第1話 再会
世界には魔法使いが存在している。
魔法使いの数は少なく、優秀な魔法使いを抱える王国は強国である。
シュナイダー王国は世界でも貴重な魔法を使える魔法騎士を抱えている。
シュナイダー王国は、国土防衛に力を入れているが他国を侵略する意思はないと表明し隣国のザビ王国とは同盟を結び、友好国である。
平穏な時間が流れていたが、突然終わりを告げた。
「なんだと!?シュナイダー王国が攻めてきた!?」
戦の兆しも宣戦布告もなく、突然シュナイダー王国兵が友好国のザビ王国を攻めた。
ザビ王は、ザビ国の主戦力である第一騎士団の出陣を命じ、国境での戦いが始まった。
「第一騎士団の派遣を派遣せよ!!国土に踏み入れさせるな!!」
国土防衛のため大群を率いるザビ王国、反してシュナイダー王国は十分の一にも満たない兵である。
シュナイダー王国は兵の数は少ないが、ザビ王国兵より兵の練度が高く、戦況は五分五分だった。
最高責任者のザビ王国第一騎士団長は今日も変わらない作為的にも感じられる戦況を整理していた。
「この兵力差で五分五分か。救いなのは城で高みの見物をしているシュナイダー王が、増援を出さないことか。勝ち筋は見えているが、」
「勝ち筋ですか?」
「この戦争の鍵を握るのは、シュナイダー王国兵を束ねる軍師セイン・シカク。第一は国境防衛、第二は軍師の首を討ち取ることを最優先に。うちの殿下が稀代の天才と語った男の首はどう落そうか…」
第一騎士団小隊長ジオラルドは上司の策を静かに聞く。
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第一騎士団長に国境防衛の指揮を任された第一騎士団小隊長ジオラルドは敵兵の首を落とそうとすると殺気を感じ、本能に従い3歩ほど後に避ける。
数秒前にジオラルドの首があった場所を剣が通過し地面に落ちた。
辺りが激しい霧に覆われ、ジオラルドは狙いを定めた敵兵を見失う。
風を切る音と気配に、横に躱すと槍が突きつけられ剣で薙ぎ払う。
視界不良な霧の中に直感と気配をたよりに向けられた槍に応戦する。
霧が薄くなり、ようやく視覚が働き出すとジオラルドの目の前にいるのはシュナイダー王国軍師の忠臣アベルト・ラーナ。
間者によると騎士の中で一番小柄なアベルトはセインのお気に入りで常に傍においている。
女のいない戦場で男に手を出すことは決して珍しいことではない。
アベルトがいるなら軍師のセイン・シカクに近づいていることをジオラルドは確信する。
ジオラルドは周りに兵がいない絶好の好機に笑みを浮かべた。
「シュナイダー王国は勝てない。うちは殺しを好まない。お前の家の命も保証するから、投降しないか」
アベルトはジオラルドの想い人の弟である。
ジオラルドの愛しい彼女と同じ紫の瞳をもつ彼に無体はしたくない。
アベルトは無言でジオラルドへの攻撃を続ける。
成人していない成長途中の小柄なアベルトは身軽だが、力が弱いのでジオラルドにとって攻撃を受け止めるのは容易だった。
「開戦から3ヶ月経っても、国境の砦は落とせていないだろう?増援を送る余裕のないシュナイダー王国は負ける。俺はお前達を捕虜にしても、命を守れる力を持っている。だから、」
ジオラルドはアベルトとセインを殺せば愛しい想い人が悲しむから、指揮官の命令に反しても生け捕りにして捕虜にしたいと考えていた。
戦争が終わった時に、心優しい少女が泣かないように。
「国を脅かす敵は殺す。自ら投降する場合のみ受け入れる」というザビ王国の騎士の教えにも国の方針に逆らっても澄んだ紫の瞳を持つ愛しい彼女のことだけは譲れなかった。
剣と槍で攻め合いながらも必死にアベルトに話しかける。
「お前では俺に敵わない。」
殺気も力強さもないアベルトの攻撃は成人してから何度も殺し合いをしてきたジオラルドにはねじ伏せるのは簡単だった。
ジオラルドはアベルトを力でねじ伏せ、馬乗りになり首に剣を突き立てた。
アベルトとの攻防に集中していたジオラルドは近づく気配に気付かず、突風に襲われ、木に体を打ち付けられる。
ジオラルドはようやく探し人のお出ましに気合いを入れ体勢を立て直す。
「兄様」
一切言葉を発しなかったアベルトの呟きにジオラルドの思考が止まる。
ジオラルドが恐る恐る声の主に視線を向けると風でアベルトの兜が脱げていた。
「嘘だろ?」
ジオラルドの瞳に映ったのは、戦場にいるはずがない、誰よりも刃を向けたくない存在だった。
目の前の現実を受け入れたくない、呆然としているジオラルドは突風を起こした犯人が近付くのに警戒する余裕はなかった。
「ラーナ、撤退だ。こいつは俺が相手をする」
「できません。私の役目はセイン様をお守りすることです」
風を自由自在に操る魔道士であり軍師のセイン・シカクの命令にアベルトは頷かない。
セインはアベルトを見つめて再び命じる。
