回復術師と死霊マスター
シフ達とオニスが激戦を繰り広げるようになり、イントゥリーグ王国軍は続々と進軍し、各地でカンダル王国軍と衝突していた。
数的有利なイントゥリーグ王国軍は、絶え間なく攻めいるが、カンダル王国軍は奮戦し、戦線を維持し続ける。次第に屍の山が築いていく。
「異様だぜ……ずっと動き続けてんのに、疲れないってのは」
小銃をひたすら撃ち続ける兵士は、装填の際にぼそりと呟く。それを隣の兵士が反応する。
「おい気を抜くなっ! 魔法兵士が討ち漏らした敵を仕留めることに集中しろ!」
ズドン!
「喋る程度じゃあ損なわれんよ。お前だって薄々気付いてるんじゃないか?」
「……まぁな」
2人は話しながらも、変わらずに敵兵士を撃ち続けていく。
「回復術師さんが事前に付与してくれた治癒魔法で、精神的か疲労も感じず、魔力すら回復して、魔法兵士は働き詰めだ。おかげで俺達生きてるけどさ」
「……何が言いたい?」
「俺は魔獣ぐらいで人を殺めたことはない。ましてや戦争なんて経験あるわけない。しかしどうだ、緊張や不安、罪悪感がまるでないんだ。手足が震えるどころか、思い通りに動く。これってよ……もはや洗脳じゃね? もっと悪用ーー」
「それ以上は言うな。だったらおめおめと負け死んだほうがいいって言うのか?」
「早とちりするなよ。あの娘を戦争にしか利用せず、戦争すらも極力避けようとした、王に仕えて良かったって話だ」
「フッ……戦争童貞が偉そうに」
「うっせ」
エメルが前線の兵士に付与した治癒魔法は、致命傷を除く負傷、身体的・精神的な疲労、魔力、ストレスすらも治し続ける。常に心身を好調に保つ秘術。
しかし、他者が使わせようとしても本人のやる気がないだけである。それでもカンダル国王がその気にさせたのは、
「前もってやっとけば、戦中は寝れるよ」
と、言い聞かせ渋々やってくれたのだった。
異常なまでの正気で戦うカンダル王国軍とは裏腹に、イントゥリーグ王国軍の士気はどん底にまで落ちていた。
「指揮官もうダメです! 引き返しましょう!!」
「何を言う!? ここで引き返してみろ! 敵を図に乗らせるだけだ!」
「だったらテメェで突っ込めや無能!」
「誰だ今言った奴は!?」
敵前逃亡はおろか、内部反乱さえ起きかねない状況。そんな中、1人の男が現れる。黒いをコートを見に包み、細身で青白い肌。陰湿な雰囲気を漂わせながらも、兵士達は会うと態度を一変させる。
「おやおや、ワタクシの出番ですかね?」
「こ、これは死霊マスター殿! 是非お力添えいただければ……」
「しかし名高いイントゥリーグ王国ともあろうが、このザマとは」
「か、返す言葉もございません……」
「フフ、冗談ですとも。敵も何かしらの小細工をしているのでしょう。おかげで、ワタクシの駒がいっぱい増えました。良い頃合いです」
死霊マスターはニコニコと笑いながら、前線で死体が多くある方向に手を差し出す。
「『死者強生』。さぁ、死んでも戦ってください!」
横たわる死体達がゆっくりと立ち上がり、呻きながら前進していく。
「な、なんだ死んでた奴らが動き出したぞ……」
「まさか例の死霊マスターが近くに……!」
「くっ、構まうな! ひたすら排除していけ!」
カンダル王国軍は怯むことなく攻撃を続けていく。しかし、死者達はいくら血を流そうと、銃弾を浴びようと、燃えてもなお止まらない。足がなければ這いつくばる。粉微塵にならなければ、動き続けていく。
「全軍!! この隙に突撃せよ!!」
「「「「うおおぉぉぉぉ!!」」」」
イントゥリーグ王国軍は雄叫びを上げながら、死者達を盾にし、カンダル王国軍陣地へと迫る。
「魔法部隊は死者を狙え! 銃撃部隊は死者問わず足を狙って進軍を遅らせろ!」
カンダル王国軍は迅速に応戦するも、死者達による物量差で、遂に陣地目前まで侵入を許してしまう。
