盗賊少年と脱出手伝い
イントゥリーグ国に潜入してから5日が経つ。その間、パイの住まいに居候し、色々案内をしてもらった。
代わりにといったらなんだが、教えられる範囲のサバイバル、盗み、戦闘の指南をしていた。前2つはお節介だったが、戦闘に関してはなんとパイから申し込んできた。元々は腕に自信があったのだろう、最初は打ち負かす気満々だったらしい。これでも一応魔王は倒した身だし、簡単には負けられない。それこそ、負けたら魔王の株を下げてしまう。
それでもパイはゴロツキあがりだからか、素質はかなりある。鍛えれば相当な実力者になるだろう。
「さーてと、今日の晩飯はどうするよ?」
「うーん、たまにはアップルパイでも食べたいな〜」
「また甘いもんかよ! お前が最初に食ってた焼きとり以降、塩っ気のあるもん口にしてねーじゃねーか!10食連続デザートでよく飽きないな!?」
「しょうがないのさ、塩分なんて自分の汗でも舐めたらどうにでもなる。極貧時代の話になるけどね。甘いもんなんて全然口にできなかったから、その反動でさ」
「……そのうちションベンが甘くなるかもな」
「あはは、ないない!」
「どーだか……にしても、最近兵士の巡回が増えたよな。盗りいくのに差し支えまではねぇけどよぉ」
「そろそろ、か……」
「あれだろ、どこかのお姫様がこの国に来るからだろ? んで、それをお前が攫うと」
「なっ、どうしてそれを!?」
「この前思いっきり口に出してたじゃねぇか。ていうか、手口も知ってるし」
「し、しまった……重大な機密を……」
「ハッ、だとしても漏らしてねぇよ。恩を仇で返すほど人として終わってねぇ」
「パ、パイ……」
「逆にお前がペラペラ喋っちまうからよぉ、誰かに聞こえてねぇか警戒してたっつうの!」
「あ、ありがとう……無意識的に、打ち明けたかったのかもしれない。パイだからこそ、心が許せた……と思う」
「ば、馬鹿っ、気恥ずかしいこと言うな……まぁあんまり抱え込むなよ」
「うん……でも、この期間背負わずに過ごせたのは君のおかげだ。礼を言うよ」
「だ、だからやめろって! 礼を言わなくちゃいけないのは俺だろうが……」
「だけども、今夜が潮時だ」
「え……?」
「これからどんどん警備がきつくなる。その前に君を連れ出さないと」
「あ……そうか、そうだったな……! い、いやー、こっから出れるなんて清々するぜ!」
「念願の故郷に帰れるもんね」
「…………今はそうでもないけどな」
「え?」
「なぁ! 何か俺に手伝えることはないか!?」
「えぇ!?」
「このまま借りを作りっぱなしじゃあ、心残りなんだよ! なんだってするぜ!」
「……気持ちは嬉しいけど、それはダメだ」
「ど、どうしてだ!?」
「相手は国そのものなんだ。僕だって真っ正面から戦いを挑むわけじゃあない。あくまで目的は1人を連れて逃げること。確かに君がいれば、ルビを盗み出す成功率は上がるかもしれない。だけど、その後に逃げられる確率はグッと下がる。ただでさえルビは一般人だから、僕が抱えて走ったほうが早い。けど、2人もいるとなると、逃走は難しい」
パイはこの5日間で格段に強くはなった。けど、身体能力が著しく上がったわけじゃない。ギリギリ常人ぐらいだ。軍隊の中から逃げ出すには超人クラスでないと無理だ。
かといって置いていくわけにもいかない。僕に関わっていた時点で、事を起こした後に捜されでもしたら大変だ。自力でここから出られないなら、今の内にこの国から遠ざかったほうがいい。
「……俺はお荷物になるってか」
「……肯定はしたくないけど、否定もできない」
「そうか……無理言って悪かったな」
「いつかまた会ったとき、借りを返してもらうよ」
「……おう、任せな!」
「じゃあ気を取直して、アップルパイ食べに行こう!」
「結局かよ」
この後腹ごなしを済ませ、外壁の近くまで行く。辺りは暗く、周囲に人の気配もない。それでも兵士の巡回はないわけじゃあない。今のうちに出てしまおう。
