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ヒア・カムズ・ガールズ  作者: リクシキ
BATTLE03
15/22

/4

 結局、りうが病気を治すのにもう二日ほどかかった。

 微熱が続き、明日も熱が引かなければ病院というところで、ふいにあっさりと完治した。体温は平熱、倦怠感なし、咳や鼻水といった諸症状もなし。気分は上々だった。登校したりうは二日ぶりの授業をずいぶん懐かしく感じながら午前中をやり過ごし、そして昼になっていつものように部室に向かった。部室にはみんな集まっていた。


「りうさん!」


 会うなり、露が飛びついてきた。


「露ちゃん!」


 ふたりはハシッと効果音がつきそうなくらいに強く抱き合い、大げさに再会を喜ぶ。絵里と麗もそれぞれりうの復帰をよろこんでくれた。もちろんメアリも。

 メアリの制服の胸ポケットにはあの赤いピンが止まっていた。

 昼休みはみんなからもらったメッセージにお礼を言って、それからメアリが見舞いに来たことを話題にするとあっという間に時間が過ぎていった。見舞いに行けなかったことを悔しがり、必ず機会を見つけてりうの家に行くと露が宣言したりもした。麗はりうの妹であるうきに興味を示し、絵里はそんなみんなの様子を楽しそうに眺めながら時々会話に混じった。メアリはいままでよりも少しだけ、良くしゃべった。

 昼休みだけでは足りず、五人は放課後も集まった。テスト前の期間は部活動が禁止されていたので放課後の部室が使えず、かわりに学校から少し離れたところにある公園の休憩所、屋根とベンチとテーブルのある場所を使った。大型連休をどう過ごしたかなんて今日まで話しそびれていた話なんかをして、その話題も尽きると五人は学生らしく試験勉強をすることにした。

 最初はりうが学校を休んで遅れた二日分の内容を軽くおさらいするくらいの気軽な気持ちで始めたのだが思ったよりも捗った。特に露はかなり勉強ができるようで、教えるのが非常に丁寧で分かりやすかった。一方でメアリは問題の解き方はわかっていても人に説明するのが苦手なようで、ひとつ説明するのにかなり一生懸命になっていた。


「自分の知っていることをただ説明するより、相手の解っていることとそうでないことを理解するのが大切なんですよ。相手の立場になるんです。それが出来ると、テストの出題範囲を予測するのにも役立ったりします」


 そんな露の解説を、メアリは熱心に聞いていた。

 二年生ふたりの勉強法は対照的だった。絵里がコツコツと正統派で進めていくのに対し、麗はこの試験勉強の時間を持て余しているようだった。


「教科書はだいたい頭に入ってるからなぁ……」


 ということらしい。露はそんな麗の態度が気に入らないようで、いつものように突っかかっていって、話の流れで最後には試験の総合得点で露と麗の負けた方が罰を受けるという妙な企画を立ち上げたりしていた。

 ちなみに、露が麗を嫌っている謎の一端が、大型連休の過ごし方を披露したことで解明されていた。なんでも、大型連休の間、露の家にいとこが遊びに来ていたらしく、その日々を露は地獄と称し、年上のいとこがいかに危険な存在かという話を滔々と語ったのだが、どうやらそのいとこが麗に似た雰囲気を持っているらしいのだ。特に、その豊かな胸部が。


「ほんと、ろくなもんじゃないですよ!」


 と、露は本気で怒っているようだったが、麗からすればなかなかのとばっちりだ。もっとも麗はそんな自分と露の関係を楽しんでいるようだったが。

 ほとんど突発的に始まった勉強会だったが、何だかんだと試験が始まるまで続いた。大抵の場合は公園で、風の強い日や雨の日は喫茶店を使った。

 この勉強会は、りうが今までやってきた中でもっとも成果をあげたものになった。張り出された試験結果でりうはどの科目も全体の平均値より上位に位置していた。これまでも成績は悪くなかったが、ムラがあった。それが安定したのは間違いなく勉強会の成果だ。

 ちなみにメアリの成績は平均で見ればりうとはさほど変わらなかったが、一部の教科では赤点スレスレの一方、ある教科ではトップクラスの成績をとっていたりと得意不得意がはっきりしていた。

