盗賊少年の姫様強奪
黒いターバンを被り、辺りの様子を伺う。いつもは市場で賑わうはずの門前の大通りには、一般人は誰1人といない。鎧を着込んだ兵士がズラリと道の両端に並んでいる。
この兵士の大多数がタダ働きだとしたら、同情する。だが、構っている余裕はない。救うべき人はたった1人。これまで盗賊として生きてきたが、今までで最難関のターゲットになる。
そして今、その人を乗せた馬車が門をくぐり抜ける。馬車から出てきたのはルビとアメトさん含めた使用人達。それを迎え入れるイントゥリーグ王。
わざわざ門まで出迎えとは手が込んでいる。だが好都合だ。イントゥリーグ王の目の前でルビを盗み出せば、責任を少しでも被らせる。そうなれば、イントゥリーグ国との親交を拒める。
何はともあれ、あのヘンテコな像の噴水広場までは様子を見るとしよう。
「これはこれはカンダル王女! 我が国にお越しいただき、光栄至極ッ!」
「いえ、こちらこそ門までお出迎えいただけるなんて」
「当然ですとも! もしかしたらバックレるかと冷や冷やしておりましたから!」
「あ、あはは……」
相変わらず、言いづらいことをズバッと言ってくれる。実際にここへ行くか迷ってたんだ、イントゥリーグ王もそれをわかって言っているのが、また憎たらしい。
「それでは、我が国にご堪能していただきましょう。観光がてら、特上のレストランでランチでもいかがかな?」
「えぇ、喜んで」
「では参りましょう! 私の馬車へお連れ共々同乗を!」
イントゥリーグ王の言葉を皮切りに、ルビ達は馬車へと乗り込んでいく。
その馬車は、様々なとこに寄り道しながらも例の噴水広場に辿り着く。
「どーですか、この迫真な彫刻は!!」
「あ、えぇ……細部の作り込みがすごくて……」
「あっはっはっは! 上手く捻り出しましたな! そのぶんだと、これが建てられた理由はおわかりか!」
「はい、このクオリティで裏設定がなかなかユーモアあるな、と……」
「ならば説明不要ですな! 完全なネタですが、風景としては映えるので人気なのです! ではこの彫刻にまつわる恋愛効果はご存知かな?」
「た、確か別れたり戻ったりを繰り返す仲になると……」
「いやはや、わざわざ他国のこんなくそどうでもいいことまで調べているとは、勉強熱心ですなぁ!」
「言い切ってしまうのですか!?」
ルビとイントゥリーグ王は馬車から降りて談笑している。今がチャンスだ。
ーーまずは陽動。
「ぬっ!? あれは一体!?」
遠く離れた外壁から、大きな黒煙が上がっていく。イントゥリーグ王だけでなく、周囲の兵士達も釘付けになる。
そんな中、1人の兵士が伝言にやって来る。
「報告! 北門付近の貧民街で火災が発生! 負傷者はいませんが、このままでは市街地まで及びかねません!」
「原因は……わかるわけないか。急いで消火に兵を割り当てろ!」
「イントゥリーグ王! 我らも何か手伝いは!」
「いえ、客人に仕事なんぞ与えられません。それにあの付近は人少なく、今のところ被害者もいない。後はご安心を、我が国の兵は優秀ですので」
火災の消火活動を申し出るルビに、余裕で断るイントゥリーグ王。ルビの優しさから出た意思なのだろうが、あいにく火災の原因は自分だ。外壁近くの生活居住区の中でも人がいなく、廃墟が連なるところに火と油を仕掛けておいた。
あくまで人員を割くためだが、効果は大きい。例え罠だとわかっていても、被害を抑えるためには対処せざるを得ない。少しでもかくじつに追手の数を少なくできる。
「しかし、偶然に火災が起きたとしても、タイミングがとても悪いですなぁ! まるで我が国を物騒だと言わんばかりに、カンダル王国へ負のイメージを持たせるみたいで!!」
「……それでは、誰が意図的にやったと?」
「えぇ、これが自作自演でないことを祈ります」
「まさか、カンダル王国が火を放ったと!? イントゥリーグ王、それはあまりに言いがかりです!! こんな非道な真似は致しません!!」
ーーごめんルビ、やった、モロやったわ。
「あくまでそうじゃないと良いな、という願望ですよ。それに、貴女に心当たりがないだけかもしれませぬ!」
「そんなはずは……!」
「ま、真偽は今すぐにでは測りかねます……各地の警備を怠らないようにせよ! まだ何かあるやもしれん!」
……流石は大国の王、一筋縄ではいかないか。疑いの目を向けつつ、冷静かつ慢心せずに指示を出す。
だが、次で終わる。この指示も行き渡らせやしない。
広場にいる兵士達の地面に、全力で呪いの短剣を投げる。
「今何か……うわ!?」
地中を貫通した穴から噴射する水。それによって何人かの兵士が転倒していく。
すかさず、他の兵士達を倒していく。ルビを拾う前に、戦力を削ってしまおう。
「何事、ゴフッ!?」
地中から呪いの短剣が戻ってくる。それによってまた水が噴き出し、イントゥリーグ王が巻き込まれる。
「……クソッ! 敵襲だ!!」
地に伏したまま、怒号を上げるが、まともに聞き入れている者はほとんどいない。気絶しているか、パニックになっている。
あらかた兵士達を倒し、残すはルビを回収するだけだが、ここで一芝居を打たねばならない。自作自演と思われないためにも、カンダル王国とも敵対する必要がある。
そしてタイミングよく、アメトさんが襲ってくる。後ろに身を引いて躱すが、続けざまに剣を横に払ってくる。
身を屈めて回避しつつ、アメトさんの腹を蹴り上げる。
「カハッ!?」
勿論手加減している。これで終わりにしてもいいが、容赦のない盗賊として、後もう一押しだ。アメトさんの服へ掴みかかる。
「後は、任せましたよ……」
他の人には聞こえないように呟くアメトさん。返事はしない、この後の結果で応えよう。
掴んだアメトさんを、噴水の水場へとぶん投げる。大したダメージはいってないと思うが、これで戦闘不能アピールは完了だ。お膳立ては済んだところで、ルビの元へと向かう。
「い、嫌ッ! だ、誰か……!」
ルビは腰を抜かし、涙目で顔を真っ青にしながらズリズリと後ろへ下がる。
ーー迫真の演技だなぁ……
感心しながらも、ルビを担いで逃げようとする。
「きゃぁ!? あぁ嫌ッ、た、助けてぇ!」
まるで絶望の淵に立たされたように、なけなしの声を振り絞るルビ。いやこれ、本気で恐れてないよね?
ルビの悲鳴を聞きつけてか、兵士が向かってくる。ルビを殺す前提だったかもしれないが、まさか先に襲われるなんて思ってなかったのだろう。それでも、このことが知られれば、イントゥリーグ国にとって大きな汚名になる。必死に止めるのも無理ない。
向かってくる兵士達を痺れ針で昏倒させ、煙幕を張って離脱する。
建物の屋上へ上がり、駆け抜ける。ひとまずは振り切れたようだ。
泣き崩れていたルビが、一転して満面の笑みをして喜んでいた。
「大っ成功!!」




