盗賊少年とスリ
「美味いよ美味いよ〜! あぶら鶏の焼きとりだよ〜! これを食わなきゃ1日はやってけないよ〜!」
「へぇ、ならいただきます」
屋台で呼び込みしている店主を見下ろすように、屋根の上で焼きとりにかぶりつく。ジューシーでなかなか美味しい。地形の把握をしながら、休憩を兼ねて腹ごしらえだ。
ただ、潜入するにあたって余計な物は持ち込んでいない。無一文であり、食糧も現地調達になる。食糧に関して言えば、ここは都会で自然界と比べて豊富にある。料理されたものを口にできるだけ幸せだ。
焼きとりを食べ終わり、路地裏へと降りる。北の門付近の大通りに来たが、昼時なのもあって人でごった返している。どこの門も似たように賑わっているが、それ以外の壁際はどこも閑散としていた。ルビを盗んだとして、脱出する経路としては潜入と一緒で、門から離れた生活居住区からになるだろう。
後は盗む絶好のポイントだ。なるべくイントゥリーグ王に屈辱を味あわせるために、イントゥリーグ王の目の前で警備が固いなか、掻っ攫いたいとこだ。中心部なら比較的建物も高く、高低差を利用して上手く敵を巻けそうだが、それだけでは一筋縄にいかない。他にも細工をしたいところだ。
計画を練りながら歩いていると、1人の少年に目がいく。荒く短い金髪に、汚れとすり切った服装に細い体格。顔は俯いていてよく見えないが、次にとる行動は匂いでわかる。その少年は、今からスリを行う気だ。
ターゲットは前を歩く、中肉中背の男。すれ違い様にその金髪少年は男のポケットからサイフを抜き取る。やり慣れている、ただ詰めが甘い。男は抜き取られる瞬間こそ気付かなかったが、違和感を感じてか、ポケットをまさぐっている。
「くそっ! おいてめぇか!?」
男は気づいたように、金髪少年に掴みかかる。
「はぁ!? な、なんのことだよ!?」
「テメェが俺のサイフを盗んだんだろ!」
「し、知らねぇよ! 第一なんで俺が!」
「お前以外に貧相なガキがいねぇからだよ! いいからとっとと返しやがれ!」
「ふ、ふざけんなクソジジィ!!」
男は無理矢理少年の身体を引き寄せ、ボディチェックする。
「は、離しやがれ変態ジジィ!!」
「うるせぇ!! 俺にそんな趣味はねぇ! ……ってあれ……?」
男は不思議がりながらも、手を止める。当然だ、男のサイフは少年の手元にない。何故なら……
「ない……い、いや! さっきはなかったはずなのに、な、何故俺のポケットに……!?」
僕が少年から盗んで、男の所に戻しておいた。見ていることはできなかった、過去にも何度も経験したことがある。この後気が済むまで殴られるからだ。かといって騒ぎになるのもごめんだ、ここは穏便に済ませたい。
「なっ……い、言ったろ! 俺じゃあねぇって!」
「くそ、何だったんだ……昨日の酒がまだ残ってたか……?」
男は戸惑いながらもその場を去っていった。
「何が起きたんだ……? 俺は確かに取ったんだが……」
「やぁ、返しておいたよ」
「だ、誰だてめぇ!?」
「通り過がりの……同業者ってところかな」
男のサイフから抜き取ったコインを親指で弾く。言葉で言うより、実際に見せた方がいい。
そしてその少年の素顔が明らかとなる。パッチリとした青い瞳に、口調とは裏腹に幼い顔立ち。背丈も同じくらいで、同年代くらいだろうか。驚いた表情で、こちらを見つめている。
「う、嘘だろ……盗ったとして、いつの間に……?」
「本当だって、男が掴みかかった時に。流石に全部抜き取ったら、また会った時に因縁つけられるし、こんなもんかな。それにしても相手が悪かったね。きっと何度かスリの被害に遭ったんだろう、結構敏感になってたから。でも筋は良かった」
「い、一体何者だ……ここいらじゃ見ねぇ顔だが」
「……その口ぶりだと、ここの地理に詳しそうだね?」
「あぁ? まぁ生まれはちげぇけど、もう地元みたいなもんだからな」
「だったら、この街を案内してくれないかな?」
「はぁ!? いきなり何言い出しーー」
「勿論、ギブアンドテイクで。これは前払い」
先程手に入れた焼きとりを差し出す。無益なお願いではなく、報酬ありの依頼だ。食い扶持に困っているならそれを補えればいい。地理に関して言えば、地元民に聞くのが手っ取り早いもんだ。
少年は勢いよく焼きとりを手に取り、ものすごい早さでたいらげる。自分のことを不審がる前に、相当腹が減っていたのだろう。
「……具体的にどこが行きてぇんだ?」
「話が早くて助かるよ。街の中心……できれば観光スポットとか」
ルビがこの国に来た時、案内されやすい所を事前に下見しておきたい。隠れる場所、利用できる物とかを。
「おいおい、よりによって中心街の方かよ。俺らみてぇな身なりが行っても、馬鹿にされるだけだぜ。さっきのおっさんが数倍マシに思えるくらいにな」
「格好についてはどうにかするよ。ちょっと待ってて!」
「あ、おい!……ったく、なんなんだあいつは……」
「お待たせ!」
「早っ!?」
「これなら、少しは乗り気になってくれるかな?」
持って来たのは衣類。変装用にメガネや帽子も揃えておいた。
「お前ホント何者なんだよ……」
「ごめんよ、言えないんだ。この頼みでの条件になる。それに知らないほうがいい。面倒ごとに巻き込まれたくないでしょ?」
「……つまり、何か面倒ごとを起こすんだな」
「い、いやー? 例えばって話でさ!」
「お前、嘘だけはクッソ下手だな……ここじゃあなんだ、俺の住処に案内する」




