはある意味チャンスかもしれない。
きっとフランシス王子は、プリシラ王女を正妃として迎えるつもりだ。
その時に困るのは、暫定正妃な私の処遇。
離縁するにしても、不名誉な噂はついて回るだろう。
その点、私を「禁断の術を使って王子を惑わせた悪い魔女」としてしまえば、王子は一方的な被害者になれる。
悪いのはすべて私。フランシス王子はプリシラ王女と真実の愛で結ばれ、無事にハッピーエンドを迎えられる。
私がプリシラ王女の糾弾を事実と認めてしまえば、何もかもがうまくいくのだ。
……私の首が、胴体とつながったままか離れるかはわからないけど。
プリシラ王女の話を全面的に認めようと、口を開きかけたその瞬間――
「言いたいことはそれだけか?」
突如聞こえてきた凍り付きそうな声に、思わずひゅっと息を飲んでしまった。
え、私まだ何も言ってません……! と焦ったけど、どうやら王子の言葉が向いた先は私ではないらしい。
彼の視線の先に居るのは、まぎれもなく顔をひきつらせたプリシラ王女なのだから。
「で、ですからその魔女が――」
「黙れ。それ以上我が妃を侮辱すれば、同盟国の王女と言えど容赦はしない」
鋭い刃のような王子の言葉に、プリシラ王女は慌てて自らの口を手で覆った。
その様子を見て、王子は嘲るように笑う。
「ふん、言葉を解する程度の脳は持っているのか。命拾いしたな。それ以上続ければ、貴様の首を刎ねてやっていたところだ」
いやいや、そんな人望の無い暴君みたいなこと言うのはやめましょうよ!
プリシラ王女もちょっと勘違いしただけでしょうし、ここは私を悪者にして丸く収めましょう、ね?
そう言おうと軽く袖を引くと、王子はちらりと私の方を振り返る。
そして、優しく笑った。
「心配するな、アロエリーナ。俺は決して君に、泥だろうが灰だろうが被らせるつもりは無い」
……こんな状況なのに、うっかりときめいてしまった。
相変わらず私の名前を間違えているという事実さえも吹っ飛んでしまうほど、王子の笑顔と言葉は破壊力が強かったのだ。
思わず俯いた私の頭を軽く撫でると、王子はぐるりと周囲を見渡した。
「皆の者、騒がせて済まなかった。……プリシラ王女が抱いた疑義については、俺の口から説明させてもらおう」
聞こえてきた言葉に、私は慌てて顔を上げる。
いえ、駄目です。
あなたは何も悪くない。あなたが傷つく必要なんてどこにもない。
真実なんて海の底深くに沈めてしまえばいい。
私なんていくらでも悪者にすればいい。あなたが幸せになれればそれでいいのに!!
「あの日、俺が踊った相手は――」
「私でーす♡」
その時聞こえた場違いに明るい声に、その場にいた者たちの視線が一点に――ホールの入り口に集中する。
果たしてそこにいたのは、あの、運命の舞踏会の時と同じドレスを纏った……私の妹、エラだった。
彼女の隣には、黒ローブを身に着けた魔法使いの男もいる。
「あれは……あの日の姫君!?」
「そうだ、あのドレスにガラスの靴……間違いない!」
「じゃあ、アデリーナ妃は……?」
困惑する周囲の視線をものともせずに、エラと魔法使いは手を取り合うようにして堂々とこちらに歩いてくる。
ある程度近づくとエラは一気に駆け出して、勢いよく私に抱き着いた。
「あぁ、会いたかったアデリーナ! あれ、ちょっと顔色悪いけど大丈夫? ちゃんと食べてる?」
「あのね、エラ。今はそれどころじゃないの!」
「そういえばそうね。ふふ、ちょうどいいタイミングで戻ってこられてよかった!」
優雅な動きで、エラが周囲を見渡す。
ドレスの裾がひらりと翻り、皆その美しさに感嘆のため息を漏らすほどだった。
