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傷心令嬢の鬼ごっこ  作者: 夕鈴
第一章
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第2話 国王崩御

シュナイダー王国軍師のセインはジオラルドと別れて本陣に戻った。



「この戦争に大義はない。国王陛下にとっては遊びでしかない」


シュナイダー王国は二人の王子が王位を争っていた。

過激派の第一王子派閥と穏便派の第二王子派閥。

シカク公爵家は第二王子派の筆頭派閥、従妹のイリアナ・ラーナ侯爵令嬢は第二王子の婚約者。

第一王子が優遇するのは、私利私欲に目が眩む甘言ばかりの貴族であり、民のための心は欠片も持っていなかった。

まともな貴族は第二王子の派閥に集まり、誰もが優秀な第二王子が国王になると信じ、実際に第二王子が優勢だった。


この王位争いは呆気なく終わりを告げた。

シュナイダー王国に病が流行り国王陛下と王妃、第二王子が命を落とした。

第一王子が新国王として即位し国土拡大を命じた。

王は病で苦しむ民達の支援より他国を蹂躙することを選んだ。

だが、病で荒れたシュナイダー王国にそんな余力はなかった。

王をあてにするのをやめた第二王子派の貴族達は私財で必死に民の支援にあたった。

もともと第二王子派の貴族達は新国王陛下に目をつけられていたが、それがさらに怒りを買った。




第一王子が即位し、初めてシカク公爵がシカク公爵邸に帰り、セインとシカク公爵夫人を人払いした執務室に呼んだ。


「すまない」


シカク公爵はセインに頭を下げた。


「父上、頭をあげてください。事情を教えてください」

「陛下がザビ王国との戦争を決めた。兵は第二王子派貴族の私兵での討伐を。直系の子息は必ず参加するように。忠誠をみせよと。この戦に大義はない。私には止められなかった」


「シュナイダー王国の貴族の7割は第二王子派。直系の子息を参加させ、跡取りを失えば一家断絶。陛下は第二王子殿下を選んだ俺達を一掃したいのか…。国が揺らぐことを承知し、いや、どうでもいいのか。父上、この国は…」


「こんなことになるとは思わなかった。陛下と第二王子殿下を失い、新国王陛下は逆らうものは処刑する。セイン、総隊長にお前が任命されたよ。お前の妹は側妃として迎えられる」

「そんな…」


息子は戦場に娘は人質に取られると理解したシカク公爵夫人の顔が真っ青になった。

王を支えていた敏腕宰相の顔に諦めが浮かんでいる。

セインは常に余裕のある穏やかな表情を浮かべていた父の初めて見る顔に苦笑を隠せなかった。


「もうこの国は滅んでもいいのかもしれない」


諦めが滲んだ言葉を溢す公爵。


「父上は私に何を望むのでしょうか?」

「時間稼ぎを。できる限り他国の兵を殺してはいけない。預かった命を守りなさい。もちろんお前も必ず生きろ。お前がシカクの血を守ってくれ。いずれ反乱が起きるだろう」

「旦那様、私は最後まで旦那様と一緒です。首を差し出す覚悟はあります。離縁などしません」

「お前には逃げて欲しかったんだが」


セインは諦めた顔の父と真っ青な顔で父の手を握る母を眺めた。


「父上は」


セインは言葉を吞み込んだ。民の反乱を煽って、宰相として国と命運を共にし、死ぬ覚悟をした父と共に歩むことを選んだ母。

シュナイダー王国には伝承があった。

王は王家の魔法で守られている。

貴族は古の呪いで神の寵愛を受ける国王陛下に刃を向けられない。

国王を殺せるのは民衆だけ。


「旦那様、ラーナ侯爵とご令嬢がおこしですが、いかがなさいますか?」

「ここに案内せよ」

「かしこまりました」


ドアの外から執事長が来客を告げた。

シカク公爵が招くように命じるとラーナ侯爵とイリアナ・ラーナ侯爵令嬢が入室した。

ラーナ侯爵夫人とシカク公爵は兄妹。

シカク公爵にとって、ラーナ侯爵は友人であり義弟である。


「お召しにより参上致しました。シカク公爵」

「楽にしろ。内輪の話し合いだ。イリアも息災で良かったよ」


シカク公爵は穏やかな顔で礼をする二人を迎えた。

イリアナはいつもと変わらない笑顔を浮かべて、顔を上げた。


「ご心配ありがとうございます。伯父様」

「陛下の命は聞いているだろ。ラーナ侯爵家はどうする?」


イリアナがラーナ侯爵と見つめ合って頷いた。

イリアナは真剣な顔でセインを見つめた。


「セイン兄様、お願いがあります。私をアベルトとしてお連れください」

「え?」


セインは突拍子のないことを言う従妹を見つめた。


「アベルトは体が弱いのです。戦場には耐えられません。私は武術の心得もあり、アベルトよりもお役に立てましょう」

「義兄上、陛下はアベルトを兵としないなら、イリアナを後宮にと望まれました。イリアナの能力を陛下に知られるわけにはいきません。またアベルトが戦死するなら、イリアナを後宮にいれよと」