「で、どうやってここ抜けんの?」
「えーと、それは単純に……あ」
この外壁を飛び越える、そう言おうした瞬間、ルビと一緒にホテルの最上階から飛び降りた時のことを思い出す。
あの時は途中までとはいえ、絶叫をあげてジタバタしていたっけ。伝えるだけでも相当驚いていたし。普通の人なら、数十mまで飛んで落ちる経験なんて、早々ないだろう。騒ぎ立てる前に対策しておこう。
「その前に手足と口を縛っていい?」
「いきなり何言い出すんだテメェ!?」
「これから行うことに、どうしてもやらなくちゃいけないんだ。反射的に身体が動くかもしれないし、声が出ちゃうだろうし」
「はぁ!? ちょおまっ……!!」
「事前に伝えても心の準備はできないだろうし、まぁ委ねてよ」
「え? え? おいおい、まさか……つったってそんな、アブノーマルすぎるだろ!! 俺はこんなこと初めてだぞ!?」
「大丈夫だって、言うてこんなことやるの僕も初めだけど」
「最初にしちゃぶっ飛んでなぁオイ!!」
「心配ないさ、あっと言う間だから。縛ったらすぐ行くし」
「すぐイクってお前……そんな早いんか……?」
「え? あぁ、縛り終えたらとっとと飛び出すし」
「めちゃくちゃ早いな!?」
口を塞ごうにも、先に手を出されたら面倒だし、まず手を縛るとしよう。
「ちょいちょい! 俺はまだ良いと言ってねぇぞ! そりゃ借りを返すって言ったけど、まさか身体で返すなんて……ま、まだそんな関係じゃないだろ!」
「……友達、だと思ってたんだけどなぁ……まだ信用しちゃくれないか……」
「あ、いや、そうじゃなくて……でもセッ……フレンドはいきなりすぎて……もっと普通なら……」
普通……か。いやでも、堂々と門から出るのはかなり手間だ。顔をチェックされてしまううえに、身分証と
現金が必要だ。今から用意するのでは、時間がかかりすぎる。かといって、地面を掘ったり壁に穴開けるのは、侵入した痕跡を残してしまう。やはり、飛び越えてしまうのが手っ取り早い。
それにまだ出会って5日くらいなんだ、完全に心を許せる訳じゃなくて当然だ。同年代の友達はおろか、知り合いすら全然いないから、少し舞い上がっていたのかもしれない。
「いやー、正攻法でやるんじゃ出るのは難しい。下手すれば何日もかかるから」
「こ、こいつ、特殊すぎる……」
「論より証拠だ、出なきゃ何も始まらないし」
「出したら本番ってことなのか!?」
「しーっ、これ以上大きな声は出さないほうがいい。そろそろ塞いじゃうよ」
「待っ、モガッ!」
「じゃあ力を抜いて……」
「ムー! ムー!」
布を噛ませ、最後に足を縛りあげた後、パイを抱え上げる。そして、一目散に駆け抜け、外壁を飛び越える。
「ンンーー!!!?」
想像通り、尋常じゃなく驚いてるようだ。もし声を出さないようにしてなかったら、今頃パイの絶叫が響き渡っていただろう。
なんとか無事に外壁の外へ着地する。きっと開口1番に文句を言われるだろうが、パイの口と手足を解放しよう。
「プハァッ! あ〜……死ぬかと思った……」
「ごめんよ、あんまり先に説明すると怖がらせるだけだと思って」
「……そーかい、俺はてっきり、シフが拘束大好き鬼畜早漏絶倫野郎かと思ったよ……」
「何があってそこまで思わせたの!?」
「さっきの言動全てだボケェ!!……まぁ何より、出られて何よりだ……あ、出るってこっちのことか」
「ん? 他に何か出るのってあるの?」
「いやもう、何でもない……」
「ともかく、これで晴れて自由な身になったじゃないか」
「あぁ、サンキューな……次会った時はよう、女ってのを隠さず堂々としてやるよ。ぜってぇこの礼は返す」
「うん、またどこかで」
最後に拳を合わせた後、互いに背を向ける。ここからは彼女の人生だ。僕自身もやるべきことをやらなくちゃならない。
そして、ルビがやって来る当日の朝を迎える。




