第5話 取引2
レオナルドはセイン達に聞かれたくない話をするためにイリアナを連れてセイン達と離れた。
「リン、結界を」
レオナルドが呼ぶと、赤い鳥の聖獣が姿を現した。
聖獣と契約する者は聖獣が力を使うとき姿が見ることができる。
リンは火を司る聖獣であり、レオナルドの使い魔である。
イリアナが一瞬リンに視線を向けたのを見てレオナルドは笑う。
レオナルドはイリアナも聖獣を使役していると予想していた。
「ここの話は外には聞こえない。久しぶりだね。イリアナ嬢」
イリアナはレオナルドをしばらく見つめた。
セインがレオナルドに妥協したことを思い出し、ごまかすことは諦めたイリアナはラーナ侯爵令嬢として笑みを浮かべる。
「お久しぶりです。レオナルド王太子殿下」
「初見だから紹介するよ。リン、私の使い魔だ」
イリアナはリンを見ても表情を変えず、見えないフリをした。
イリアナが見えないフリをしていることに気付いてもレオナルドは深く追求する気はなかった。
「失礼した。イリアナ嬢、取引をしないか?」
「取引ですか?」
「私は君の力が欲しい。代わりに願いを叶えてあげるよ」
イリアナはラーナ侯爵令嬢として笑みを浮かべたまま答える。
「セイン兄様や私の家族と領民、殿下の大事にした方々の安寧を」
「ラーナ侯爵令嬢ではなく、イリアナに聞いてる。それ以外に叶えたい望みがあるだろう?」
言葉を遮られたイリアナは微笑むのをやめた。
いきなり瞳が暗くなりクスクスと笑い出したイリアナにレオナルドは顔には出さずに驚く。
「せっかく隠したのに台無しです。きっと気づいているんでしよ?私が誰よりも陛下を憎んでいることを。殿下を殺した陛下の死を望んでること。苦しんで苦しんで消えてほしいと願ってることを」
レオナルドはイリアナが笑いだしたことは予想外だった。
でも考えていることは予想通りだった。
寄り添う二人の仲の良さは有名で、イリアナが第二王子を慕っていたのはレオナルドの目にも明らかだった。
「まぁね。たぶんセインもここまでとは思ってないだろうね」
「精一杯隠します。セイン兄様が悲しみますから」
「君の大好きな殿下もね」
「きっと仕方ないねって笑って許してくださいます。駄目なら許してくれるまで一生懸命謝ります」
「彼は君の幸せを願っていると思うけど」
「勝手すぎます。私の幸せは殿下と共にありました。勝手に逝った殿下の願いなんて聞きません」
「君の願いを叶えたら私の手駒になる?」
「セイン兄様をどうするおつもりてすか?」
「私の側近にするよ。領民も家族も悪いようにはしない」
「嘘をついたら許しません。もしできたら、殿下の眠る場所も、聞き出していただけますか?」
「いいよ。君は私の手を取る?」
「ありがとうございます。私の忠誠はセイン様に捧げましたので、差し上げられません。ですが願いを叶えてくだされば、貴方の手駒となりましょう」
「君を側に置きたいから、いずれ私の側近と婚姻してもらうよ」
「かないますなら、ジオラルド以外でお願いします」
「どうして?」
イリアナの願いはレオナルドにも予想外だった。
自分の予想を裏切るイリアナにレオナルドは、初めて個人として興味を示す。
イリアナはシュナイダー王国で過ごした自分を知る人間には嫁ぎたくなかった。
ジオラルドはイリアナの大事なラーナ領のことを知りすぎていた。
思い出話などされたら、イリアナは仮面が被れる自信がない。
「幼馴染には愛してくれる方と幸せになってほしいです。私の心は殿下にあります。願いが叶うなら妻の役割は演じます。でも私は殿下以外を愛しません」
「覚悟はあるの?」
「よろしくお願い致します」
レオナルドの差し出す手に、イリアナは跪いて口づけを落とす。
レオナルドは念願の治癒魔道士と新しい玩具が手に入りさらに気分もよくなった。
レオナルドにとって何もかもが予想通りや思惑通りに動くつまらない世界に刺激が入るのは愉快なことだった。
「ジオ、君の欲しくてたまらなかったイリアナ嬢は壊れてしまった。イリアナ嬢の心にもう自分以外の男がいると知ったらどう思うだろうか……」
ジオラルドはレオナルドにとって臣下であり友人である。
レオナルドもイリアナが戦場にいるとは思わなかったが、ジオラルドのアベルトに向ける切ない視線を見てイリアナにカマをかけたら正解だった。
レオナルド達が戻るとジオラルドがイリアナを心配そうに見つめ、セインは睨んだ。
イリアナはジオラルドの視線など気にせずセインの隣に行き社交用の笑みを浮かべる。
「ラーナ」
「セイン様、お話しただけですよ。余計なことはしてません」
「バカ」
セインがイリアナの髪をぐしゃぐしゃにする。
「セイン、君達の願いを叶えよう。また来るよ。ジオ帰るよ」
名残惜しそうにイリアナ達を見るジオラルドに声を掛けレオナルドは立ち去った。
レオナルドは思わぬ幸運に機嫌が良かった。
砦に帰り、レオナルドは天幕にジオラルドを呼び出した。
「ジオ、イリアナ嬢のためならなんでもするって思いは変わらない?」
「はい」
「彼女の心に君以外がいても?」
「構いません」
「彼女が君の知る彼女じゃなくても?」
ジオラルドはしばらく考え頷く。
「はい」
「ここからの話は他言無用。できる?」
「殿下の命ならば」
「ジオ、シュナイダー王国に忍び込んで、民達をけしかけて王の首を取らせて。噂として民を守ろうとしたセイン達への王の仕打ちを広めればすぐだろう。君は唆すだけだ。やるのはシュナイダー王国民だ。絶対に裏切らない駒なら数人連れていってもいい。決行日は私に知らせて。できる?」
「殿下の命とあれば」
「王都から一人増援を送る。彼と合流したら始めて。ジオ達がザビ王国の人間とは絶対に知られないよう徹底して」
「わかりました」
「うまくいったら、君の望みを叶えてあげる。用はこれだけ。ご苦労だった」
ジオラルドが退出したあと、レオナルドは第一騎士団長に徹底防衛のみで深追いしないことを命令した。
ザビ王国は防衛のみでシュナイダー王国への侵略は望んでないことを厳命し国へ帰った。
「優秀な魔導士は一国を揺るがす力を持つ。セインとイリアナを手元に置けるのはありがたい。きっと二人を大事にしていた第二王子は悲しむだろう。自分の傍で、守りたかったんだろうなぁ。彼はイリアナは許しても私のことは許さないだろう。さて、優秀な駒が手に入るように遊戯をしよう。
シュナイダー王国の侵略は禍根を生まないようにしないと。
民達に頑張ってもらおうか。イリアナのためなら手段を選ばないジオがどこまで頑張れるかなぁ。ねぇ、リン、楽しくなりそうだね」
ジオラルドは単純なため、優秀な参謀を用意して、レオナルドにとって愉快な遊戯のはじまりだった。