 そして露は、堂々の総合成績第一位であった。全教科満点に十六点ほど足りなかったが、二位との差は十点以上離れていた。


「おおー」


 放課後の部室、その中央で仁王立ちになって露は胸を張っていた。そんな露にりうとメアリの惜しみない拍手が送られる。


「皆さんに勉強を指導した手前、半端な成績ではいけないと思っていましたが、これなら自分でも納得できます」


 ――で、と露はクルリと回れ右をすると、背後に立つ麗に向かって自慢げな視線を送る。


「ふふん。私は御覧の通りの好成績でしたけど、麗先輩は如何でしたか」


 問われた麗はしかし慌てず騒がず、胸ポケットから携帯端末を取り出すと、その画面に一枚の写真を表示させ露に差し出した。


「……え?」


 端末を受け取った露の手が、ガタガタと震える。りうはメアリと一緒になって露の肩越しに携帯端末の画面を確認した。そこに写った写真は廊下に張り出されていた中間テストの結果で、一位のところにはなんと麗の名前が記されていた。しかもその合計得点は全教科満点にたった四点足りないだけ。


「これは、すごいなぁ……」

「……うん」

「…………」


 けちのつけようがない。つまりは言い逃れできないということだ。この勝敗には、罰ゲームがかかっている。


「ふふん。私は御覧の通りの好成績でしたとも」

「そんな……うそ、ですよ」


 ショックを受けよろけながら後退する露に麗が詰め寄るようにして迫った。


「事実は小説よりも奇なり。瓢箪から駒。念じれば通ず。嘘から出た真実。ひとよひとよにひとみごろごろるーとにるーとにー……」

「ひ、ひぃ……う、嘘ですよぉ!」

「嘘ではなーい、嘘ではなーい!」

「嘘だよね」


 露の身に伸びた麗の手が、すんでのところでつかまれる。つかんだのは絵里だった。


「今回の成績、わたしより悪かったでしょ」

「……何をおっしゃるうさぎさん。御覧の通り、私の成績は学年一位」

「画像を加工したからね」


 画像加工。その単語に露の眼がギラリと光ったかと思うと、露は手にした端末の画面を凝視し、それと麗を交互に見比べた。


「露さん。残念だけど、肉眼で画像加工を検証するのは難しいと思う。だから、私が保証するね。麗は学年で三十八位。もちろん、総合得点では露さんの勝ちだよ」


 三十八位は充分立派だが、一位とは比べるべくもない。


「フッ、友に売られるのも悪くない……」

「嘘つきは友達じゃありません」

「あ、じゃあ今の無し。正直に言う。私の負けです」


 絵里にフイッとされた麗は情けなさを隠すこともせず、あっさりと前言を撤回した。こうなると勢いが止まらないのが露だ。


「ふぃーっふぃっふぃーっふぃっふぃっふぃー!」


 よくわからない笑い声をあげて復活を果たした露が、麗に詰め寄り逆襲を開始する。


「なんという、なんという愚かなことをしたのでしょう……。天網恢恢、疎にして漏らさずとは、まさにこのことなのです! 悪銭身に付かず、いーじかむいーじーごーっほっほっほっほー! ふぃーっふぃっふぃっふぃー!」

