盗賊少年と波乱の幕開け
「クソッ! 姫の貞操の危機だというのに、私は指を咥えて見ていろって言うのか……!」
「……残念ながらそうするしかないんです、勇者のあなたが私情を挟めば、さっきの会議が台無しになりかねない……!」
「ならば指を貸してくれ!」
「比喩表現を実現しようとしないで」
激昂するサフィアを制止しながらも、ルビ達の様子をうかがう。ルビと王様は明らかに困っているが、イントゥリーグ王はまるでゲームでもしてるかのように楽しんでいた。
「さてさて、そろそろ明確な答えを聞かせてほしいですなぁ。YESかNOか……!」
「そんなもん無理に決まっとる!」
「ハハ! やっとカンダル王と本音で会話ができた気がします! ですが、私はカンダル王女に聞いているのです! あまり御息女に過干渉するのはよろしくない! みなさんもそう思うでしょう!?」
「…………若造が」
イントゥリーグ王がギャラリーの王族達に、共感を得るよう話を振り、野次が飛び交っていく。
まずい展開だ……ギャラリーの王族達はルビに対して、同情や心配をしている者はほとんどいない。完全に他人事で、寧ろこの状況を愉しみ、イントゥリーグ王の意見に賛成しているのがほとんどだ。まともに止めに入ったとしても、邪魔をするなと批判を受けかねない……
かくなるうえは、この状況を力づくでぶち壊すしか……!
「サフィア、僕が無差別に王族達へ襲いかかるんで、取り抑えてください。騒ぎに乗じて、この話をうやむやにしちゃいましょう。賊がカンダル王国から出たとしても、あなたが率先して止めればそこまで信用は損なわれない……なるべく派手にやりますから」
「なっ、何を言っている! 国家叛逆どころか、世界各国への侮辱だそ! そんなことして捕まれば死刑確定だ! 私が許さん!!」
「ルビのためです! それに、日頃誰かさんに全力で好意を向けられてるから、わかるんですよ。あの求婚は本気でもなく、好意すらない……企みだ。受け入れればそれでよし、駄目なら別に何かある……どのみち、ルビ達はろくな目に遭わない!」
「だからといって……ハッ! ならば私がシフを襲い、子供に手を出すということがいかに悪いかを知らしめてやろう! きっと皆んなドン引きして、こんな茶番否定し始める!」
「絶対に嫌です!!」
「ルビを救えて、シフと身体で結ばれ、かつ初体験が羞恥プレイ……何これ最高かよ……!」
「アンタ最低だよ!?」
「ーーこ、この求婚にはお答えできません!!」
サフィアとくだらないやりとりをしていると、ルビの振り絞った声が響き渡り、野次も止んだ。
「……んん? 断ったというより、YESかNOかの返答すらできない、ということですかな?」
「えぇ、出会って1日も経ってないのに、大国の王からの大胆でストレートなプロポーズ……とてもロマンチックでした。しかし、逆に言えばたった1日で、直接話したのはごくごく数分。運命的と言えば聞こえはいいですが、たったそれだけで決めかねるのは王として浅はかですから」
ルビは微笑を浮かべながら、淡々と切り返していく。
「うーむ、ごもっともではありますが、ちと曖昧な答えで残念至極! 王ならば、英断できてこそ王とも言える!」
「……そうでしょうか? 素敵な殿方と決めつけるのも、軽薄な男性と見限るのも、あまりに早すぎます。それに、女性なら生涯の伴侶としては、後悔のない相手を選びたいではないですか!……女性ならそう思いませんか?」
上手い……! イントゥリーグ王が利用した群衆を逆手に利用した。王女、王妃限定だが、女性としての味方を得ようとしている。
「その通りね……」
「……いいこと言うじゃん」
案の定、ルビの意見を肯定してくれる王女達が表れる。良い傾向だ、このままいけば不和なく先延ばしできそうだ。この場を切り抜ければ、後はどうとでもできるだろう。
「……流石は私が見込んだ女性! 一筋縄でいきませんなぁ!」
「ありがとうございます。あなたを知るためにも、共に友好な関係を築いていきましょう」
「是非とも! 1週間後は空いておりますかな?」
「あぁ、えっと……きゅ、急務がなければ……」
ルビのペースだったのが、隙あらばイントゥリーグ王は踏み込んでくる。早々にこの話を終わらせたほうがいいのは変わらない。
「サフィア様、今ならあなたが出ても大丈夫でしょう」
「わっ、アメトさんいつの間に!?」
僕とサフィアの間に、何食わぬ顔をして、ワインボトルを持ったアメトさんがいる。
「しかしアメト隊長、私が止めに入ったらカンダル王国へ完全に肩入れしているということに……」
「止めなきゃいいんです。一旦区切って本来の形に戻してください。勇者として、顔がきくあなたなら」
アメトさんはそう言って、グラスにワインを注ぎ、サフィアに持たせる。
「そ、そうか、 承った!」
サフィアはワイングラス片手に、ルビ達の方へと向かっていく。
「実にいいものを見させてもらった、カンダル王女にイントゥリーグ王よ! 堂々たる告白に、一女性として考えさせられる一面もあった! 2人で積もる話もあるだろう、これは以上私達が閲覧するのは野暮ってもんだ!