「陛下はイリアに御執心か」

「違います。後宮に入れば殺されるでしょう。陛下は第二王子殿下についたラーナ侯爵家を疎んでいるのです。いつも私と第二王子殿下を憎らし気に見てましたから」

「イリアナとアベルトは双子だから容姿はそっくりだ。アベルトは納得していないがこれが最善だ」


イリアナとラーナ侯爵は、シカク公爵家の戸惑いに気付いたが無視して話を進める。



「セイン兄様は私が必ず守ります。お連れ下さい」

「セインどうする?」



ラーナ侯爵家は決めたら揺るがないことは有名だった。

シカク公爵は息子に答えを託すことにした。



「仕方ないのでリアの面倒は見ましょう。変な噂がたっても許してください」

「変な噂?」

「気にしなくていい。父上の望み通りに動きましょう」

「後は私達で話し合うから、二人は外しなさい」


首を傾げるイリアナの手を取り、セインは自室に移動し人払いをした。

セインの知るイリアナは第二王子を亡くして平然としていられる人物ではない。


「リア、大丈夫?」

「殿下はもういません。もう私の大事なものを失いたくないです」


優しい笑みを浮かべたセインに見つめられたイリアナの目に涙が溢れた。


「本当は修道院に入ってずっと殿下に祈りを捧げていたかったんです。私は殿下が寂しくないように。リアはずっと殿下のお傍にいたかった。でも陛下はアルやセイン兄様達を。殿下もアル達を大事にしてました。殿下はきっと僕のことはいいから、大事な彼らを守ってって言うから。それにこれ以上失うなんて耐えられません」


セインはイリアナの頭を撫でる。

ラーナ家に心配をかけないように我慢し、殿下を悼んで泣くこともしなかっただろうイリアナが泣いたことにセインは安心した。

だが、イリアナの瞳の陰りには気づいていなかった。

イリアナがセインの瞳浮かんだ安堵を確認してから、涙を拭いて強気な顔を作ったことも。


「伯父様のお考えは聞きました。セイン兄様が総大将として首を差し出す時はリアも一緒です。イリアナ・ラーナの忠誠は陛下ではなく、セイン・シカク様に捧げます。殿下が誰よりも信頼していたセイン様についていきます」


「忠誠なんていらないよ」

「他に差し出せるものがありません」


ラーナ侯爵が決めた時点で受け入れるしかセインには選択肢はない。

親友の大事な忘れ形見の従妹を守るために、イリアナは国王の手が届かないセインの傍におくのが一番安全だった。

第一王子は第二王子の大事な物を奪うことを好んでいた。

だからこそ第二王子殿下の愛したイリアナも欲するかもしれず、従妹が絶対に受け入れたくない気持も理解できた。

セインは覚悟を決めイリアナを見つけた。


「ちゃんと言うこときけよ。あとアルの説得しろよ」


イリアナの顔が青くなった。

イリアナは双子の弟のアベルトと仲が良く、弟には弱かった。


「アルに言わないと駄目でしょうか?」

「あいつが追ってきたらどうするんだよ」

「アルは体が弱いから、追えませんよ。説得はできませんのでお手紙を書いて旅立ちます」


言い出したら聞かないイリアナにセインは諦めて、アベルトの説得は自分でしようと決めた。

念の為もう一度確認した。


「リア、お前はアベルトとして付いてくる覚悟は決まってる?」

「ええ。徹底します」

「お前の魔法は俺が命じた時以外に使うなよ」

「はい」



イリアナが魔法が使えることは極秘であり、知るのはラーナ侯爵夫妻とアベルト、シカク公爵とセインと第二王子だけだった。

セイン達は第二王子殿下や王が病に罹ったことは知らされず、知ったのは亡くなってから。

誰も亡くなった第二王子殿下に会わせてもらえなかった。兄である第一王子だった王により火葬で密葬されたと聞いただけ。


「弟の葬式を許す心もないか」

「兄様?」

「準備を始めるか」


セインは国のためとはいえ第一王子に膝を折る気はおきなかった。


****


セインはシカク公爵の命令通りに戦の準備をはじめた。

地図を広げ国境沿いの森に本陣を構えることを決めて策を練り始めた。

セインの目的は両者に犠牲者を出さないことであり、砦を落とすよりも難しいことだった。


セインは総大将として出陣前に国王に呼ばれ、謁見の間で跪く。


「セイン・シカク、期待している」

「はい。精一杯務めます」

「アベルトも一緒だそうだな。あいつが知ったら何を思うか」


国王は誇らしげに笑った。

志半ばで去った弟を想像して、笑っているだろう嫌な笑い声に、セインは跪いたまま顔をあげない。

アベルトは体が弱く、第二王子殿下と仲が良いことは有名だった。

第二王子は体の弱い者の従軍を絶対に許さない。

目を閉じたセインは亡き親友だったら何一つ許さない命令への返答はせず、言葉が終わるのを待つ。


「イリアナを差し出せば見逃してやったのに、バカな奴らだ。イリアナもお前も最初から俺を選べば良かったのに」


セインの考え通り王はイリアナを欲っしていた。

第二王子が一番大事にしていたイリアナを手元におき、優越感に浸りたかった。

挑発しても、流すだけで貴族らしい表情を変えないセインに王の不満は溜まる。


「お前はつまらないな。まぁいい。励め。お前らの忠誠心を楽しみにしているよ。バカなことはするなよ」



セインは余計なことは話さず、退室の命に頷き礼をして立ち去る。

王宮ですれ違うセインの友人からそっと紙を受け取る。

セインは新たな王の遊戯に付き合う気はないがシカクに生まれた者として、第二王子の親友として策を巡らす。

王国が滅びるまでの遊戯のはじまりだった。


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