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盗賊少年の束の間の休息

「あ〜、つっっっっかれた……」

 夜になり、感覚のない右腕を適当に吊るし、ふらつきながらも宿屋に辿り着く。


今日はいろいろありすぎた。オニスが敵として現れ、死闘を繰り広げ……王様達が仲裁してくれたと思いきや、準備万端で宣戦布告までした。


ただでさえ驚きの連続で、オニスから受けたダメージが大きすぎる。身体的にも、精神的にも摩耗した。面倒なのと、どうせ明日には傷が完治するため、簡易的な止血だけで済ませている。今日はもう休むとしよう。


 部屋の扉を開け、ベッドまで向かうと倒れるように横になる。すぐにでも寝れそうだが、そうはいかない。最低限の意識を残しながら、休息を図る。いつ襲われようとも反応できるように。


 2時間後、ガチャッと扉が開く音に瞼は開けずとも警戒を強める。同居人のサフィアが帰って来た。幾度となく夜這いを仕掛けて来た変態の塊そのもの。極め付けは、再開してすぐの言動だ。


『今のシフなら簡単に犯せるな』


こんなこと言う人に、無警戒で寝られるだろうか。いや、ない。冗談にしては実績を伴いすぎだ。カウンターの準備はできている。


ジャァァァァと、水の流れる音が聞こえてくる。シャワーでも浴びてるのか、そう思った矢先に、すぐ音は止んだ。代わりに足音がどんどん近づいてくる。


 来たか……!!


 匂いも気配も紛うことなきサフィア。触れた瞬間にはすぐさま手首を掴み、両脚で首を絞めて落とす。それぐらいの体力は残っているし、死闘を終えたからか、技のキレはいいくらいだ。


 ベッドに重さが加わり、少し沈んでいく。さしずめ、覆い被さる準備ができたということか……


 ジョボジョボ!


水面に何かが落ちる音が聞こえ、思考が一瞬止まる。


 ……一体何をーー


警戒すら忘れ、疑問に気を取られていると、温かく、心地の良い布の感触が額に触れる。


「……何を、しているんですか?」

「む、起こしてしまったか。傷の応急処置しかしていないだろう? 感染するやもしれないし、汚れたままじゃ寝心地も悪い。拭いてさっぱりしてやろうと思ってな」


下心、白々しさもない善意の言葉。拍子抜けしつつも、そこまで世話をしてもらう必要性はない。


「……べ、別にいいですよ、エメルに会えば怪我も病気も完治しますし。今は疲れて、ただただ休息したいので」


これが本意だ。パイには清潔にすることが大事だと語ったが、何でも治してしまう存在がいるなら、話は別だ。それにぶっちゃけ、面倒くさいのだ。


「何かあれば、行くまでが大変だろう。そして、疲れてるからこそ私がやるというのだ」


その言葉を待ってました、と言わんばかりに反論して手をやめないサフィア。多少強引だが、手先は優しく拭いてくる。


今のところ害はない……しばらくは様子を見るとしよう……


「あちこち痣と擦り傷だらけだな。薬は用意してある、最後に塗るからな。服をめくるぞ?」


肌着をめくり上げられ、腹と胸を拭かれていく。タオルが冷めたらお湯につけ、絞ってはまた拭いていくサフィア。冷えないよう、わざわざ桶に湯を入れて持ってきたのだ。ありがたい配慮だが、最大の懸念が……


「…………あの、言っておきますけどーー」

「そう身構えるな、陰部までは手をつけんさ」


涼しげな表情で言われ、気にしてたこっちが恥ずかしくなる。調子が狂うってレベルじゃない、あのサフィアが性的なことに関しても、不快を与えないように誠実に振舞っている。


「ねぇサフィア、明日一緒にエメルのとこへ行きましょう。きっと頭の病気ですよ!」

「決めつけがすぎるぞシフ……まぁ私も久々にエメルと会いたいところだが、やるべきことが多々ある。それに、()()エメルを連れて帰るなら、シフ1人の方が適任だ。どうも私は、嫌われてはないにしろ、良くも思われてないようでな」


