魔法使いと白バラ
時は少し遡り、シフ達一行がウィッチ村に着く前、“白バラ“の集団は既に制圧していた。
村の長であるリック相談役は意識はあるも横たわり、“白バラ“のリーダーが問い詰めていた。
「リックさん、これ以上抵抗しないでいただきたい。御老体を痛ぶるのは私とて心痛む故」
少し癖毛ながらもサラサラとした淡い桃色の長髪に、気品溢れる美男、リーダーのパル。槍を下ろし、穏やかに笑いかける。
「やめろテメェら……! 何が目的にせよ、あのロクでもない娘を解放するなんて、後悔するぞ!!」
「ーー誰がロクでもない娘ですって? クソじじい」
必死に忠告するリック相談役に、ドスを利かせた声を返す1人の女性。透き通るような銀色のツインテールに、長いまつげをした美麗な目。豊満な胸部の下で手を組み、ジリジリと詰めよっていく。
魔王レイキングスが討たれる前日、世界征服を目論んでシフとサフィアによって倒された、魔法使いのイヤドであった。
「出、出おった……」
「人を腫れ物扱いなんて良い度胸じゃない?」
「いやそうだったから監禁してたんだし」
「『ウォーターボール』!!」
「ゲホォ!?」
イヤドの頭上から水の球が精製されると同時に発射、勢いよくリック相談役に命中する。
「ま、これくらいにしといてあげるわ。命があることに感謝なさい」
「ドちく、しょう……」
その言葉を最後に、リック相談役は意識を失う。イヤドはくるりとパルの方へ向き、高慢な態度で話しかける。
「そこの変な格好、よくやったわ。アタシを助けるなんて目の付け所が良いわね。褒めてあげる」
「いえいえ、礼には及びませんとも。しかし……」
パルは微笑を浮かべながら答え、指パッチンをする。すると、背後に総勢8人の“白バラ“が集結した。
「救出した恩として、我ら“白バラ“に加わっていただきたい」
「不許可よ」
ざわつく“白バラ“の構成員達。しかし、リーダーのパルだけは取り乱さず、冷静に口を開く。
「理由を、お聞かせいただいてもよろしいかな?」
「簡単よ、雑魚と肩を並べるつもりはない。それと、凄くダサいから」
「テメェ……自分の立場がわかっているのか!?」
呆れ気味に答えるイヤドに“白バラ“の1人、トパという坊主頭の男が声を荒げる。
「何? 助けてくれたことは褒めてやったじゃない」
「それはそれでおかしいが……この人数差でよくもまぁ、断れるもんだなぁ?」
「あ〜、そういうこと。なんでわざわざ雑魚を連れてきたのかしらと思ったけど、脅しのつもりだったわけね。でも無理があるわ、蟻が数倍に増えた程度で恐怖なんて感じないでしょ?」
「この女ッ……! リーダー! やはりこんな頭がイカれた奴を仲間になんて反対だ!」
「はぁ!? 何よこのハゲ!!」
「よすんだトパ……失礼したイヤドさん、お詫びしよう」
「リーダー!? 冗談じゃねぇ、こんな唯我独尊女を入れたら崩壊しちまう! なんだってそこまで……」
「彼女の力は、次の依頼に不可欠だ。それも組織の存続に関わるほど重要なもの。再三説明したろう?」
「うっ……しかし……!」
「ふーん、アンタ達の事情はどうでもいいけど、私がいなきゃできない依頼ってのは気になるわね。いいわよ、聞くだけ聞いてあげる」
「どこまでも上から目線な……」
「勇者サフィアの捕縛です」
パルの発言に一瞬止まるイヤド。自慢げな表情から一転、殺気立つような歪な笑顔をみせる。
「……へぇ、面白いじゃない」
「興味を示していただけたかな?」
「あったりまえじゃない! アタシとサフィアの関係、アンタも知ったうえで話を持ちかけたんでしょ?」
「左様、お考えは変わったかい?」
「そうね、うん……アタシじゃないとそれは無理ね……丁度いいわ! 特別に手を貸してあげる!」
「……負けたくせにえっらそうに……」
トパのぼそりと呟いた言葉が、イヤドの耳に届いた。
「あ゛ぁ?」
睨み殺すような勢いでブチ切れ、魔力を解放するイヤド。その場にいる全員が身構えようとした瞬間、トパの足元から黒く大きな手が出現し、身体全体を握り締める。
「誰が……負けたですってぇ!!」
