盗賊少年と白バラの再来
無事にエメルがトイレから出て、ふらふらと歩きながらベッドへと戻っていく。どうせまた眠ってしまうため、本題を振ってしまおう。
「ねぇエメル、話があるから聞いてほしい」
「……善処する」
……悪気はない、悪気はないんだきっと。ただしかし、わざわざトイレに連れていった恩義が微塵も感じられないのが、少しイラッとする。
「近々、他国と戦争が起きる。どうしても君の力が必要だから、一緒に来てくれ」
「だが断る」
「せめて期待させてから言おうよ」
……まぁこれは想定通りだ。魔王討伐で募った時も真っ先に断られたそうだ。それでもなんとか誘うのに成功した提案がある。今回も似たような手口を使っていく。
「……もし、カンダル王国が負けて君が捕まったら酷使されるよ?」
「えっ……それは……」
「敵国の王は残忍だ。きっと、お菓子や本どころか、まともに休みをくれないだろうね」
「うぅ……」
エメルは極度のめんどくさがり。そこを利用する。更なる面倒が待ち受けることを提示すれば、揺らぐだろう。さらにダメ押しだ。
「その点、僕達に一時協力するだけで、また今みたいに食っちゃ寝できる! それどころか、王様が報酬をもらえる! 高級寝具に食べ物、今よりも快適に暮らせるんだ!」
「……あり寄りのあり……」
「でしょう? 前の時だって魔王を倒せたからここで安穏に暮らせてたんだ。間違いない」
ま、倒す前にこの子帰ったんだけどね。
「…………じゃあ、1つお願いがある」
「なんだい?」
ここにきて要求がくるか。連れて帰るのは生半可なことではないと覚悟していたが……しかし、たった1つのお願いさえ呑んでしまえば、来てくれると思うと案外簡単に済むかも。
「……ずっと一緒にいてほしい」
「いっ!?」
思わずドキッとしてしまう。なんだなんだ、特に他人なんて何の関心も持たないと子だと思ってたのに、まさかそこまで気に入られてるとは……いや、待てよ?
「……それって、僕が言うこと聞いてくれて使い勝手がいいってこと?」
「うん、凄く便利」
「嬉しくなっ」
さっきまでの行いを冷静に省みれば、そうとしか考えられない。ずっとエメルに使われるとなると、行く末が大変だが、今はそうも言ってられない。
「……あぁわかったよ。僕でよければ好きにしていいから。だから必ず来てほしい」
「……んじゃ、おんぶ」
エメルは両手を差し出し、後はお願いしますと言わんばかりに。
「じゃあ先に腕を治してほしいんだけど……ほら、りんごあげるから」
りんごを受け取ると、シャクシャクと食べていくエメル。言うことを聞いてくれるときは、何かをしてあげるか、与えるかだ。
ズゥゥン!!
「地震!?」
それもかなり強い、壁にはヒビが入り、メキメキと嫌な音を立てていく。
「まずいな、早く脱出しよう!」
エメルを連れて家を出ようとするが、今度は天井が崩落し、巨大な岩が降り注ぐ。
明らかな攻撃、地震の時点で気づくべきだった……!
「あぐっ」
「エメル!」
エメルの手を取ろうとするが、瓦礫の下敷きとなってしまう。残念だが、自分だけでも逃れよう。
「おやおや、お迎えがあの伝説な盗賊くんとは豪華ッスねぇ!」
崩れかけのドアから現れたのは、橙色の短髪に全身白コーデ、身の丈程の細く黒い棍を持った女性。
「その場と時を履き違えた白スーツ……"白バラ"か!!」
「ムカッ、アタシだって着たくて着てるんじゃねえッスよ。にしても、ラッキー! アニキをボコった仇をとれるとは。案外今なら勝てちゃうかも!」
アニキ……王宮を襲撃した時の男か……? いずれにせよ、この身体で相手をするのはしんどいぞ……
「狙いはエメルか……!」
「いや、ただ煽りに来たんッス」
「……は?」
「いやね、変な話なのは重々承知してるんッスよ。でもあの狂戦士さんが、確実に回復術師を敵に回せるよう根回ししとけと。そうすりゃ、いっぱい戦れるからって」
「オニスらしい……だったらなんで攻撃を?」
「だってぇ、見てるだけなのってつまんないし、戯れてもいいでしょ!」
「ただただ迷惑」
床から岩の柱がいくつも飛び出し、たまらず回避するが、今度は岩石で追撃される。
飛び道具で対応しようにも、魔法による攻撃規模が違いすぎる。距離を取ったら面倒だ、近距離で応戦するしかない。
一気に距離を詰めると、相手も棍を振り回してくる。だが、捉えきれない程じゃない。攻撃間際に奪ってしまおう。振り下ろされた棍を左手で掴もうとする。
バンッ!!
掴んで引き抜くはずが、想定以上の衝撃によって弾かれてしまったのだ。
「馬鹿なっ……!?」
そこまで速度があったわけでもなく、重量があった感覚でもない……ただただ衝撃だけが強かったのだ。
体勢が崩れたところへ胴体に突きを喰らい、大きく後ろへと吹き飛ばされてしまう。
「ぐあっ!?」
凄まじい衝撃が、傷に響く。まただ、今の突きだって身体ごと吹き飛ぶようなものじゃない……やや太い枝くらいな棍なのに、丸太でどつかれた様な威力だった。
「フッフッ! 訳がわからないって顔してるッスね〜! これは呪いの棍棒でしてね、与える衝撃を倍にするッス!」
まさか呪いの武器だったとは……あの棍に少しでも当たればたちまち崩され、遠距離では魔法が来る……厄介な敵だ。
「いんや〜、勝てるって言ったのもあながち嘘じゃないかも! まぁただでさえボロボロだったのにこれで勝てなきゃ恥をかいちゃ、おっと!」
調子に乗ってるところ悪いが、散らばった本やゴミを蹴り飛ばし牽制していく。その隙に後ろへ回り込む。
「見えてるッスよ!」
飛びかかったところを棍で叩かれ、瓦礫の中へ叩きつけられる。
おかげでやっと辿り着くことができた。
「あれれ? ひょっとしてボロ勝ちできる? 拍子抜けだなぁ〜」
「よっと、エメル大丈夫?」
瓦礫を払い退け、エメルをを引っ張り出す。
「……すごく、痛かった……!」
「それだけで済むんだから凄いよね」
涙目で身体を震わせ、必死に腕を掴んでくるエメル。日頃ぐーたらしていたので、痛い思いなぞ久々なのだろう。
「埋もれたとこにわざと……!」
「えぇ、浮かれてるから簡単でしたよ」
「シフ……やっちゃって」
そう言うと、重だるかった身体が一気に軽くなる。動かすどころか、感覚さえなかった左手が、包帯が煩わしいほどに感じる。
ーー驚異的な回復能力は変わらないな。
「仰せのままに」




