盗賊少年と作戦会議
王族会議翌日、王様の書斎で緊急会議となった。王様とルビ、アメトさんとサフィアもいる。本来ならば、王族会議の労をねぎらい、ゆっくりと過ごしたいところだが、そうもいかない。
イントゥリーグ王からルビへの求婚、およびイントゥリーグ国への招待。この件を今後どうしていくかと集まったが、正直皆んな頭を悩ませていた。たった1人を除いて……
「全く! あのロリコン王はなんて残虐非道な人間なんだ! 年端もいかぬ相手に迫るなんて言語道断! 正気の沙汰じゃない!」
「「「……」」」
求婚したときと相変わらずにご立腹のサフィア。言ってることは正論である。ただ、言ってる人にその道理がない。
「第一ッ! 裏で何をしているかわかったもんじゃないなのに、外面だけよく見せようとするのが好かん!! いかなる時でも、小細工せず誠実に振る舞うのが定石であろう!」
「「「……」」」
「何より許せんのは、嫌がってるのにも関わらず、半ば無理矢理承諾させようとは笑止千万ッ!! もはや人にあらず! 子供相手なら尚更大人が引き際を知らないとーー」
「「「お前が言うなっ!!」」」
「ハイ、スミマセン……」
今回に限ってはサフィアの上手いアドリブで難を逃れたため、大目に見ていたが、もう我慢ならなかった。丁度王様とアメトさんも同じように思っていたようだ。
「でも、サフィアには感謝しきれないよ。会議でもだし、あの人の求婚話も濁してくれたし。今だって、私のためにこんなに怒ってくれて」
「ひ、姫……」
「ありがとうね、サフィア」
「……我が剣は、ずっとあなたの為に振るいます……犯したいこの笑顔……!」
「秒で、言ったことを破るんじゃない」
「はてさて、どうしたものか……」
満悦したサフィアを境に、王様が取り仕切る。さしもの王様も、今回ばかりはおちゃらけていられない、愛娘の人生がかかっている。
「断るべきですね。ズルズルと付き合っていたらどんどん断らづらくなりますから、きっぱり言ってやりましょう。次からは公衆の面前でなく、個人のやりとりにすぎません。噂を囁かれる程度なら問題ないでしょう」
「で、でも、相手のことを知らないと何とも言えないと言った手前、行かないわけには……」
アメトさんが淡々と意見を述べていくなか、負い目を感じるように言うルビ。これがただの男女関係ならそんな気遣いしてもいいが、邪な陰謀が絡んでくる。悠長なことは言ってられない。
「国際的な関係がどうこうという問題じゃない、ルビ自身の身の危険が高いんだ。今まで襲撃してきた元締めがあのイントゥリーグ王だとしたら、敵地に向かうようなものなんだ。無事じゃ済まないかもしれない」
「だ、だけど! イントゥリーグ王と縁を切ったとして、また襲われない保証だってないよ! つい1週間前にも皆んなが守ってくれたんでしょ!?」
「あ、え、どうしてそれを……?」
ルビには"白バラ"の襲撃は黙っていたはずだ、王様と当事者にしか知らされていないのに……
「急にホールの補修が入って、やたらと入らないよう、不自然に誘導されるし! シフ君は肩を時々痛がってたし、今の反応で確心を得たから!」
「……しまった」
「だから私は、この話を受けたほうがいい……と思うんだ」
「でもルビ姫様、あまりにも危険すぎます。行けば殺されるかもしれないしれないんですよ?」
「……求婚の話も受け入れる前提だったら?」
「それは……!?」
「私に何かしらの利用価値があるから、結婚の話を持ちかけてきた。その話に前向きなら、みすみす殺すような真似はしないはず」
「待つんだルビッ! 命が危なからといって、生涯の相手を選ぶなんて……賊の襲撃が気にかかってるなら心配ないっ! 僕やサフィアなら返り討ちにできるって!」
「……勿論、今後襲われるリスクも減らせるってのはある……でもそれだけじゃないよ! イントゥリーグ国は強大な兵力がある、敵に回るよりも味方につけたほうが絶対いい。カンダル王国の繁栄にだって繋がる……メリットは大きいわ」
