第16話 難題
就寝準備を終えたイリアナはアマルに腕を掴まれた。
暗い瞳のアマルにイリアナは戸惑う。
「イリア、話したいことが」
「話したくないことはいいわ」
アマルの事情に興味がないイリアナはそっと掴まれた手を解いた。
「ううん。聞いて」
「話したほうが楽になることもあるか。お茶を淹れるから、座って」
イリアナはお茶を淹れて、アマルと向き合って座った。
「俺には双子の妹がいたの。双子は忌み子で、信仰心が足りないから産まれるんだって。妹が産まれて一年後に病が流行って、神官がうちにきたんだ。妹が穢れを呼んだから連れていくって。父さんと母さんは妹達を連れて行かないでって言ったら裁きを受けた。妹達は神官に連れて行かれて、俺、なんにもできなくて……」
暗い瞳で、後悔に襲われているアマルをイリアナは静かに見つめ、ゆっくりとお茶を飲んだ。
「そのあと身寄りのない俺を神殿が保護するっていわれて逃げたんだ。神の恵み、御慈悲、そんなの……」
一瞬で憎しみに染まる気持ちはイリアナにもよくわかった。
その憎しみが消えないことも。
憎しみは世界を変えることも。
「形だけでも吐き気がするよね。憎くて憎くて、自分から大事な者を奪った者に従うなんて」
「うん。イリアの目を見て一緒だって思った。イリア、俺は忌み子の兄なんだ」
王子の婚約者として歴史を学んだ時、ザビ王国の宗教に双子を忌む教えはなかった。
罪のない子供が間違った価値観に苦しめられるのを望まない最愛の人を思い出し、イリアナは首を横に振った。
「双子は忌み子じゃないわ。双子の片割れが王子様の婚約者の国もあるんだから」
「本当?」
「ええ。私は貴方の出自なんて気にしない。話したくないことは話さなくていいの」
「イリアは俺がどんなでも傍にいてくれる?」
「アマルが望んでくれるなら」
暗い瞳に光が宿り、嬉しそうに笑うアマルがイリアナには眩しかった
イリアナは傷ついても憎しみに襲われても、前を向く強さを持つアマルはいつか新たな光を見つけられるかもしれないと思った。
「希望はきちんと育てるのが義務よねぇ…」
イリアナは抱きついてくるアマルを抱きしめた。
温かく小さな少年が自らの足で旅立つまで育てることを決めた。
世界が真っ暗になり、流されるまま歩んできたイリアナの生活に、イリアナの意思で初めてやるべきことができた。
「誰でも良かったけど、アマルを受け入れてくれる婚約者を探さないとかぁ。さらに難易度上がったけど、やるしかないよね」
***
出勤するとイリアナはレオナルドに捕まった。
「イリアナ、礼はいらない。執務室でちょっと話そうか」
イリアナはレオナルドの執務室に向かいながら、嫌な予感に襲われていた。
「孤児を保護してる?」
イリアナは笑顔のレオナルドの問に一瞬固まった。
レオナルドに報告した人物の心当たりは二人いた。
容疑者の身分を考えれば、誰かは明らかだった。
イリアナは動揺を隠して淑女らしく微笑んだ。
「なにか問題がありますか?」
「リミットまであと半年か」
「9か月ですよ。なんで短くなってるんですか?」
「ペナルティ」
イリアナは納得できなかったが、権力者には逆らえず、余計なことを言えばさらに期間が短くなりそうだったので静かに頷いた。
「レオ様、縁談相手に条件はありますか?この国の民なら誰でも構いませんか?」
「へぇ。自分で探す気になったんだ。伯爵家以上の正妻、もちろんセインは駄目だ」
「精進致しますわ」
面白そうに笑うレオナルドにイリアナは礼をして退室した。
貴族についてよく知るイリアナはレオナルドが選ぶ男がアマルを受け入れてくれるなど、ありえないとわかっているので、自分で相手を探すしかなかった。
「急げば間に合うけど、いいや。レオ様の所為にしよう」
遅刻はレオナルドの所為にすることを決めたイリアナは第二騎士団長室に向かった。
「隊長、相談があります。よろしいですか?」
「ラーナ、珍しいな。構わない。どうした?」
「隊長のお知り合いに形だけの正妻を欲しがっている伯爵家の御子息はいませんか?」
「形だけ?」