「ラーナには無理だ。上司の命令は?」
「絶対」
「第三作戦通りに動けるか」
「はい」
「無事に戻るから心配するな。行け、命令だ」
アベルトはセインの命令に従い、槍を拾って離れていく。
ジオラルドは受け入れたくない現実に、去りゆくアベルトの背中をただ見送るしかなかった。
「久しぶりだな。ジオラルド」
シュナイダー王国シカク公爵嫡男セイン・シカクは昔馴染みに声をかけた。
ジオラルドは7歳の時に攫われ、アベルトの姉のイリアナ・ラーナに保護され2年間、ラーナ侯爵邸で過ごしていた。
その時にイリアナの従兄のセインに出会う。
セインはお転婆なイリアナに振り回されるジオラルドを見て笑っていた。
イリアナ達と過ごした記憶はジオラルドにとってかけがえのない幸せな思い出だった。
「マナ侯爵子息のお前とこんなところで会うとは思わなかったよ」
10年ぶりの再会。
ジオラルドは懐かしい友人の余裕の笑みではなく苦笑を見て、現実に引き戻された。
ジオラルドはこみあげる怒りを抑えられず声を荒げる。
「セイン、なんでイリアナがここに、侯爵令嬢の彼女が戦場にいるなんておかしいだろ!?なんで、お前がいて、こんなことをさせてるんだよ」
ジオラルドにとってセインは誰よりも頼りになる友人。
優秀で強くて、どんな時も余裕がある男。
そしてセインはイリアナを従妹として可愛がっていたはずだった。
そんな友人が、イリアナを戦場に連れてくるはずがない。
ジオラルドは見間違いだと否定してほしいと淡い期待を捨てられなかった。
「こっちにも事情があるんだよ。俺の首をとってもこの戦争は終わらない」
苦笑しているセインの返答はジオラルドが望んだものではなかった。
「お前達が亡命するなら受け入れる。命の保障はする」
「無理だよ。俺達は王家に逆らえない。たくさん殺した」
「お前達は俺の恩人だ。悪いようにはしない」
「ジオは相変わらず甘いな。そんな簡単にはいかない。亡命しても俺達は殺されるよ」
ジオラルドの記憶にある「ジオはどうしようもないな」と呆れていた時と同じ顔を向けられた。
呆然とするジオラルドを残し、セインはそのまま姿を消した。
ジオラルドの本能が明らかに格が違うと後を追うのを止めた。
「深追いしても無駄死にするだけ。それに俺はセインを殺せるのか?」
戦場で場数を踏んでも友人を殺したことのないジオラルドは呆然と呟く。
ジオラルドを簡単に殺せただろうに、セインは剣を向けずに去っていった。
ジオラルドは晴れない心のまま本陣に戻っていった。
****
世界でも魔法を使える人間は少ない。
強い魔道士の存在は他国への牽制になり、優れた魔道士は軍隊一つに匹敵すると言われている。
シュナイダー王国宰相の息子セイン・シカクは優秀な風魔法の使い手として有名だった。
第一騎士団ではセイン・シカクは優秀だから若くしてこの戦の指揮を任されていると認識されていた。
セインが率いているのはシュナイダー王国の有力貴族。
国の兵隊ではなく優秀な私兵の少数精鋭で侵略を進める作戦を任されるほど信頼されていると。
これが大きな勘違いとはほとんどの兵が気づいていなかった。
ジオラルドは本陣に足を進めながら、救護テントに向かった。
「負傷者の状態は?」
「負傷者は増えましたが、重傷者はいません。日頃の訓練の賜物か死者はいません」
「ありがとう」
ジオラルドが負傷者に労わりの言葉をかけて、テントを出ていく。
どこからともなく歌声が聴こえた。
戦いの後に聴こえる不思議な歌声になぜかジオラルドは懐かしさを覚えていた。
歌い手を探しても姿を見たものはいない。ただいつの間にかザビ王国の兵達の慰めになっていた。
ジオラルドは第一騎士団長の天幕に入ると第一騎士団長が穏やかな顔で迎える。
「ジオ、無事に戻ったか」
「団長、この戦いおかしくありませんか?」
「お前もか」
「戦況が常に五分のままです。死者も出てません」
「私達はこの砦を守るだけだ。終結するには総大将の首が必要だろ?余計なことは考えなくていい。お前は命令通りに動けばいい」
「はい」
第一騎士団長の考えはジオラルドにはよくわからない。
ただ上官の命令に従うだけ。
このまま延々と戦況が全く変わらない状況が続くのも士気に関わるだろう。
それでもジオラルドはセイン達を殺したくない。
会いたくて、たまらなかった愛しいイリアナとの再会が戦場という現実に途方に暮れる。
ザビ王国に帰るジオラルドに「離れないで」と泣くイリアナを見て、いつか迎えにいくために強くなろうと決めた。
イリアナに刃を向けたことに絶望しつつも、傷つけなかったことに安堵の息を溢す。
だが、ジオラルドの心は全く晴れなかった。
読んでいただきありがとうございます。
前半は影の薄い主人公です・・。もう数話進めばちゃんと主人公らしくなるので(たぶん)お待ちください。