「……ルビはそれでいいの?」
「……それが、未来のためだから」
「ルビ姫様……」
ルビが重々しく答える。彼女なりに、自分と皆んなのことを考えての結論だろう。それでも腑に落ちないところはありそうだが……
「だとしても姫ッ! 何と言うかこう……その……そういうのやだ!」
「さっきまでの語彙力はどこいった」
「ならば何故、その場でちゃんと答えなかったんだい?」
「えっ……?」
開始以降だんまりだった王様が口を開く。いくらなんでも親しくもない人に突然プロポーズされれば、誰だって動揺する。ルビは幼くも賢い、上手く答えを保留にしただけでもベストを尽くしたと思うが……
「そ、それは、頭の整理がつかなかったから……」
「気持ちの整理は今でもできてないのに?」
「うっ……」
「それに相手は結婚することが目的でなく、ただの通過点で他に狙いがあるなら? 相手の思惑通りに近づかせるようなものじゃよ」
「そ、それは……」
図星のように、ルビが尻込みしていき王様が問い詰めていく。意地の悪いように見えるが、断らせるための王様の配慮でもあるのだろう。
「王が幸せじゃないのに民も幸せにできん。そういう自己犠牲は、本当にどうしようもないときだけでええんじゃよ」
「……ごめんなさい」
「ルビが皆を守りたいのと同じく、皆もルビを守りたいんじゃ。何より、我が身を顧みず周りに迷惑をかけようとしいない、こんな優しい子をあんなキナ臭い輩にあげたくなかろう」
「お、お父さん!!」
感極まるように声を震わせ、ルビは王様へと抱きつく。
「こらこら、お母さんの言いつけを忘れたんか?」
「ううん……だから、少しだけこのままいさせて」
ルビは王様に抱きついたまま離れない。前に言っていた、惚れた男の前でしか涙や泣き言を出すんじゃない……か。隠すために、王様の胸元に顔を埋めている。
相当参っていたに違いない。年下の自分が言えることではないが、若くしての窮地だったんだ。自分1人で何もかも背負うんじゃなく、誰かに頼ればいい。それが肉親なら尚更だ。魔王討伐の時の自分と重なり、少しルビが羨ましくも感じる。
「困ったとき、周りにまともな人がいるっていいよね……」
「シフの場合、困らせたのは私達だからなっ!!」
「なんで胸張って言えるの!?」
「結局のところ、イントゥリーグ王の誘いは断るってことでよろしいのですか?」
「いんや、行くとしよう。ここでくすぶってもどうせなんかしてくるんじゃから」
ルビの自己犠牲を止めた王様は、意外にもイントゥリーグ王へ出向くのには賛成のようだ。ただやっぱり、ルビが危険なのは変わりない。
「……護衛をつけたとしても流石に危ないんじゃ?」
「単純な話じゃよ。標的そのものがいなくなれば、狙われる心配はなくなるじゃろ」
「……王よ、それはつまり、ルビ姫様を殺される前に死んだ風に装うってことですか?」
「ま、そんな感じ。わざわざ出向いたイントゥリーグ王国で揉め事があれば、落ち度はあっちにもある。で、これを機に絶縁すればおけ。大方、あっちの目的は勇者サフィアと余の国が目障りってところなんだし」
「わ、私亡くなったことにされるんだ……」
「随分と思い切った打開策だな……」
「ありっちゃありですが、事故処理がなかなか面倒くさそうです。死体の偽装とか、その後のルビ姫様の隠れ場所とか」
「死体は用意せんでもええよ。ただ、身を隠す場所はリストアップしとかんとな。死んだことにすると後継ぎ問題大変やし」
「ん?? 死なせずにルビの存在を消す、ということですか……?」
「そうそう、要は拉致ればいい」
「拉致れって、一体誰がそんな真似を…………あぁ」
疑問点を声に出したら、その途中でようやく理解した。これはある意味、王様の指令でもある。イントゥリーグ王国に不信感を抱かせ、かつルビの命を守るためにーー
「やってくれるかね?」
ーー敵国に赴いたルビを盗み出せ、と。