サフィアとシフに討たれたことは、イヤドにとって逆鱗に触れる過去となった。彼女はそれまで負けたことがなく、非常に高い自尊心を著しく傷つけていた。
「あ、ががっ……!?」
「あれはねぇ! 卑怯にも2対1でやってきたのよ!! 大体、あのガキんちょがあんな変態に付くなんて……ともかく!! アタシはまだ正式に負けちゃあいない! 取り消しなさい!」
「う、うぅ、悪かっ、た……!?」
「そこまでに」
パルは冷静に黒い手へ触れ、その部分から光輝き出して消滅させる。
「あら? アタシの魔法を消すとはやるじゃない。猿山の大将にしてはそこそこね」
「貴女から一目置かれるのは光栄だね。私に免じて、この者の命は勘弁していただきたい」
「……まぁいいわ、許してあげる。けど、加わるのに条件を1つつけるわ」
「ほう、何をご所望で?」
イヤドは指パッチンすると、『白バラ』達の白いスーツが一瞬で黒くなる。
「ダサすぎるから染めてやったわ、感謝しなさい。これから“黒バラ“とでも名乗りなさいね。それと、アタシの命令は絶対服従ね」
「条件が2つになったッス!? しかも既に取り返しがっ!?」
黙って様子を見ていた“白バラ“の1人であるガネットが、思わず驚いてしまう。
「………………わかった、引き受けよう」
「「「「リーダー!?」」」」
冷静沈着であったパルも少々取り乱すも、渋々返答する。結成当初から変わらぬユニフォームであったため、メンバー全員が驚いた。
「リーダー流石にまずいんじゃ!?」
「いや……ただの伝統だったから別に」
「こんなの無茶苦茶ッス……!」
「落ち着くんだガネット。気持ちはわかるが君まで短絡的な行動をーー」
「滅茶苦茶カッケーッス!」
「えっ」
諭すように説得しようとしたパルだが、ガネットは目を羨望の眼差しでイヤドを見つめる。
「誰にも媚びず、無茶を押し通す実力……んでクソ美人! 完全に惚れたッス!!」
「あっそう……なら別にいいんだ」
「フッ、まぁアタシの魅力に魅入られるのも無理ないわ。特別に許したあげる」
「あ、その子はガチレズだから気をつけーー」
「イヤド様! なんなりとご命令を!」
「良い心がけね、手となり足となりなさい」
「ハハァ!」
慕ってくるガネットに、イヤドは機嫌を良くする。煽り耐性が低い分、賛辞はとても効きやすい性格であった。
「……さて、肝心の勇者サフィア捕縛ですが、対応策があります。カンダル王国に取られてしまいましたが、『時』の力を封じる奇妙な宝石があり、奪い返せればアドバンテージになるかと」
「何それ、そんな便利な物があるの?」
「えぇ、ただし能力自体は周囲の者の長所を封じるもの……我々だと魔法が使えなくなってしまいますが」
「はぁ!? 前言撤回! つっかえないじゃない! だったらそんな物使わずとも攻略できるわ!」
「……算段があると?」
「勿論よ! 横槍が入らなければね。つまり! アンタ達はサフィアの味方を食い止めること。特にシフっていうガキんちょは厄介だわ。すばしっこくて魔法が当たりやしないもの」
「た、確かにあの子も化け物したッス……」
「知ってるなら話が早いわ。倒せとは言わない、時間を稼いでくれたらそれでいい」
「ふむ……宝石を奪い返すにしろ、勇者サフィアと対峙する可能性は高い。ならば、貴女に任せた方が賢明か」
「その通りよ。ところで、アンタはサフィアを捕縛と言ったわね? 何に利用するの?」
「……『時』の力を思うままに操れる、と言ったら?」
「……益々面白いじゃない……!」
「しかし、捕らえられなければ夢の話。まだ不確定な要素も大きいので、期待はほどほどに」
「ふーん……ま、とっ捕まえてから詳しく聞かせて頂戴。そろそろ騒ぎを嗅ぎつけてサフィア達が来てもおかしくないわ。ここで出方を窺うわよ」
「了解した、ご協力感謝する」
こうして、イヤドは“白バラ“を“黒バラ“に無理矢理改名し、加わった。互いに信用せずとも、世界征服と『時』の力の独占による、利害の一致。後に、世界を危機に陥れる発端へと語り継がれることへなる。