それに今は友好を深めるダンスパーティ。一時中断みたいになってしまって少々残念なのと、なんやかんや魔王を倒したことの祝杯がまだだった! パーティの再開を兼ねて乾杯するとしよう!!」
サフィアがグラスを高々に上げると、たちまち歓声が沸き起こる。
「さて、誰か私とダンスを踊らないか?」
「勇者様! 俺と一緒に!!」
「すまない、男性はすでに先約がいて、女性の方を募集しよう」
鼻息荒げた王子の誘いを断ると、今度は女性達がサフィアの元へ殺到する。
「では私と!!」
「ちょっと抜けがするんじゃないわよ!」
「勇者様ー! 本当のお相手はー!?」
勇者の発言力は凄まじい。一瞬で空気を変えて、見事に皆んなの気を求婚から逸らせた。
そもそも、イントゥリーグ王が個別に言わずに、あえて大勢の目がある場で言ったのは、言質を取りたかったか、他に何かしらの理由がある。こうなってしまえば、いくらか狙いは避けられただろうか。
イントゥリーグ王は足早にルビへと詰め寄る。
「確かにこれ以上、皆にお見せするのはいささか恥ずかしいですなぁ。というわけで! お互いの親睦を深めるためにも、1週間後、我が国にいらしてください!」
「あ、その、まだ……!」
「お迎えにいきますから!」
イントゥリーグ王はルビの言葉を返さず、一言言い残してさっさと去っていった。その様を、僕はただ黙って見ることしかできない。だがいずれ、また関わることを確信していた。
あれは、盗賊現役時代に生業としていた、悪徳商人や富豪達と酷似している。根っからの極悪人、人を人と思わず接している。その分、客観的に自分を捉えられ、世渡りがうまい。どんなに汚いことをやっても完璧に隠蔽でき、かつ栄誉を得る……非常に危険だ。
「殺気、とまではいきませんが顔に出てますよ?」
邪険に思っていたせいか、アメトさんから指摘される。
「こんな事態なんです、誰も執事の少年の顔なんて気にしないですよ」
「サフィア様はまたガン見してますよ」
「懲りなっ」
「まぁでも今回は彼女に助けられてばかりでしたし、正直頼もしかったですよ」
「いやいや、油断できませんよ、サフィアもあの王も……」
王族会議もダンスパーティも終わりを迎える。だが、一難去って一難はまだまだ続きそうだ。
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夜が更け、王宮の前でイントゥリーグ王は馬車へと乗る。椅子に腰をかけたのち、副官がタイミングを見計らったように声をかける。
「主人よ、本当に婚姻を成立させなくてよろしかったのですか?」
「構わん、というより気が変わった」
「ど、どういうおつもりで?」
「王婿となって実権を握ろうにも、アレはなかなか面倒な相手だ。大して印象操作はできんかったしな。それに加え、力をつけようなどとほざきおる。戯言に聞こえるが、アレはやりかねん。明晰頭脳に腕が立つとなれば、ますます始末しにくくなる。早々に葬るぞ」
「ま、まさか!? 我が国へと招く際に暗殺を!? 他国の王族を自国で死なせたら、我らはとんでもない失態……いや、首謀犯と疑われてもおかしくありませんぞ!」
「案ずるな、そうなっても他国へ既に根回ししておる。とは言っても、堂々と刃向かう奴らなぞいまい。今や、我々が世界一の戦力を有している……勇者を除けばだがな」
「さ、左様でした……」
「カンダル王国の弱点は王族が2人だけという点だ。頭を失えば、勇者の所在はどうとでもできる。まずはーー」
イントゥリーグ王は葉巻に火をつけ、一息吸った後冷徹に語る。
「ーー姫君からだ」