「私、レオ様に半年以内に伯爵家以上の方との婚姻を命じられました。孤児を弟として保護してまして、弟も一緒に受け入れてくださる方を探しています。庇護も生活の保証もいらないので、名前だけ夫になってくださる方に心当たりはありませんか」
「うちの息子はどうだ?婚約者もいないし、」
「お戯れを」
イリアナは無表情で即答した。
第二騎士団長は複雑だった。
「うちの騎士団にも伯爵家出身者は3人いるが……」
「ありがとうございます。失礼します」
イリアナは第二騎士団長に騎士の名前を教えてもらい、礼をして退室した。
第二騎士団長は息子の前途多難な初恋に大きなため息をついた。
「情報収集してくれる人材が欲しい。でも、ないものねだりは時間の無駄。行動あるのみ!!」
イリアナはエミリオ・ダラー伯爵令息を見つけて声を掛けた。
「エミリオ様、訓練に付き合ってください」
「ラーナ、珍しいな」
「駄目ですか?」
「いいよ」
笑顔で受け入れてくれるエミリオとイリアナは剣で軽く手合わせをした。
イリアナは剣で手合わせしながら、エミリオの剣の腕を分析していることに気付いた瞬間、手合わせを切り上げた。
「この国では騎士の育成はしない。クセって怖い。聞かれてないのに教える必要はないから。ラーナ家の血が騒いで、目的を見失うのは駄目」
イリアナは剣を片付け、休憩しているエミリオの隣に座った。
「エミリオ様、質問が」
「ん?」
「どうして婚約者をつくらないんですか?」
エミリオは直球で聞くイリアナの言葉に笑った。
「直球だな。縁談は母上に任せている」
「どうしてですか?」
「うちの母上は気難しい方だから。母上とうまくやれる方を選んでもらおうと」
「そうなんですね。きっと素敵なご縁がありますね」
「だといいんだが」
苦笑しているエミリオの横でイリアナはため息を我慢して笑ってごまかした。
「エミリオ様はなし。厳しいお母様は私もアマルも両方受け付けない。血統優先主義は一目瞭然」とイリアナは心のメモに記録した。
二人目のデリック・ムートン伯爵令息は想い人が、三人目のマイル・ホーリー伯爵令息には婚約者がいた。
イリアナが婚活を開始し、早々手詰まりだった。
「一番可能性があるのはエミリオ様だよね。エミリオ様以外論外な状況だもの。王妃教育も受けたし、厄介なお母様の扱いも仕事と思えばなんとかなる。エミリオ様を落とそう。エミリオ様は性格は問題なさそうだし、お母様さえ説得できればアマルも受け入れてくれそう。私はラーナ侯爵令嬢!!謀なんてお手のものよ」
作戦を決めたイリアナは笑顔を作って歩いているエミリオに近づこうとすると腕を掴まれ、失敗した。
イリアナの腕はジオラルドに掴まれていた。
エミリオの背中はどんどん離れていき、大事なチャンスを邪魔されたイリアナの機嫌は急降下した。
不機嫌さを隠して、イリアナは淑女の微笑みを作った。
「リア、ちょっと」
「ジオラルド様、ご用件は?」
「お前、形だけの正妻目指してるって本当なの?」
「ええ。レオ様の命ですから」
「それなら……、」
言い淀むジオラルド。
イリアナは腕が解放されたので立ち去ることにした。
「失礼します」
「待って、話は終わってない」
「失礼いたしました。ご用件は?」
「俺は……」
イリアナは言い淀むジオラルドの顔が赤いのに気づいた。
「ジオラルド様、体調が悪いなら医務室に行った方がよろしいかと。無理されるものではありません。お大事にしてくださいね」
イリアナは照れてるジオラルドが体調不良の相談に来たと勘違いした。
ジオラルドの返事を待たずに、休憩時間の終わりそうだったので立ち去った。
「自分の体調も把握できないなんて、騎士として失笑よねぇ」
翌日の休養日にイリアナはアマルと一緒に包丁を取りに行った。
イリアナは値段の安さに驚いていた。
侯爵令嬢として育ったイリアナは自分の金銭感覚が狂っていることに、いまだに気づいていなかった。
包丁を受け取って嬉しそうなアマルを見てイリアナは昔を思い出した。
父に剣を与えられ喜んでいた、幸せだった頃に想いを馳せているイリアナは無意識に笑っていることに気付かない。
もちろん笑顔に周りが見惚れていることにもイリアナは気づいていなかった。




