盗賊少年と予期せぬ相手
ルビの身体に羽織りを着せて隠しつつ、路地裏を歩く。中心街からの追っ手は上手くまけたみたいだ。周囲に人がいないのを確認してから、ルビに話しかける。
「ひとまずは安心だ。すごい役者だったね、ルビ。本気でビビられてるかと思ったよ」
「あれぐらいやっとかないと、あのイントゥリーグ王には怪しまれちゃうからね! 盗んでくれてありがとう!」
「どういたしまして……と言っていいのかな、この場合……?」
「当たり前だよ! 流石はサフィアと共に魔王へ挑んだ歴戦の盗賊さん、だね」
「いやぁ、それほどでも……ってあれ!? 知ってたの!?」
「だって、サフィアとあんな親しくて、腕利きの盗賊って……普通に考えたら同一人物だろうなぁと。なんで亡くなっていることになってるかは、知らないけど……」
「それもそうか……僕が死んだことになっているのは、まぁその、色々あってさ……」
「……きっと、皆んながシフ君に頼っちゃうからじゃない? 今だってそうなんだから」
「今回ばかりはしょうがないよ、相手が悪い」
「……本当はさ、こうやって、特定の誰かばっかりに重荷を背負わせない、そんな理想を語っただけなのに、結局迷惑をかけるなんて……皮肉だなぁ本当」
「どういうこと?」
「……王族が強くなるべき、ってイントゥリーグ王に言ったんだ。魔王を倒すにだって、少数精鋭で行かせて、ほとんどの兵力は自衛に回さなければならなかった。王宮で何回も襲われた時も、私はただ足を引っ張っていたし……」
ルビは自責するように話す。それにしても驚きの意見だ。確かに国のトップが強ければ、護衛はいらないかもしれない。ただそれには、尋常じゃない訓練がいる。政だって疎かにはできない。そもそもルビは王族だとしても、まだ子供なんだ。気負いすぎだろう。
「いやそんな……だってルビはまだ幼いんだし!」
「まさか年下の人にそんなこと言われるとはね……」
「うぐっ……」
「だから、シフ君には感謝しきれない。でも、それだけ終わらせたくない。少なくとも私は『守られる王』じゃなく『守る王』になりたい」
「……ルビらしいね。ならせめて、その間はお力添えするよ」
「……よろしく、お願いします」
少し照れ臭そうに笑うルビ。優しく、強くあろうとしている。きっと民に慕われ、偉大な女王になれるだろう。こんなところで死なせるわけにはいかない。
「さて、それならこの国から早々に脱出しないとね」
「あ、そういえばこの後の行き先って決まってるの? アメトがシフ君に考えがあるって言ってたから……」
「あぁ、それならもう決めてるんだ。安全、とは言い切れないんだけど、命の保証はあるところかな」
「……ん? そ、そんなところがあるの……?」
「うん。僕が勇者サフィア達の仲間ってことを知ってるなら、話が早い。行こうとしてるのは、その仲間の元なんだ」
「へぇ! じゃあシフ君やサフィアと一緒で心強いね!」
「その通り。正確には戦闘力は皆無だけど、側にいるだけで、まず死ぬなんてことはあり得ないから」
「強くないけど……死なせない?」
「そう、彼女は回復術師。名の通り、怪我や病気は彼女にかかればなんだって治せる」
「女性かぁ……」
「え、気になるとこそこ?」
「あ、うんうん! でもそんなすごい人なら、王宮にも居てもらいたいなぁと!」
「……ただその、彼女は性格に少々……いやだいぶ……滅茶苦茶難があってね」
「言い直しすぎじゃない?」
いや、これでもかなり譲渡したほうだ。回復術師のエメルは極度の面倒くさがり。
なんせ、魔王との最終決戦前に、『実家に帰らせていただきます』と手紙を残して、マジで帰ってしまったほどの人物だ。
今回のことを事前に頼み込んでも、絶対に断られていただろう。無理矢理押しかける形になるが、そうでもしなければまず接触すらできない。
まぁそれでも、サフィアの次くらいにはまだマシである。わがままを聞いていけばなんとか、言うことを聞いてくれる。治癒能力に関しては世界一と言っても過言ではない、それだけの価値は十二分にある。
「でも、ルビと僕だったら相手してくれると思うよ。基本的に優しくすれば、邪険に扱わないから」
「へぇ、その言い方だとシフ君は気にいられてるんだぁ……優しくして、ねぇ」
「なんか言い方に含みがあるような……?」
「なーんでもないっ。早く行こ!」
なんだかさっきと比べて機嫌が悪いような……優しいルビだったらエメルとも上手くやっていけそうと思っていたが、雲行き怪しい……
そうこう話してる内に、外壁の近くまで来ていた。兵士達はいるものの、散在している。まだ指揮系統が混乱しているのだろう。後は煙幕を張れば、外壁を飛び越えられそうだ。
「じゃあ準備はいいかい?」
「……うん」
煙玉を手に携え、壁のある前方へと投げる。煙が広がったのを見計らって、全力で駆ける。
しかし突如、たじろぐような突風が吹き出し、急ブレーキをかける。
「なっ!?」
あり得るわけがない、壁があるのにそんな突風が発生するなんて……!
一瞬であったが、人為的なもので間違いない。魔法と言うより、まるで薙ぎ払った風圧のようだ。
その突風のせいで煙が晴れてしまう。だが、何が待ち受けてるかは不明だ、迂闊には飛び込めない。
少し残る煙の奥から、人影が見えてくる。イントゥリーグ国の精鋭か、"白バラ"の連中かもしれない。ルビを守りながらで不利だが、逃げて背後から追い討ちされたら面倒だ。ここで確実に倒してしまおう。
呪いの短剣を構え、臨戦体勢をとる。
「ぃよう、久しぶりだなシフゥ。相変わらずだなオメェは」
その声を聞いて衝撃が走る。名前を知っている、だけじゃあない。声がとある人物と酷似していたからだ。懐かしいと思えるくらい、人をおちょくり楽しんでいるような声のトーン。
自分が知るなかで指折りの強者。いやそもそも、何故ここにいるかがわからない。予測と不安が混じりながら、鼓動が速くなる。
視界が完全に晴れると同時に、声の正体がわかる。ツンツンした黒髪に、鋭い三白眼。身の丈ほどの大斧を手に持っている。その風貌は、一切変わっていなかった。
「手段がよぅ、姑息のなかでも定石すぎる」
かつてサフィアと共に、魔王討伐を目指した仲間。魔王との決戦10日前に姿をくらました人物。
戦士のオニスだった。




