盗賊少年と下見
身体を洗って着替えてから、またプレハブ小屋に訪れていた。白いTシャツにオーバーオールの格好になった少女。だが、肌も綺麗で髪もさらりとなり、まるで別人のようだ。改めて見ると、美形ではある。男として装うのも妥当だろう。
「何をジロジロと……それと、さっき見たものは忘れろよ……!」
「う、うん……」
上半身だけとはいえ、堂々と裸を見てしまった。今は一刻も早く、この気まずい空気をどうにかしたい。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕はシフ、君の名前は?」
「あ…………ィだ」
「え? もう一回言ってくれる?」
「……あぁもう! パイだよパイ!!」
「…………おぉ、パイって名前なんだ……」
「 誰がおっぱいだテメェ!?」
「繋げてない! 断じて繋げたつもりはないから!」
「ちっくしょう、だから言いたくなかったんだ。ただでさえ変な名前で、さっきあんなことがあったていうのに……」
「だ、大丈夫だよ、パイのパイは見てないし、名前もお菓子みたいで可愛いらしいから、心配することはないよ」
「お前フォローする気ないだろ!?」
「と、とりあえずその旨は置いといて、早速案内してくれないかな?」
「あぁ、その前に一回殴らせろ」
打ち解けようとしてみたが、流石にそろそろキレられそうなので、ふざけるのはやめておこう……今思えばサフィアと同じ行いをしてしまった。
「……んで、具体的にどこが行きてぇとかあんのか? 観光スポットつったて、色々あるぞ」
「そーだね……景色が綺麗とか、見栄えのある建物とか、そういう見るだけの所がいいかな。この国に来たら自慢げに紹介できるような」
「なら、噴水広場だな」
「噴水が? そんなにすごい物なの?」
「見た方が早い。出るぞ」
プレハブ小屋から出て、中心街の方へと歩いていく。すると、一際大きな人型の像が見えてくる。
「な、何だこれ!?」
10m以上のサイズで、おっさんがガッツポーズをして女性に抱かれているという、見るからに奇妙な像。そしておっさんの瞳からは、勢いよく水が噴き出し、下の水場に波紋を立てている。
「……なんだろう、噴水としては素晴らしいのかもしれないけど、この像のインパクトが変に強すぎて、素直に感動できない」
「最初に見たら誰もが思うもんだ。ちなみに名前は『首領悲喜の像』つって言うんだ」
「洒落か……いや、首領ということはこの国の王ってことか?」
今のイントゥリーグ王の顔には、似ても似つかない。人が悪いあの王でも、流石にここまで趣味の悪い物は作らなそうだが……
「正解だ、初代の王だけどな。なんでも、建国の際に建てたんだとよ」
「あぁ、それで国の誕生祝いとして建てたってところか」
「いや、大して好きでもない女に子供を作ってしまって、仕方なく婚姻したことを戒めとして残したらしい」
「しょうもなっ」
「まぁそれでも一応、恋愛のジンクスがあるんで、カップルにもそこそこ人気なんだよ」
「あ〜、訪れた男女は結ばれたり、子孫繁栄みたいな?」
「いや、別れたりくっついたりを繰り返す仲になるらしい」
「うわもうジンクスの効果まで微妙だよ」
「へっ、価値感は人それぞれだからな。それでも良いと思う変わった奴もいるんだろうよ。それにしても、こんなところに来て何がしたいんだ? 下見っぽいけどよぉ」
「えーと、どうやったら混乱を招くかをね」
「お前の頭が混乱してないか??」
「歴史的な建造物だから、できれば壊したくはないしなぁ」
「壊す!? 何お前、この国に恨みでもあんの!?」
「そんな感じ……やっぱり手を引くかい?」
「……へっ、この国に恨みがあるのはどちらかと言うと、俺の方が持ってるからな。それに、どうせおさらばするんだ、俺には関係ないね」
「なら安心だ」
「……協力する気はないが、提案はしてやる。ここら辺は地下水源があって、だからあんなでかい噴水を出せている。水は循環させてるとはいえ、それなりの量を使ってるし、貯めてあるはずだ。パニックを起こしたいなら、あの像を直接どうにかしなくても、他をいじればちょっとした水害くらいは起こせるだろうよ」
「それは……使えるかも」
「あくまで軽いもんだ。地形的に水は溜まらないし、せいぜい水浸しになる程度だろうな」
「充分。被害は最小限にしたいし」
「……パニックを起こすくせに、被害を抑えたいって言うのも相当おかしいぜ」
「ど、どうしても成し遂げなきゃいけないことがあってね! 君だってよくこんなことが思いつくね?」
「……故郷が海の近くで、噴水だってよくある。水には精通しているだけだ」
「そうなんだ、君に頼めたのも運が良かった」
少し変わった場所だが、見るだけの手軽な所だ。ルビがここに案内される可能性は高い。ここで狙う算段をつけておこう。
「よし、一国の姫様を攫うために準備へと取り掛かりますか!」
「おーい、とんでもないこと口に出してるぞー」




