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傷心令嬢の鬼ごっこ  作者: 夕鈴
第一章
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第4話 取引1

ザビ王国第一騎士団小隊長ジオラルドは混乱した頭の整理をするために散歩をしていた。

なぜか懐かしい、いつも聴こえる歌に耳を傾ける。

人の気配を感じて視線を向ける。泉で泳いでいる人影を見つけた。

ジオラルドは泉に近付き泳ぐ人物を見ると靄がかかっている。

木の下に畳んで置いてあるのは、シュナイダー王国の制服。

ジオラルドは自分達の陣の近くで泳いでいる敵兵に呆れながらも、剣に手をかける。

水中から出てきた人物は靄がかかって顔が見えなかった。


「嘘!?」


ジオラルドは聞き覚えのある声に驚く。


「イリアナ!?」


ジオラルドは、水中に戻り、泳いで離れていくイリアナに声を掛ける。


「手を出さない。兵も呼ばない。武器も置く。だから服を着て!!」


ジオラルドはイリアナの服から離れて後を向き、剣を地面に置いた。

イリアナは武器を置いたジオラルドをしばらく見ていた。

イリアナは敵意はないと判断し、泉から上がり、服に手を伸ばす。

ジオラルドは後から聞こえる音を意識せずにはいられい。


「久しぶり。元気だった」


イリアナは返答する気はなく、無言で着替えていた。


「リア、事情を話してくれないか?俺はお前のためならなんでもするよ」


イリアナはジオラルドの言葉に呆れた。

顔見知りでも、敵である兵に、なんでもするなんて言葉をかけるのは命を捨てると同義である。

騎士服を捨てて天幕に帰ればセインのお説教に合うため、ジオラルドの誘いにのり、見逃してもらった自覚はあったイナリアは忠告をすることにした。


「お人好しですね。戦時中に剣を置き、敵に背中を向けるなんて愚か、自殺行為ですよ」

「俺はお前に危害は加えられない」

「甘さで人はたやすく死にますよ。ジオ、生きてください、では」


イリアナは甘いジオラルドが無駄死にしないように最後に一言だけ言葉を残して去る。

イリアナはジオラルドが死んでセインに迷惑をかけるのは避けたかった。


イリアナの気配がなくなり、ジオラルドは後を振り向いた。

ジオラルドはいくら探しても見つからないシュナイダー王国の本陣を探すために、後を追うべきだとわかっても、できなかった。

ジオラルドの尾行に気付いたイリアナと戦いたくなかった。


「俺のことを覚えていてくれた。良かった」


イリアナとの逢瀬を思い出し、ジオラルドの口元が緩んだ。


「俺の幸せな思い出がリアにとっても特別であればいいのに」


泉を見つめ泳いでたイリアナのことを思い出したジオラルドの顔が赤く染まった。

ジオラルドは自分の熱下がるまで、しばらく泉を見つめて物思いに耽ることにした。



ジオラルドが砦に帰ると、いるはずのない人物がいた。

凝視されたザビ王国王太子レオナルドは笑顔で見つめ返すので、ジオラルドは跪いた。


「ジオ、楽にして」

「殿下、どうしてわざわざおこしに」

「確かめたいことがあってね。あっちの陣営の総大将と話したいんだけど」


穏やかな顔で話すレオナルドの言葉にジオラルドは苦笑を我慢する。


「危険です」

「戦場は危険なものだ。でも本当に危険かな?私はセインと知り合いなんだけど、セインらしくないんだよ。セインならこの砦を半日もせず落とせるし、すでに王都に攻め込んでるはずだ」