「くそったれ……総員撤退!! 牽制しつつ、後衛と合流する!」
「……うるさい」
「あ! 回復術師殿、起きられたのですか!?」
エメルは眠気と不機嫌さを兼ね備え、カンダル王国指揮官の横を通り過ぎていく。
エメルをこの前線に配置したのも、カンダル国王の采配だった。重症者を安全な場所に移すより、その場で完治させたほうが生存確率、時間、人員も断然良いからであった。
「ハァ……まだお昼だってのに」
「じ、時間感覚がおかしい……って、そちらは危険です!」
「……知ってる。でもあなた達の手には負えない。」
「た、対抗できるのですか……?」
「……余裕。死霊術の基本は魂を操ること。これは死体に魂を入れることで成立し、無理矢理動かせてる。だったらーー」
迫りくる死者達は一瞬に肉体が再生する。
「普通に蘇らせればいい」
「……あ、あれ? 俺は一体……?」
「ここは……そうだ、戦地だ、でも腹に弾を……」
蘇った兵士達は次々と正気に戻るも、訳がわからないまま呆然とする。カンダル王国軍も再度殺すのにも迷い、膠着状態となった。
「……降伏する、また死にたくない……」
1人のイントゥリーグ兵士が、剣を捨てて両手を上げる。
「おい無駄だ。俺だってそうしたいが、魔刻印がある……」
「……あ、それなら解呪した」
「なっ……本当か……?」
「ない……ないぞ! こ、これで解放される……!」
「……ピンポイントで残すのも面倒だったから」
「救世主だ……!」
「やった、やったぞー! 故郷へ帰れるんだ……!」
蘇った兵士達は羨望の眼差しでエメルに平伏する。イントゥリーグ王国の兵士、特に死にやすい前線の者達は魔刻印によって、強制使役されている。その任から解き放たれ、喜びに浸る者がほとんどだった。
「急に支配権を失って来てみれば……アナタの仕業でしたか」
イントゥリーグ王国軍の奥から死霊マスターが現れる。
「流石は伝説と謳われる魔王討伐者の1人。100人以上の再生、蘇生を一瞬とは……脱帽ですよ」
「……私は討伐どころか何もしてない」
「謙遜とはなんと奥ゆかしい。なんとしても、ワタクシの軍門に加わっていただきたいところ」
「……週休7日なら考える」
「ユニークな断り方だ。ですが、諦めきれないですよ」
辺りが冷気に包まれ、殺気立つ。死霊マスターとエメルを除く全員が、鳥肌が立ち、息を呑んでいた。
空間が歪んでいき、小山ほどの骸骨がぼんやりと姿を成していく。
「『怨霊具現』」
骸骨の上半身が青白い光とともに形成され、片腕がエメルを握り潰そうとする。
「……じゃあ成仏」
エメルは気の抜けた声でそう言うと、パッと怨霊は姿を消した。
「えっ」
「……もう終わり?」
「ハ、ハハハ! 上等ですよ! ワタクシが支配する全ての霊をもってーー」
死霊マスターはやけくそになりながら、空から幾千もの霊を君臨させていく。中には大型魔獣や魔族すらも存在する。
「……バイバイ」
エメルは怨霊達に手を振ると、そのまま天へと還っていく。
「あーもうっ、せっかく集めたのに! かくなるうえは、禁術『自霊王』!!」
死霊マスターはナイフを取り出し、自身の胸に突き刺す。
「グハッ……これは我が命を捧げ……生者の魂すら干渉できる霊王と成る……誰にも止められ…………って死ねねぇ!」
「痛そうだから治してる」
「クソクソクソッ! ことごとく凌駕しおって! 絶対に死んでやるからなぁ!」
「『メンタルキュアー』」
「あぁ、ワタクシはなんと愚かな真似を……痛いから抜こ」
死霊マスターはナイフを抜くと大量に出血し、貧血によって気絶する。エメルは傷を治し、そのまま横になる。
「……これでもう私は働かなくていい。よって寝る」
瞬く間に寝息を立て、夢の中へと入っていった。
両軍のキーパーソンが再起不能になり、どう処理していいか不明になる兵士達。この一帯はしばしの間休戦となったのだった。




