盗賊少年と勇者の手料理
厨房へとやって来ると、奥でサフィア項垂れていた。
「ハァ、上手くいかんか……」
「諦めて来たらどうですか?」
「うっひゃあ!?」
「何情けない声出してるんですか、貴女らしいですけど」
「し、失礼なっ、いくら私がクールオープンスケベとはいえ、急に現れては驚くとも!」
「クールの要素は?? 変なこと言ってないで、早く来ないとルビの料理が冷めちゃいますよ」
「まぁ待て、完成までまだ時間がかかりそうでな……」
「どうせまた失敗しますって。食材がかわいそう」
「ちょっとは応援してくれてもいいじゃないか!?」
「だって料理のセンスがないでしょう。どうしてそこまで拘るんですか?」
「それは……祝いのケーキでもこしらえたくてな……特にシフには、あのオニスを止めてくれた1番功労者だしな」
「……お気持ちだけで充分ですよ。大体、そういうのは専門の人にやってもらえばいいじゃないですか。貴女は勇者なんですから」
「……いや、勇者の出番などもう少ない。バン殿から聞いたが、魔族の現世代はオニスがほとんど討ってしまったため、100年近くは大人しくなると。他国絡みの揉め事も、大国を破ったことでこれ以上大きなことはないだろう。
残すは”白バラ”のみ。まぁ気になることはあったが、1人捕獲したことで手がかりはある。そう考えたら……少しは女性らしさを磨きたいのだよ」
「全く、貴女は磨くよりも削ったほうが良くなりますよ」
「フッ、そうかもなぁ……」
冗談として言ったつもりが、落胆したように笑うサフィア。少し言い過ぎてしまったか……
「……失敗したのはこれですか」
キッチンに置かれている、ホール型のケーキを指摘する。取り分けた後がみられるが、すでに形が傾き、生地がもうまともではないと判断できる。
思考を放棄し、おもむろにケーキを口にする。生地は想像通り、いや想像以上にべちゃべちゃで焦げて硬いところのおまけ付き。クリームからは強烈な甘さの後に油臭さと酸っぱさが後を引いてくる。控えに言ってゲロまずい。
「うん……舌に喧嘩を売ってるような食感に、脳に反吐をかける風味だ」
「お、おう……」
「ま、草や虫に比べればマシかな」
「……フフ、懐かしいな」
このセリフはサフィアの手料理を初めて食べた時に言ったものだ。当時としては食べられればありがたいほうだったので、悪気なく言ったつもりだったが……正直今でも感想としては変わりないかもしれない。
「ありがとうシフ、でも無理して食べずともーー」
「じゃあサフィアも食べましょう」
「えっ」
「おや、勇者ともあろう人が食材を悪戯に消費しておしまいと?」
「いやすでに私は、味見を終えてな、うん、もういいではないかと……」
「そう遠慮しないで、ほら食べさせてあげますから」
「ほ、本当かっ!? いやしかし、マイナスが大きい……!」
捨てるのは勿体ないと思う反面、1人で平らげるのはしんどい。餌付けにはエメルで慣れている。何より彼女相手なら不思議と……
「はい、あーん」
「むぐっ……ぐはっ!? ダ、ダメだ、妄想力でカバーしきれん、我ながら恐ろしい物を作ってしまった……」
サフィアは吐き気を催しながらも、なんとか飲み込んだ。
「クス、お仕置きとして使えそう」
「自業自得とはいえ、それは嫌だな……絶対に上達してみせよう……!」
「そっか、期待しないで待ってるよ」
「……ん? シフその話し方……?」
「あれ……?」
無意識にタメ口で話してた……?
「いいな……敬語を勧めたのは私だが……可愛い」
「じゃ戻します」
「あぁ! いいんだぞかしこまらなくても! 私が最初に勧めたのは、慣れない敬語を精一杯背伸びして使ってたのを、愛でていただけなんだ!」
「それは聞きたくなかった」
「今では知性がぐっと身についたから、逆に子供っぽくなるとギャップが際立って良い!」
「僕はギャップなんて求めてないので、せめてサフィアは良識な部分だけの人間でいれば……」
「気にするな」
「するわっ!!」
「ま、仕方ない。料理はまた今度鍛えるとしよう。わざわざ呼びに来てくれたわけだしな」
「み、皆んなが気にかけてたから別に……」
「……またこうして、やりとりできるのは幸せでしかないな」
「そんな大袈裟な……!?」
サフィアの顔を見ると、静かに涙を流して笑っていた。不覚にもその姿が、綺麗と感じるほどに。
「大変だっただろうに……」
ゆっくり抱き寄せられ、顔がサフィアのお腹に埋もれる。
「わ、わわ、サ、サフィア……!」
見惚れていたのもあって咄嗟に動けなかった。呼吸をする度にいい匂いが鼻腔を通過し、頭頂部には柔らかい感触が……!
「っと、すまない。つい感極まってしまってな……」
先に冷静になったサフィアが、パッと離してくれる。だがこちらはそう簡単に切り替えられない。火照った顔を伏せ、そのまま背を向ける。
「み、皆んなが食べられているので、我々も待ちに行きましょう……」
「ど、どいうことだそれは!?」
この後も当分、会話がまともに成立できないまま、皆んな元へ戻って行った。