「兵力の差は歴然ですが」

「魔導士がいる戦場で数の差は些細なことだ。でも、この戦は不可思議なことだらけだ。定期的に広範囲で治癒魔法がかけられている」

「治癒魔法?」

「さっきの歌は魔法だよ。うちの国に、こんなに強力な治癒魔導士はいない」


ジオラルドは歌が止みしばらくして、イリアナに会ったことを思い出した。

昔、怪我をしたジオラルドにイリアナは「内緒ね」と笑い治癒魔法をかけてくれた。


「ジオはシュナイダー王国にいたよね。あの国に治癒魔導士はいた?」

「誰かは定かではありませんが、いたような気がします」

「そう。セインはやっぱり時間稼ぎを望んでいるのかな。セインには何か思惑があるはずなんだ、わからないんだよなぁ。優秀な彼が我が陣営に入るなら歓迎するし」

「彼は兵達を傷つけすぎたので、亡命はできないと」

「ジオは話せたんだ。なら私にもチャンスはあるよね?」

「いえ、あの、」

「ジオの立場は理解しているから、内緒にしてあげるよ。なんとか会いたいなぁ。危険はなさそうだし、しばらくここに留まるから」



国境沿いで戦うばかりで、砦を攻められることは一度もないので、レオナルドが留まっても危険は少ない。

レオナルドの頑固さを良く知るジオラルドは諫め方を知らなかった。


「努力はしますが期待しないでください」


翌日の戦いにイリアナもセインも姿を現さなかった。


「どこかで見ているのか。総攻撃しようか」


王太子がいるので、兵の指揮権は王太子のものである。

第一騎士団団長は穏やかな顔で、レオナルドの命令に従い、帰還の進言はしなかった。

レオナルドが総攻撃を命じ、シュナイダー王国が劣勢になるとようやくセインとイリアナが姿を現した。

セインがジオラルド達の放った大量の矢を風で吹き飛ばした。

戦場を濃い霧が覆い、シュナイダー王国兵達が逃走を始める。


ジオラルドは息を吸って大声を張り上げた。


「セイン、ばらされたくなければ残れ」


イリアナとセインは味方の逃走を助けるために、ザビ王国兵を薙ぎ払っていた。

響いたジオラルドの声にイリアナが冷たい声を出した。


「セイン様、僕に任せてください。やっぱり仕留めます」

「ラーナ、兵の逃走を頼む。俺は大丈夫だから」

「嫌です。こんな敵陣の真ん中に貴方を残すわけないでしょ!?」

「俺一人ならいくらでも対処できる。むしろ邪魔だ」


風使いのセインの言葉にイリアナは折れるしかなかった。

イリアナは強い瞳でセインを睨み、セインが嫌がる言葉を口にすることにした。


「生きて帰ってこなければ皆で命を絶ちます。私達の命は貴方と共にあります。貴方を殺した人間の息の根も止めます」


イリアナの言葉に動揺したのはセインではなく、ジオラルドだった。

ジオラルドの知る、戦場で殺気も纏えない、優しいイリアナに人を殺せるなんて思えず、絶句した。


「セイン様に手を出すなら誰であろうと許しません。死を覚悟してください」


イリアナに向けられる殺気にジオラルドの思考が止まった。

セインはイリアナの頭を軽く叩いた。


「アル、ちゃんと戻るから。頼むよ。お前が適任だ」

「わかりました。兵達はお任せください。無事で帰らないと許しません」

「わかったから、行け」


イリアナは余裕のある笑みを浮かべるセインの命に頷き、霧に包まれ姿を消した。

濃い霧の中の戦いにザビ王国兵達は混乱している。

ジオラルドはセインに剣を向けようとすると、耳元でセインの声が聞こえた。


「今夜こないだの場所で待つ。お前以外の護衛なしなら話に付き合おう」


霧がさらに濃くなり、ジオラルドが目を閉じ感覚を研ぎ澄ますと突風が吹いた。

霧が晴れ、残されたのは混乱しているザビ王国兵のみ。

セインもシュナイダー王国兵も見当たらなかった。

ジオラルドはレオナルドの命令通りに、追撃はせず、怪我人を連れて砦に帰るように指示を飛ばした。

砦に帰るとレオナルドは笑顔でジオラルドを迎えた。


「お疲れ様。セイン、なんだって?」

「今夜、俺以外の護衛を連れてこないなら話に付き合うと」

「よくやった」

「本当に行かれるんですか?」

「うん。セインは私を殺したりしないよ。ジオは何を落ち込んでるの?」

「気の所為です」

「困ったら相談するんだよ。一人で悩んでも、どうにもならないこともある」


上機嫌なレオナルドは落ち込んでいるジオラルドの肩をポンと叩き、兵達の労いの言葉をかけ戦況の確認に回る。

レオナルドに声を掛けられ、兵の士気は上がったがジオラルドだけは別だった。

イリアナに殺気を向けられたジオラルドは傷つき、落ち込んでいた。



その晩、レオナルドとジオラルドが待ち合わせ場所に着くとセインが姿を現した。


「セイン、久しぶりだね。礼はいらないよ」

「お久しぶりです。王太子殿下」

「さて友人よ、君の悪だくみを教えてくれる?」

「なんのことだか」

「時間稼ぎをしていることはわかっているよ。私は友人に優しいんだよ。ある程度調べはついてる。ここは私の手をとったほうが賢明だろ?」


レオナルドとセインが無言で見つめ合う。

ジオラルドだけは寒気に襲われた。

しばらくするとセインが苦笑した。


「殿下には敵いませんね。時を待っているんです」

「悪政に耐えられなくなった民衆の反乱を?」

「はい。俺達(貴族)は古の呪いで陛下に危害は加えられません。陛下には王国を治める資質はないので、民衆達の怒りで国が滅びるのを待っているんです」

「受け入れたのか。滅んだ後はどうするの?」

「俺が戦犯になり、首を差し出せばザビ王国の援助も願えるでしょう。残りの貴族は民意に従います。殿下のお考え通り、俺達第二王子派はザビ王国を手に入れることを命じられました。ただこの戦に大義はありません。命といえども大義ない戦はできません」