「ご機嫌よう、皆さま。私もこの度の騒動の一端を担う者の一人。ですから、私の口からも説明させていただきますね」
にっこり笑ったエラは、まるで何でもないことのように口を開く。
「あの舞踏会の日、私は魔法使いさんに頼んでこのドレスとガラスの靴を用意してもらいました。そして、フランシス王子と踊りました。……とても、楽しい時間だったわ」
過ぎ去ってしまった時間を懐かしむように、エラは目を細める。
「でも、それはたった一夜の話。今、私の隣には魔法使いさんがいて、王子の隣にはアデリーナがいる。……それで、何か問題がありますか?」
挑戦的にそう告げたエラの言葉を補足するように、今度はフランシス王子が口を開いた。
「皆を不安にさせてしまったことは謝罪しよう。だが、皆にはあの日の幻ではなく、今の姿を見て欲しい。彼女に俺の妃として至らない部分があったと思う者は?」
……どう考えても、至らない部分しかないのですが。
だが、内心焦る私とは裏腹に、周囲の皆は顔を見合わせ頷き合っている。
「アデリーナ妃は機知に富んだ御方。未来の王妃としてはこれ以上にない逸材ですな」
そう言ったのは法務長官様だ。
あれ、この期に及んで私に尻尾を振ってもいいことなんてありませんよ!?
「アデリーナ様はいつも面白い話を聞かせてくださいます。今流行しているオーガニックスタイルも、発端はアデリーナ様でしたね」
そう言って優雅に微笑んだのは、何度もお茶会に招いてくれた公爵夫人。
……そうだったのか。
最近やたらと皆が畑や野菜の話をすると思ったら、あれは私のせいでしたか……。
「アデリーナ様の装いはいつも素敵よね。落ち着いていながらも美しさは損なわれないし」
「あのごてごてに飾り立てるスタイル嫌いだったのよ! アデリーナ様のおかげで廃れてくれて何よりだわ!」
「最近は淑女たちが皆アデリーナ妃を目指して勉強を始めたので、貴公子たちも置いて行かれないように必死だとか」
「隣国からの使者が驚いていましたよ。しばらく見ない間に、この国の民は皆勤勉になっていると」
……恥ずかしい。非常に、いたたまれない。
私、皆さまがおっしゃるほど立派な人間じゃないですから!
田舎でのんびり暮らしたいがために、慰謝料目当てで離婚しようとする女ですから!
「……聞いたかアリーナ。皆、君以上に俺の妃にふさわしい人間は思いつかないようだ」
何故か嬉しそうに王子が私に話を振ってくる。
ふるふると首を横に振ると、彼はくすりと笑う。
「で、でもっ、今のアデリーナ妃からも魔力を感じるって……ひっ!」
なおも言い縋ろうとするプリシラ王女は、王子にひと睨みされて蛇に睨まれたカエルのように竦みあがってしまった。
王子、もうそのくらいにしてあげてくださいな。
「それは僕の方から説明しよう」
暇だったのか、エラと手に手を取り合ってくるくる回っていた魔法使いがこちらにやって来る。
「プリシラ王女が義姉さん――アデリーナ妃から微弱な魔力を感じるといった件については、僕も同じことを感じている」
誰が義姉さんじゃ誰が。
……と文句を言いたかったけど、それどころじゃない。
私から魔力を感じるって、どういうこと!?
「おそらく義姉さんは僕と同類の、魔法使いの素質を持っている。だから、無意識のうちに自分にまじないを掛けているんだよ」
私の目の前にやって来た魔法使いが、そっと私の手を握る。
次の瞬間、彼の手はフランシス王子にはたき落されてしまったけど。
「……許可なく俺の妃に触れるな」
「それは失礼いたしました。ですがご心配なく、王子。彼女はエラのお姉さんなので、僕にとっても家族のようなものですから」
いやいや、私はあなたのこと不審者だと今でも思ってるけどね!?
