盗賊少年と宴会
「「カンパ〜〜イ!」」
王宮の書斎にて、おじさん2人の声が響き渡る。戦争に勝利し、今は国中が祝杯ムード。盛大に祝いたいところだが、元魔王のバンさんがバレないよう、知る人のみで行っている。
そのうえ、お酒飲めるのは王様、バンさん、アメトさんしかおらず、卓を分けてのプチ宴会。王様とバンさんはもう既に出来上がっており、乾杯なんて4回目だ。
「とこらでさぁ〜バンちゃん、カンダル王国に来なよ〜! 丁度戦士隊長が不在っていうか、倒しちゃったからさぁ、歓迎するよ!」
「ハハァ、嬉しい申し出だが儂は魔族だ。寿命も人類とかけ離れている。今回は義理あってで、本来ならば共存はできない。それが理だ」
「んもぅ、理って言葉を使いだけじゃないのぅ?」
「アハッ、バレた〜? これいかにも魔王っぽいでしょ〜?」
「安直〜! じゃあさ、共存はできなくても、人類と魔族の不可侵平和を結んじゃおうよぉ?」
「儂は別にいいんだけどぉ、もうそんな権限ないんだよねぇ。儂は敗北者じゃけぇ、従う者はだ〜れもおらん」
「え〜、案外使えね〜」
「ちょ、本気で言ってるの?」
「だったらこうして盃を交わしてないよ」
「「でへへへへへへ!」」
「気持ち悪っ」
酔っ払いのおじさん2人の会話に、とてもじゃないが入りたくはない……ただ、王様は抜け目なく、酔ったところにつけ込んで、魔族との条約を結ぼうとしてるし。
「プハッ、まぁ今日くらいはハメを外さないと」
隣にいるアメトさんが、ビールを飲みながら応えてくれる。もう相当な量を飲んでいて、顔がほんのり紅い。
「でも中年2人のコントを、酒の肴にするのは嫌ですね。というわけでシフ君、脱いでください」
「この人もダメだったか」
平静を保ってると思いきや、素っ頓狂な発言をしてくる。ダメだった。
「この戦のMVPたる私の言うことが聞けないと?」
「ん、いや、皆んなが頑張って掴んだ勝利ですから……」
「私は戦前から工作して、寝ないで頑張ろうとしたんですよ!」
「つまりは寝たんですね」
彼女の言わんとすることも、わからなくはない。戦争前から妨害して準備を満足にさせず、敵主戦力である、魔獣使いとやらを出番なく退場させた。そして大将であるイントゥリーグ王をすんなり制圧してる。
「……それなら私だって」
眠そうにうつらうつらとしていたエメルが、会話に参加してくる。こうも積極的に意見を述べるのは珍しい。
「確かに、エメルだって活躍したよね。魔刻印だって解いちゃって、敵味方関係なく感謝されてたし。まさか死霊マスターすら撃退してくれるとは」
「……えっへん」
「そうドヤやらないでください。誰がどれだけ貢献したとか、どうでもいいじゃないですか」
「この人面倒くせっ!?」
「でも意外と可愛い生き物ですね。ルビ姫様には劣りますが」
エメルの頬をグリグリと指で押すアメトさん。はっちゃけてらっしゃる。
「……『キュア』」
段々と不機嫌になるエメルは、とうとう治癒魔法を使った。アメトさんは、ハッと意識を取り戻したかのように停止する。
「……これって何度でも飲み直しができるのでは……!」
「真っ先に思いつくのそれなんですか?
