盗賊少年と戦士の死闘
オニスはさっきと打って変って、邪悪に笑う。そして鎧を投げ捨て、しまいには上半身裸になる。
「って、なんで脱ぐんですか……」
「お前相手には不要なだけだ。それによぉ、死闘は半裸になるって相場で決まってんだよ」
「…………僕は脱ぎませんからね」
動揺を誘ったのか、呪いの短剣なら鎧を貫通できるから少しでも身軽にしたかったのか……どちらにせよ、こちらには支障はない。
「いくぜぇ!」
発する声とともに、怒涛の攻撃を仕掛けるオニス。立っていた建物は、みるみるうちに原型をなくし、瓦礫と化していく。
これで狙い通りだ、わざわざ屋上へ避難したのは空中に無数の足場を作るため。例え猛スピードで攻撃しても、相手は戦闘の天才。平面的な動きでは簡単に見破られてしまう。これで予測も対応もしにくい、立体的に攻められる。
崩落する瓦礫の中を高速で飛び交い、すれ違いざまに斬りつけていく。捉えられず、攻撃する暇さえ与えはしない。
『狩の巣』
魔王をも追い込んだ速さの力技。さしものオニスも、避けれずに喰らわざるおえない。
右足、左腕、脇腹、右肩、背中と、360度の全方向から幾たびに斬り刻んでいく。血塗れになっていくオニスに、今度は顔を蹴り飛ばす。
着実にダメージを与えている。だが、途中から違和感を感じていた。そして、先程の蹴りで理由がわかる。
まともに蹴りが入った割に、手応えがあまりない。受けた同時に、衝撃の方向へ身を動かしている。切り傷にしたってそうだ、皮膚を斬っているだけで深くはない……服を脱いだのは反応しやすくする為か……?
もう順応していっている……下手すれば反撃を喰らいかねない。まだ攻撃が当たる内に深手を与え、あと一撃で手を引くとしよう。
上下左右と翻弄しつつ距離を詰める。そして背後に回り、深々と短剣を突き刺す。
ーー短剣は勝手に手元へ戻ってくる。あとはすぐ離脱をーー
「つ〜かまえた〜!」
離れようとしても、離れることができなかった。服をがっつりと掴まれ、腕も抑えられる。
「やっぱ動きが安直なんだよなぁ〜。伊達にお前と2年も旅してたからわかるんだよ」
油断していた訳じゃあない、まさか致命傷を受け、斧を手放してまで捕まえに来るとは想像してなかった……!
「ク、クソッ! 離せっ!!」
「あいよ」
「うっ!?」
殴りかかろうとした瞬間、上空へと投げ飛ばされてしまった。
「くっ、やっぱり自分も服脱いだら良かっ……しまった!」
呑気なことを言ってるうちに、自分の置かれた状況に気づく。空中じゃあ逃げる術がない……!
「俺のターン!!」
ここぞとばかりに斧を振りかぶり、こちらへ飛んでくる。
「タダじゃあやられない……!」
オニスより先に、戻ってきた呪いの短剣をキャッチし、再び投げつける。
だが、その行方を見届けることはできなかった。凄まじい衝撃と重量が身体を突き抜ける。痛みを感じるのも束の間、気がついたら地面に激突していた。
「ウゥ……ハァハァ、たった一撃で、この様、か……!」
咄嗟に右腕でガードしたが、身体中が痛み、息をするのもしんどい。それに右腕は完全に潰された……
地に伏せながらもオニスを見つめる。斧を杖代わりにして歩いて来ている。よく見ると、左の太ももから流血している。苦し紛れの攻撃だったが、見事にヒットしていたようだ。
負傷の度合いは五分五分だというのに、それでも尚、彼は笑っている。オニスの性みたいなものだが、あちらにはそれだけの余裕がある……段々見るのもウンザリしてきた……
「てて……あの状況でよく攻めたもんだ、お兄ちゃんは嬉しいぜ」
「嬉々として殺しにかかる兄なんて御免ですから!」
なんとか力を振り絞り、立ち上がる。やられるわけにはいかない、後ろにはルビがいる。刺し違えても止めねば……
「あー……近寄んのも面倒いから、こっからやるわ」
「え?」
オニスは斧を両手で高々と挙げ、上半身を捻る。あの構えはまずい……!?
「待っ、正気ですかオニス! まだきっと避難しきれてない人が大勢いますよ! なのに、ここら一帯を更地にする気ですか!?」
「気にすんな、巻き込まれても生き延びれば、そいつはきっと強くなる」
「何頭のおかしいこと言ってるんですか!? そもそも今貴方が仕えてる国でしょ! いや兵士をぶっ飛ばしてる時点でダメだけど、一般市民は無関係ですって!!」
「大した問題じゃねぇ。ちょっと突風と同時に、次々と倒壊に巻き込まれるだけだ」
「常人はそれを死と呼ぶんですよ!?」
止めるにしても距離がありすぎる、ルビだってまだそう遠くへは行けてないというのに……
急いで物陰へとダイブする。屈んで無事な左腕で頭を抱え、衝撃に備える。
「『災撃』」
ありとあらゆる物が粉々になり、一緒に吹き飛ばされていく。瓦礫が次々とぶつかりながら、転がされていく。
「ぐうぅ!?」
気が遠くなるような一瞬を、ただただ必死に耐えるしかなかった。
衝撃が収まったと同時に、辺りが静まり、埋もれた瓦礫から抜け出す。栄えていた街並みをたった一撃で、見渡す限りの残骸と化している。
ルビの安否が気になり、慌てて後ろを振り返る。数百mは破壊し尽くされている。別れてからはそう時間は経っていない、この大技から逃げきれてる可能性は低い。
ーー急いで向かわねばならない……だがその前にーー
「かはっ!?」
音もなく、微かな気配だけで背後に来ていたオニスを、後ろ蹴りで吹っ飛ばす。
「フゥ……貴方も言ったように、仲間だったからこそ行動が読めるんですよ。容赦なく確実に追撃するのが癖でしたよね……おかげで、不意を突こうとした貴方の不意を突くことができた」
今の蹴りはまともに入った。当然、こんな程度でくたばりはしない人だ。このままやり続ければどちらかが死ぬ。
片足を負傷し、機動力のないオニスなら撒ける。今が絶好のチャンスだ。
横たわるオニスを無視して、ルビが逃げた方向へ駆け抜けていく。後ろから畏怖するような笑い声が聞こえながらも……
「クク……ヒャッハッハッハッハッハ!!!!」




