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盗賊少年と回復術師の再会

 イントゥリーグ国での激闘から一夜明け、回復術師のエメルが住む村へとやってきた。


 カンダル王国都市部から十数km離れ、人も家屋も少ない。一言で例えるなら、のどか。性格に関しては穏やかなエメルに合っているが、隠密部隊の情報によると、出身地ではないらしい。


拾い子で、村の人々が代わりがわりに育ってていったとの話だ。そんなある日、転んで大怪我をした老人を一瞬で治癒。たちまち噂になり、近隣からも怪我人、病人が押し寄せ、王様の耳にまで届いたのだ。


「おや、こんな若い子がここに来るなんて珍しいねぇ。元気そうなのに」


 村へ立ち入ると、お婆さんから話しかけられる。名所も何もなければ、来る理由などエメルの治療目的しかないのだろう。あながち間違えでもないのだが……


「おはようございます。えーっと……知り合いに会いに来まして」

「おやまぁ、ひょっとしてエメルちゃんかえ?」


「あ、そうです」

「やっぱりそうじゃったかぁ! 君と同じくらいで、あたしゃの知らない子が訪ねて来るなんて、あの子しかおらんからのぅ。ぼーいふれんど、ってやつじゃな?」


「そこまでじゃあ……エメルは元気にしていますかね?」

どうやらエメルと親しいみたいだ。彼女に限って体調の心配はないが、どう思われてるのか、他人と上手くやれてるのかが不安だ。


「引きこもりの寝たきりだよ」

「おぉ……」


負と負を掛け合わせた言葉にたじろいてしまう。本来なら手遅れとも捉えられる状態であるが、エメルならばいとも簡単に想像できてしまう。


「安心せい、いつものことじゃけぇ」

「尚ダメでしょう」


「そうじゃ、寄るならこれを貢……持っていっておくれ」


渡されたのはりんごがいくつも入った紙袋。それよりも今貢ぐって言いかけなかった?


「あの子にとっちゃ栄養なんて関係ないかもしれないけど、美味しい物食べて、少しでも人間らしく生きてほしいもの。よかったら君もいただいておくれ」

「あ、ありがとうございます」


「そんで、いつまでも私達を健康でいられるよう仕向けおいで」

「あなた何者なんですか?」


慕われているのか、利用されているのかイマイチだが、悪意はなさそうだ。もう深く考えるのはよしておこう。


 りんごが入った紙袋を抱えながら、エメルの家と辿り着く。世界最高峰の回復能力もを持つ者が、一身上の都合で隠居してしまうとは……


 かつて人類を征服しようとした魔族。魔王を筆頭に軍隊として結託した魔族達は恐ろしく、何度も命の危機を強いられた。それでも今、五体満足でいられるのはエメルの力だ。


そして、世界の命運をわける魔王との最終決戦……を放置して去っていったのも事実。


実に嘆かわしい。


「おーいエメルー! お邪魔するよー!」

返事を待たずにドアを開けて、ズカズカと上がり込む。散乱しているのは、飲みかけ、食べかけやら食べカスの飲食物に衣類。加えて、巻数や作品名すらも異なる本の山積みが連なる。そして一向に返事が来ない。なんとかベッドらしき物を見つけ、ようやくエメルのご尊顔が拝見できた。


 透き通るような白い肌に、翠色の癖っ毛が肩までかかり、スースーと寝息を立てている……ゴミに紛れて。


「エメル!!」

腹の底から声を出し、やっと半目が開く。いつも生半可な刺激じゃ全然覚醒しないし、すぐにまた夢の中へと戻ってしまう。


「おはよう、そして久しぶり」

再び眠らないようすぐさま声をかけると、ゆっくりとこちらへ向いて、翠色の猫目が合う。


「……あ、シフ……」

依然と変わらず無気力な表情で、しばしの沈黙が生まれる。久々に突然来たことで、混乱しているのだろうか?


「……トイレ連れてって」

「排泄介助の要求が来るとは思わなんだ」

最終決戦の急遽離脱による自責の念、突然来た理由や驚きは一切ない。もはや懐かしいとすら感じるマイペースさ……


「流石に自分で行けるでしょ……てか旅の時はできてたでしょうが。なんで退化してるの」

「……余裕がない、漏れそう」

「さっきまでぐーすか寝てたのに……早く行きなって」


「……もし間に合わなかったら、一帯は汚れ、汚臭が漂う……」

「もうすでに廃棄場みたいなんだけど。自分ですれば解決するよ」


「……でもそれで、年端のいかぬ少女が漏らし、あまつさえその醜態を目撃されるのは……倫理的にどうかと思う」

「だ・か・ら! こうしてるうちにも行けばいいじゃん!? 問題ないのにトイレ連れてってもらうほうが恥だよ!? よくもまぁ倫理がどうとか掘り下げたなっ!?」


「……じゃ、諦める」

「えっ?」

一瞬の戸惑い後、嘘ではないと確信した。今までの付き合いと、表情がほんの少し緩むのを感じとった。


「待っ!? ま、待って!!」

脱兎の如くエメルをトイレまで運び、すぐさま自分だけは出る。


「ありがとう、間に合った」

「ハァハァ、どういたしまして……」

ドア越しの報告に安堵する。そこまで自分で行くのが面倒だったのか、結果的にはお世話をしてしまった……


「だから拭いてほしい」

「それはやりなさい!!」

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