……と言いたいのを必死に我慢する私の前で、魔法使いは意味ありげに笑う。
「義姉さんは疑り深く慎重な人です。そして思慮深い。だから……間違って王子のことを好きになってしまわないように、自分に魔法をかけたんだ」
「私が、自分で魔法を……?」
「えぇ、魔法使いにとって、自分の名前は大きな意味を持つ。だから、王子が正しく義姉さんの名を呼べないように魔法……ある意味、呪いを掛けた。自分の名前を間違えるような人を、好きになったりはしないでしょう?」
……そうだったのか。
すごく……ものすごく王子の方から視線を感じるけど、私はそちらを振り返ることができなかった。
ごめんなさい、王子。
王子が私の名前を間違えていたのは、私のせいだったんですね……。
「その呪いを解くには、どうすればいい」
王子がそう口にする。
すると、嬉しそうなエラが魔法使いに抱き着きながら告げた。
「王子様。いつだって、呪いを解くのは真実の愛と相場は決まっております。王子が本当に私の姉を愛しているのなら、呪いを打ち破って真名を呼べるはずです」
エラの言葉を聞いた王子は、真っすぐに私の方へ向き直った。
その瞳は、どこまでも優しくて……確かな熱を秘めていた。
「……最初は、本当にその場を取り繕うためだった。機会があれば、いつでも離婚してやろうと思っていた。……最低だな、俺は」
「いいえ、そう思われるのは当然のことです」
私だって、すぐに離婚してもらえたらなー、と思ってたからね!
でも、本当は……。
「次第に、君に会いに離宮を訪れるたびに安らぎを感じるようになった。俺にニンジンを食べさせることに関しては、君は料理長以上の手腕を発揮したな」
そう言っていたずらっぽく笑う王子に、私は自分の頬が熱くなるのを意識せずにはいられなかった。
「ろくに教育を施しもしなかったのに、君は妃としての役目を立派に全うしてくれた。君の名声が高まるたびに、俺は自分のことのように誇らしく思った。……もう、手放せないと思ってしまったんだ」
王子の宝石のように美しい瞳が、まっすぐに私を見つめている。
いいえ、私はあなたにそんな風に言ってもらえるような立派な人間じゃない。
そう思うのに、望んでしまう。もしかしたら、彼は……。
「あの日、湖で見た星空を覚えているか? 君は必死に星に願いをかけていたな。俺も、願ったよ。君と……これからも共にいられるようにと」
瞼の奥が熱くなって、じわりと涙が滲む。
心の奥底に押し隠していたひそかな夢が、あふれ出しそうになってしまう。
これも、あなたのせいですよ……王子。
頬を流れた私の涙を、王子は指先で優しくぬぐってくれる。
「俺と君は、運命の相手ではなかったのかもしれない。だが、そんなものはもう関係ない。躊躇も、迷うのもやめることにした」
そっと私の頬を包むようにして、王子ははっきりと告げた。
「今は……君だけを愛してる。…………アデリーナ」
王子は、正しく私の名を呼んだ。
その瞬間、午前零時を告げる鐘の音が響き渡る。
「……魔法が、解けたね」
ぽそりとそう呟いたのは、魔法使いかエラか。
王子は私の魔法を解いた。
解いてしまった。
必死に押し隠していた私の心も、いっしょに解けてしまったようだ。
「私は、私はずっと……!」
胸の奥からあふれてくる熱い想い……きっと、これが封じ込めていた私の恋心。
あなたはゆっくり私を好きになってくれたけど、私は、初めて会った時から……ずっと。
「ずっと、あなたが……!」
衝動的に手を伸ばした私を、王子はしっかりと抱きしめてくれた。
私は弱い魔力しかない、平凡な人間で。
もちろん、ガラスの靴もかぼちゃの馬車も持っていない。
貴族の娘だけど、お姫様じゃない。舞踏会に出たって、王子様が見初めてくれることもない。
いつまでも幸せに暮らしました……なんて、全部が全部うまくいくとも思えない。
でも、それでもあなたが好きだから。
午前零時の鐘が鳴って、魔法が解けても……あなたの傍を離れないと約束しましょう。
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