「……なんか疲れた」
エメルはそう言って肩に寄りかかってくる。酔いが覚めても曲者だ、気持ちはわかる。
「エメルもう休むかい? 追加でご飯来るけど」
「……食べたら連れてって」
「お待たせ!!……シフ君何やってんの?」
お手製の料理を持ったルビやってくる。目線があった途端、笑顔は変わらぬものの、声が急に低くなった。
「疲れたから肩を貸してるんだ」
「……やっぱり、仲良いんだねぇ」
「仲良いっていうか、気に入られて使われてるというか」
「……でもこれを見ると随分、シフ君も気を許してるようじゃない?」
「あぁ、戦争に出てくれる条件として、僕が身の回りのお世話することになったんだ」
「ふぅ〜ん……」
「……君もお世話してくれるなら、大歓迎」
「こらエメル、ルビは王女様なんだから失礼だよ」
「……その割には、結構親しげじゃない? シフなんか盗賊なのに」
「言うね……色々あって今は友達なんだ」
「……ふーーん」
なんだか居た堪れない空気になる。にもかかわらず、アメトさんは顔を伏せ、身を震わせている。明らかに笑っていた。無性にイラッとしたが、早く介入してほしい……
「……じゃあシフ食べさせて」
「え、身の回りのお世話ってこのレベルなの?」
「わかった」
「わかっちゃうの!?」
「見慣れない光景だけど、これがエメルの自然体なんだ」
「むしろ慣れちゃいけないと思うんだけど……」
「……もうシフなしじゃ生きられない」
「えっ」
「介護的な意味でね」
「……下の世話までしてくれた」
「嘘っ!?」
「トイレ連れてったときか」
「……シフがあんまりにもしてくれるから、足腰が立たない」
「ふぇ!?」
「寝たきりによる筋力低下だね」
今日のエメルはよく喋る。これじゃあ偏見の塊にしか捉えられないから、フォローが大変だ。
「ルビ姫様、手に持った料理をそろそろ置いていただけるとありがたいのですが」
「ご、ごめんね! はいどうぞ!」
テーブルに置かれたのは小さなトーストの上に、生ハムやチーズなど様々な食材が乗せられたもの。彩りよく、小洒落たパーティー料理だ。
「うわっ、これうまっ……!」
何気なく手に取って食べたが、驚くほどの旨さ。パンはカリカリのうえにガーリックが染み込み、上に乗っている食材と調和している。
「……うまし」
一口一口が小さいものの、どんどん食べていくエメル。気分は小動物の餌やり。
「えへへ、ありがと!」
「酒のつまみを作る天才。大人になって晩酌がいつもこれほどだったら、最高ですねぇ。同じ女性であるのが残念です。男だったら……おっとここに」
「……怒るよアメト?」
「まぁまぁ。でも生きてまた食べれてよかった。ところでサフィアは? 2人で厨房に行ったって聞いたけど……」
「あ〜……それがね……」
一向に来ないサフィアを気にかけると、ルビの言葉が濁る。知ってはいるが、どうも言いづらいらしい。恥じらいがないため、如何わしいことではないみたいだが……
「実はサフィアも料理を作ってるんだけど……」
「えっ、サフィアがっ!?」
考えもつかなかった事実に驚いてまう。サフィアは料理が下手だ。普通にまずく、旅のときでも料理番を任せることすらなかった。
「頑張っているけど、出せるか言ったら妥協点かな……」
「仕方ない……なんでか知らないけど、諦めるように言ってくるか」
「……あんまり強く言わないであげてね。前にも同じことがあって……克服しようとしてるかもしれない!」
「へぇ、そんなことがあったんだ」
「ほら、ずっと前に王宮でお風呂入った時だよ。でもその時から全然料理は上手くいかなくて……教えようとしても、なかなかね……結局、コーヒー牛乳しか用意できなかったから」
「混ぜるだけで、それができなきゃ欠陥があるもんね」
「でも砂糖の量が尋常なかったから、それを美味しいと言ったシフ君の味覚にも欠陥があるかも……」
「そ、そんな!? それだったら、ルビの料理を美味しいと感じてるのも可笑しいと言えるんじゃないか!」
「……単に舌が……いや! なんでもない! サフィアが心配だし、シフ君ならきっと耳を傾けてくれるはず!」
ルビの呑み込んだ言葉が、明瞭に胸へと突き刺さった。情けという配慮は、時に罵倒をも上回る。心にダメージを負ったまま、サフィアの元へと向かった。