「亡命するなら受け入れるよ」

「できません。俺達が亡命すれば王国の家族や領民が殺されます」


ジオラルドはセインの言葉に目を見張る。


「そんな簡単に殺すのか!?」

「ジオ、護衛は口を出すのは控えるものだ。陛下に意見して何人も死罪になった。まともな人間は第二王子殿下の派閥だから、陛下が耳を貸す臣にまともな奴はいない」

「悪政に苦しめられている友好国民のために、うちが滅ぼそうか?」

「それをお望みなら俺達を殺してください。シュナイダー王国への侵略を望むなら、本気で相手になります。もし兵の侵入を許し、俺達が生き残れば家族と領民が殺されます」

「民を煽るリーダーが必要か。私が裏で手を回して、シュナイダー王国を手に入れれば、君達は私に膝を折る?君と治癒魔導師が欲しいんだ」

「家族や民の保護を約束していただけるなら従いますが、治癒魔導師はご勘弁ください」

「セインならとぼけるかと思ったんだけど、認めるんだ」

「もう調べはついてるんでしょう?俺の風魔法と治癒魔導師がいれば戦力が格段に上がりますから」

「有事の時しか頼らないよ。私に野心はないからね」


「僕は構いませんよ。民や家族が救われるなら喜んで働きましょう。ただセイン様を捨て駒にすることは許しませんが」


気配なく、突然現れたイリアナをセインが睨んだ。


「なんで来たんだ。本陣は」

「問題ありません。治癒は終えて、守備も整えて参りました。セイン様を一人で行かせるわけないでしょ?一人で抜け出すのは、おやめてください」


セインはイリアナに見つからないように本陣を抜けてきた。

イリアナが離れないように仕事を押し付けたのに、全て終え、追いかけた優秀な従妹にすぐに言葉が出なかった。

セインはイリアナを連れていきたくないとわかっていて、追いかけてきたイリアナに咎める視線を送る。


「お前は……」

「お望みでしたら、やりますよ」

「やめろ。必要ない」


剣に手を置くイリアナをセインは制する。

セイン達の会話とジオラルドのイリアナへの視線を見て、レオナルドの頭に一つの考えが浮かんだ。


「久しぶりだね」


イリアナ・ラーナはレオナルドと面識があったがアベルトとは初対面である。

イリアナはセインとの会話をやめて礼をする。


「お初にお目にかかります。アベルト・ラーナと申します」

「セイン、彼と二人で話をしてもいいかな?ジオ、余計な口出し無用だ」

「アベルトは礼儀知らずで」

「構わないよ。いい?」

「かしこまりました」


レオナルドの言葉にセインが止める前にイリアナは頷く。

レオナルドはイリアナを連れて森の奥に歩いて行く。



残されたジオラルドはセインにどうしても、聞きたかったことがあった。


「セイン、イリアナがここにいる理由を教えてくれないか?」


セインは敵の総大将に直球で聞いてくる友人が心配になった。


「変わらないな。お前は知らないほうがいいと思うけど」

「大丈夫だから、教えて」


セインはレオナルドが事態を全部把握していると読んでいた。

それならジオラルドに伝わるのも時間の問題であり、ごまかすより説明する方が早いと判断した。


「まぁ、調べればわかるけど、裏を取れないなら他言無用だ。陛下は第二王子派の貴族の直系子息に隣国の討伐を命じた。ラーナ侯爵家にはイリアナとアベルトしかいない。アベルトは体が弱い。アベルトを出陣させないなら、代わりに、イリアナを後宮にと命じられた」

「武術ができるリアがアベルトとして?」

「その通り」

「戦場に出るより後宮に入ったほうが安全だし生活も保障されるのに」

「リアにも色々あるんだよ。お前の好きなリアじゃなくて呆れるか?」

「まさか。俺はどんなイリアナでもいい」

「相変わらずだな。まぁがんばれよ」


ジオラルドはこの後のレオナルドの命に息を飲むことになるとは予想もしていなかった。

ジオラルドにはイリアナとの再会も予想外だった。

そしてイリアナがジオラルドを全く気にしていないことに悲しむ暇もなかった。

ジオラルドの思い描いた未来とのあまりの違いに心が追いつかないのに、現実は無情だった。

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