そりゃあいつもあなたが、エメルにも手を出そうとしたからでしょうが。


こう言ってやりたかったが、今のサフィアには当てはまらない。声には出さず、思いだけで留める。


しかし、ただ黙々と身体を拭かれるのもこっぱずかしい。何か話題を、話題を振らなければ……


「そ、そういえば、ルビは元気でしたか? 訓練していたとはいえ、実戦は初めてだっただろうし、オニスに殺されかけもしましたから……」


今日の健闘を労われ、一足先に帰ってしまったが、様子は気になっていた。平気そうにしていたが、心配させまいと無理をしているのかもしれない……


「そうだな、力不足を嘆いていたが心配はない。特に引きずってはないし、むしろ前向きに励んでいたとも。私がこの1週間鍛え上げたが、1番成長したのは心だ。強いよ姫は」


諭されるように言われ、杞憂だったのがわかる。良いことなんだが、つまるところ、もうこれ以上話が広がらない。


 サフィアは次に薬を指につけ、傷口へと塗っていく。染みるような痛さと絶妙なくすぐったさを、下唇を噛み堪える。嫌ではあるが拒むほどではない感触に、半裸見られている羞恥心が相まって……なんとも言えない感覚というか……


「……フッ、ここまでボロボロになって守ってくれたからこそ、姫は生きられてる。其方のおかげだ」


「……っ!」

 眩しい笑顔で褒められ、思わず全力で顔を背ける。ただでさえ変な状況で、素直に褒められるのは顔から火が出るような思いだ。必死に顔を背け、視線を窓へと向ける。ほんの少しでも気を紛らわせたかった……


「けど、自分の命を軽々しく扱うのはもうなしにしてくれ」

急にサフィアが真剣なトーンで語りかけてきて戸惑う。確かに刺し違える気でオニスを止めようとしたが……


「私が駆けつける直前、尋常ならざる殺気を感じた。到着して確信したよ、自棄するような冷めた顔を見て」

「そ、それは……そうしなきゃ守れなかったから……」


「わかっている。だから今後はということだ。其方の命も、かけがえのない命に変わりない。約束だ」


サフィアは念を押すようにズイッと顔を近づける。凛としていて、和らぐような微笑に動悸が止まらない。頭はクラクラする。理想の勇者ならぬ、理想の女性サフィアは破壊力が凄まじい。


 断れない、遵守したいとすら思える想い。


「……わ、わかりましーー」


「誓えぬのなら、この場で交わる」


「ーーだから大じょ………………は??」


「誓えぬのなら、この場で交わる。この場で交わる」


 混乱する脳を、冷めきった感情で抑えられ、思考が再開していく。


「……あ、いや、聞こえてはいるんですよ……理解に苦しんでるんですよ。え、待って、普通今の流れでそんな脅しする??」


「あぁ、必ず誓ってもらうためにな。まぁどちらにせよ、私は本望だ」

「いや、いやいや! っていうか、今の流れだったら従順にOKしましたよ!?」


「浅いな、私は本能に刻んでほしい程なんだ」


「えっ、怖っ……待って待って、ついさっきまですごいまともだったじゃん! どうして!? どうしてそこまで澄ました言い方で、下衆なこと言えるんですか!?」


「コツを掴んだ、勇者としての心構えと性欲のバランスを」

「要らない成長だよ!?」


「フッ、おかげでポジショニングは完璧だ……もう察しただろう? 私が数ミリ顔を下げるだけで、唇は重なる。服を脱がす手間も半分ない。あげく、片腕しか使えずに満身創痍なシフを犯すのは造作もない。詰みだ」


「……そんなことしたら、未来永劫拒絶しますよ……?」


「死ねば同じことだ!!」

「!」


「ならば私は死す前に! 叶わぬ夢になる前に! 共に絶頂を迎えたい! その為なら人格すら偽り、全身全霊で実行する! 『時』の力も使う! 朝になるまで、泣いて懇願しようとも絶対に行為を止めない!」


「……プッ」

呆れを通り越して笑いが出てしまった。生き急がないようにする説得が、まさかの絶対強姦宣告。サフィアらしすぎて、もう反論するのも可笑しい。


「……わかりました、誓いますよ」

サフィアの頭を左手で引き寄せ、そっと腕を首に回して抱きしめる。


「こ、これは!? 約束もして、尚ヤッていいのか!? 私得すぎる! よろしくお願いーー」


「するわけないだろこの腐れド変態っ!!」

「ヌッ!?」

腕に万力を込めて首を絞める。調子に乗りすぎだ、何よりちょっとサフィアを良く思った自分が悔しい。このまま絞め落とす。


 パタリと力が抜け、サフィアの頭が垂れる。


「はぁ……あともう少しのとこでまともならなぁ」


横たわる犯罪者予備軍を横目に、愚痴をぼやきながら、ゆっくりと眠りに落ちた。


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