第6話 取引のあと
レオナルドと会ってから機嫌の悪いセインと一緒にイリアナは天幕に帰った。
「セイン様食事をお持ちしますか?」
「あとでいい。リア、お前、王太子殿下と何を話した?」
「第二王子殿下の大事にしたものの安寧と家族と領民の保護を約束していただけるなら手駒になりましょうと」
「お前が出てこなければ、なんとでもなったのに」
イリアナはセインの言葉に驚く。
「殿下がおっしゃっていましたよ。レオナルド王太子殿下は優しそうだけど油断をしてはいけない怖い人ですから、決して一人で近づいてはいけないと。そんな恐ろしい方にセイン様を預けられません」
「俺はお前に守ってもらえるほど弱くない」
「強いのは知ってます。その力を利用されてボロボロになっていくセイン兄様なんて見たくありません」
「お前だって同じだろ」
「同じでしたら、セイン様が駒として身を差し出すなら私も一緒です。忠誠を誓ったので最後まで守りますよ」
「リア、お前さ死ぬ気じゃないよな?」
「ありえません。生きますよ。殿下の分まで。食事にしましょう」
言いたい事がありそうなセインをあえて無視してイリアナは天幕を出ていく。
誰もいないことを確認した天幕の裏でイリアナはふぅっと長い息を吐いた。
鋭いセインに気付かれないように、昔の、毎日をひたむきに生きていた頃のイリアナを演じる。
今のイリアナは昔のように笑えないし考えられない。
意識しなければ、冷たい瞳に、無表情である。
「目的さえ、果たせれば何でもいい。イリアナの心は殿下と一緒に死んだから」
イリアナは明るい笑みを作り、給仕用の天幕を目指した。
給仕用の天幕に入るとイリアナは明るい仲間達に迎えられる。
「アル、帰ったか」
「うん。セイン様の食事を」
「ああ。アルの分は?」
「保存食を幾つか頂戴」
「たまには温かい飯を食べろよ」
「食事をしてる暇があるならやりたいことがある」
「小さいんだから、無理すんなよ」
「ありがとう」
セインの食事を持ってイリアナはセインの天幕に戻る。
イリアナはセインの目の前で一口づつ口に入れ、毒味を終えたので、食事を渡した。
「セイン様、食事を」
「お前は?」
「すませました」
セインはじっとイリアナを見つめたので、疑れていることに気付いたイリアナはスプーンを持った。
「兄様、もしかして一人で食べられないんですか?」
「バカ、食べれる」
セインは食べさせようとするイリアナからスプーンを取り上げ、食事をはじめた。
イリアナは食事をおえたセインに見つめられる。
イリアナは演技を見抜かれそうと緊張しながら、目を逸らせば怪しまれるため、にっこり笑う。
「お食事お気に召したんですね。食器を下げて参ります。この後はどうされますか?」
「ここで仕事をする。今日はもう出かけない」
「わかりました」
笑顔で誤魔化そうとするイリアナにセインは問い詰めるのを諦めた。
イリアナは食器を片付け、陣を離れ、木の上に登りいつも通りに、治癒魔法をかけるために歌い始めた。
「駄目だ。集中できない。まぁある程度の効力はあるからいいか。ん?」
イリアナは気配を感じ、短剣を投げようとして、手を止めた。
緊急事態にランに念じる。
ランとイリアナは契約で繋がっているため離れていても会話ができる。
「ラン、すぐに来て」
ランがイリアナの肩に止まる。
「ラン、あの人達を幻術で迷わせて国に帰して。絶対に本陣に近づけないで」
「イリアナ、聖獣をつれてるから、難しいわ」
「本陣を見つからないようにすることはできる?」
「霧で覆う。でも時間稼ぎはできても通じるかわからないわ」
ランが飛んでいったのを確認しイリアナは急いでセインのもとに戻った。
憎しみよりも優先すべきものがある。それにここで斬りかかっても憎い男を喜ばせるだけである。
「セイン様、大変です」
「なに?」
「陛下が近くまで来ています。本陣の場所は見つかっていませんが時間の問題だと」
「身を隠すか」
落ち着いているセインを見てイリアナは落ち着きを取り戻した。
「予想されてました?」
「ああ。いつかは見にくるかと。第6作戦。第3中継地に1週間後に落ち合う。必ず無事でと伝えろ」
「私、それ知らない」
「命令だ」
「わかりました」
イリアナは兵をまとめる小隊長達にセインの言葉を伝えにいく。
小隊長は頷いて立ち去り、気付けば本陣はイリアナとセインだけだった。
天幕から出てきたセインにイリアナは訊ねた。
「セイン様、どうされるんですか?」
「お前は隠れていろ」
「できません」
「命令だ。陛下と話すのにお前がいると邪魔だ」
「わかりました」
イリアナは憎い男の前で殺気を隠せるかわからなかった。
ランがイリアナの肩にとまる。
「イリアナ、来るわ」
「ランのことは知られたくないから私と隠れよう」
イリアナは本陣の裏の森に身を隠し、セインの天幕を木の上から眺めていた。
国王が本陣を見つけ、セインの天幕に入りしばらくすると出てきた。
「出て行く人数が少ないから、監視役として従者を置いていくのね。護衛が少なすぎるのは、やっぱり陛下も聖獣を使役しているんだろうなぁ。さっさと反乱が起こればいいのに。殺したい。消えてほしい。いけない。今は隠さないと」
イリアナは憎い男の姿から目を逸らし、膝を抱えて丸くなる。
意図的に殺気出す訓練はしても、殺気を抑える訓練はしたことがなかった。
過去のイリアナには無意識に殺気を覚える存在はいなかったので、必死に殺気を出ないように集中した。