「ちょっと、怖い……」


 露の様子を見ていたメアリが呟く。りうもさすがにそう思った。

 露は腰を丸め手を高く掲げた怪物を思わせる奇妙なポーズで、ジリジリと距離を縮め、手を伸ばせば麗に届くほどの至近距離まで近づくと一気に前に出た。


「いいですか、麗先輩! 麗先輩には――んぎゅ」


 おそらく相手が避けることを想定して脅かしたかったんだと思うが、残念なことに麗に逃げる気が全くなかったので、前に出た露は麗の胸に飛び込む形で捕獲されてしまった。


「うん。じつに、大胆」

「むががもがじめ! むがじむもがじ!」


 露が麗の胸の中でもがく。それはいつかどこかで見たことのある光景だった。


「離してあげなさいって」


 絵里にいわれて麗は露を開放する。露は転げる様な勢いで一気に後退すると、メアリの裏に回って体を隠した。これもまた、どこかで見たことのあるような光景だ。


「うー! うー!」

「まあまあ、落ち着きたまえってば。私は嘘はたまにつくけど、基本約束は破らないよ。罰ゲームでもなんでも、うけるともさ」


 警戒心剥き出しの猫のようになった露をあやすように、麗が言う。


「私としてはこういう賭け事みたいなのは感心しないけど、両者同意で始めたなら、ちゃんと最後まで責任持つべきだと思うし、持たせるからね」


 麗の言葉を受けて絵里が補足する。それは補足というより、露に対しての保証であり、麗に対しての脅しでもあった。


「ま、そういうわけだから、罰ゲームは軽めで頼むよ」


 肩をすくめ、麗は曲者っぽく笑う。


「だってよ、露ちゃん」


 りうはメアリの後ろに隠れた露にむかって促すように声をかけた。実をいうと、りうとメアリは露が麗に罰ゲームで何を求めているのかを事前に聞いていた。


「なら、いいます」


露はおずおずとメアリの影から歩み出る。


「麗先輩には……、私たちと一緒に、リベンジに挑んでほしいです」

「リベンジ?」

「そうです。志度高校への、リベンジです」


 リベンジ。それは、何だかんだとうやむやになっていたことだった。誰も言葉に出さなかったし、そして確定させようともしていなかった。だが、少なくとも、皆の中に気持ちはあった。

 負けて悔しくないはずもなく、しかし圧倒的な実力差にしり込みしていた。が、メアリはそれでも勝機はあると言った。

 不可能ではない。となればあとはもう、やるかやらないかだ。

 おそらくこの中で再戦を一番躊躇していたのはりうだった。だがそれもメアリが家に来たあの日、メアリの気持ちを直に聞いて、そうして自分なりに考えて結論を出していた。格ゲーを続けていくことの意味や理由を。

 だから今のりうに迷いはない。


「わたしは――」


露が言う。


「――とにかく悔しかったです。負けっぱなしで終わりたくはないと思いました。だけど、それで――みんなとの楽しい時間が減ってしまうのは嫌でした。けど、メアリさんが前を向いて、最近ではりうさんも、空気が変わったと思います。絵里先輩は、最初から線引きが出来ている人でしたし。だからあとは――」

「再戦に乗り気じゃないのは私だけってわけか。けど、そんなこと罰ゲームなんて回りくどいことしないで、言ってくれればいいのに。いわれれば、協力なんていくらでも」

「ちがいます。お願いしてやってもらうのは、違います」


 キッパリとした態度で露が言う。


「うん?」

「わたしは、麗先輩に決めてほしいんです。だから、罰ゲームは、麗先輩が自分でどうしたいかの結論を出すことなのです」

「…………」


 麗は一瞬言葉に詰まったようだった。それは常に飄々とした麗が初めてみせた戸惑いの仕草だった。だけどすぐに、曲者笑顔を取り戻す。


「たしかに、わたしはどうでもいいことなら自分より他人を優先することも多い。だけどそれだって、ちゃんと自分で考えた結果で、流されたりしてたつもりはない。それに私だって、負ければちゃんと悔しいんだぞ」

「――じゃあ、それって」

「リベンジの機会があるなら、当然やるさ」麗は肩をすくめる。「それにしたって、こんなくだらないことを罰ゲームにして、本当に良かったのかな?」

「このための、罰ゲームですから」


 まるですべて想定していたかのような露のセリフは、どこまで本当か解らない。だが、曲者っぽい笑みを浮かべる露を見ると、まんざら嘘でもないような気がしてきてしまう。


「生意気な露の介め」


 そう呼ばれても、この日ばかりは露も笑うだけだった。

 りうはチラリと絵里を見る。絵里は嬉しそうに笑っていた。以前、喫茶店で麗は後輩が出来て絵里がひとりじゃなくなったことを喜んでいた。もしかしたら絵里も、今の麗を見てそんなことを感じているんじゃないか、りうはそんなことを思った。

 とにかくこれで、目標が一つ決まった。

 志度高校へのリベンジ。

 正直に言えばそのために何をすべきか、りうにはわからない。

 自分たちの実力不足を補うために練習は必要だろうし、その上で彼女たちと再び試合を組めるかもわからない。だけど、やることは決まった。


「なんだなんだ。お前たちはさー、ほんと集まるの早いよね」


 部室のドアを開けて、紗香が顔を見せる。


「……しかしこれはあれか米倉。なんていうか、再始動って感じの雰囲気だけどもさ」

「その通りですよ、先生」


 絵里が四人の部員全員の顔を見渡して頷く。


「まさに今日から、格ゲ部再始動です」

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