盗賊少年と窃盗少女
金髪の少年はそそくさと歩いていき、その後を付いていく。
「なぁ、どうして俺を助けるような真似をしたんだ? 街の案内役なら誰だってよかったんじゃないか?」
歩いていると、少年から質問される。当然の疑問だが、理屈で動いたんじゃない。善意というよりも、エゴなようなものだ。
「……僕も同じような境遇だったから。それに、同世代で同性だからより親近感が湧いてね。少なくとも気持ちはわかるよ」
「な、何!? お前もそうなのか!」
「あぁ、今はなんとか装っているけど、昔は特にね。大変って言葉だけじゃあ片付けられないくらい、色々嫌な目に遭ってきた」
「マジか、まぁ確かに見えなくはないけどよぉ。苦労するよなほんと……あ、着いたぜ」
たどり着いたのはプレハブでできた小屋。大体予想できていたが、この少年の家も貧相な生活居住区にあった。
「俺はここで着替えるが、お前も好きにしな。脱いだもんは適当に置いといて構わねぇ」
「わかった、けどせっかくなら身体も洗おうよ」
「はぁ!?」
「身なりが重要なら、少しは髪や顔も綺麗にして行かないと」
「つっても、俺達は……少なくとも俺にそんな余裕はねーぞ。第一、洗面用品なんぞ持ってるわけないだろ」
「大丈夫、用意してきたから。それに、身体一つで生活を維持する身だからこそ、清潔は大事だよ。病気にでもなれば、それこそ本当に余裕がなくなる」
「……ご忠告ありがとよ。いよいよお前がどういう奴でここに来たかが、よくわからんくなってきたな……貧しい暮らしに慣れていて、盗みも卓越してやがる。それなのに、観光名所に行きたがっているなんて、おかしな話だ。観光なんて柄じゃあなさそうだしな。さしずめ、他人にはおおっぴらに言えねぇことなんだろ? 俺に案内を頼んだのは、狙いがバレても問題がない身分って寸法か」
「……そうだとしたら、手を引くかい?」
「まさか、俺はお前が何しようか知ったこっちゃない。兵として徴収されるよりは十分マシなんだ、みすみす食いっぱぐれるわけにはいかねぇ!」
「……真っ当に生きられても、戦いで命を落としたら元も子もない、か」
「いーや、俺はこれでも腕は立つ方だぜ! さっきお前が割って来なくても、おっさんをぶちのめせるくらいにはな! ただ……ここで兵士になるのは奴隷になるのと一緒なんだよ」
「……そんなに扱いが酷いの?」
アメトさん達の隠密部隊から、事前に仕入れていた情報には、そんなことはなかった。聞いていたのは兵士の徴収、育成に徹底していると。そこまで厳しいとは耳に入っていない。一般人が奴隷とまで例えて拒む程なら、知れ渡ってもいいはずだが……
「虐げられる、ってわけではないんだがな。最低限の飯は出るし、過酷な労働を課せらることもない。ただ、賃金が出ねぇんだよ」
「なっ、タダ働きってこと!?」
「あぁ。今でも多くの浮浪者がこの国に集まって来ている。兵士を募ってるてんでな。かくいう俺も、出稼ぎのためにこの国を目指して来たんだ。だが雇われる直前、実態を知った。変な焼印も入れられそうになったし、逃げ出してやったよ」
「焼印……魔刻印のことか……!」
「そんな名前なのか。あれのせいかわからんが、誰も逃げ出せねぇし、現状を言いふらす奴も出ねぇ。まぁそれでも、飢え死にするよりは良いと、こぞって行く連中も少なくねぇがな。俺はゴメンだがね、人生を捨てるようなもんだ」
「だから君は……出稼ぎに来たっていうなら、故郷に帰らないのかい?」
「……お前がどうやって来たか知らんが、単に出れねぇんだよ。門は出るのにだけ、多大な通行料を支払う。俺らみたいの出さないようにな。後はこのクソ高い壁だ、物理的に無理だぜ」
「なるほどね……じゃあここから出すのを報酬に入れようか」
「ホ、ホントか!?」
「お安い御用だよ。ついでに僕のデモンストレーションになるし」
「へ??」
「いや、こっちの話。そうと決まれば、早速身体を洗って行こうか」
「おうとも! へへ、なんだか急にお前が良い奴に見えきたぜ!」
「会った時から、なるべく心がけていたつもりなんだけどなぁ」
「ハ! 堂々と盗みを働く奴をハナっから信用なんてできっかよ!」
「それもそうか」
そう言って、彼は意気揚々と服を脱いでいく。出られるのがよほど嬉しかったみたいだ。この国の事情も少しは知れたし、魔刻印を使っての情報規制が、今までの襲撃者とやり口が酷似している。十中八九、イントゥリーグ国が黒幕に違いない。後はこちらから仕掛ける番だ。
「しっかし、行水なんて久方ぶりだなぁ。あんまし綺麗にしすぎると、変な連中が寄ってくるし」
「そう? 小汚くても、それはそれで興奮してくる人とか出て来ない?」
「マニアックすぎんだろ……お前も面倒くさい奴に目をつけられたんか、まぁ女ってだけで目をつけられちまうかんな」
「そうだね……ん??」
言葉に違和感を感じざるおえない。え、女って言った? そんな馬鹿な……
しかし、今度は目を疑うことになる。上の服を全部脱いだら、なんとサラシを巻いている。しっかりと谷間もあり、適度に腰もくびれている。
もう否定のしようがないくらい、女性であった。
「え、え……?」
「んだよ?」
驚きのあまり声が出ない。だが、躊躇なくサラシを解いていく。
「ちょちょっ、ストップストップ!!」
「だから何だってんだ……ははーん? さてはオメェ、照れてんのか?」
「いやそりゃあだって、まさか君が……」
「おいおい、お前から身体を洗おうって言ったくせに、何言ってんだ。ま、確かに俺のはちと大きいからこうやって隠してんだが、お前だってついてんだろ?」
「いやそんな、大きい小さい以前にさ……」
相対する少年……いや少女は、僕のことを女だと思っている……? てっきり彼は……いや彼女か、男だと思って接していたのに、なんでこんなことになった!?
「察するに、お前も隠してるか、隠すまでもねぇっとこか。どれどれ……」
少女は近づいて僕の胸板に手の平を押し付け、感触を確かめるかのように何度か揉みしだく。
「あれ……?」
彼女はきょとんとしている。当然だ、期待したものは何も掴めていないのだから。
「これは板……いや絶壁……!?」
「何だろう、ちょっと悔しく感じてしまう自分がいる……あ、僕は男だからね」
「……はぁ!? いやだってお前、さっき同性で同じ境遇で、色々嫌な目に遭ったから装ってるって……見た目だってよく見ればさぁ!」
「それでか……ごめんよ、君のことを男だと思って同性と言ったんだ。僕の見た目で抱いた感想については、ものすごく反論したいとこだけど」
ようやく、互いに誤解へ至った謎が解けた。いや、だとしても何故彼女は、女って見抜かれていたと思ったのか?
「……男に寄りつかれないよう、完全に口調も男勝りだったのに、何故バレたと思ったの?」
「だってお前、やけに達観した口ぶりだったし……それにやっぱり、お前は俺より女顔ーー」
「わかった、わかったから! 妙に傷つくから! とりあえず一旦出るから、頃合い見てまた話そうよ!」
「……はっ! お前が女じゃねぇなら、み、見てんじゃねぇ! とっと出て行きやがれ!」
「……そう言うと思ったから、あらかじめ出ると言ったのに」




