盗賊少年と王族会議、後編
サファイアの国際間永久不可侵。
その一言で会場中がざわめき始める。無理もない。国同士で何が起きてもサフィアは指を咥えて見ていろ、と言ってるようなものだ。もし戦争が起きて、王様やルビが殺されそうになったしても……だ。
「あー、こりゃ大変ですね。カンダル王国が他国に攻め込まれても、サフィア様は出禁。どこか魔王にも匹敵する程の人物がせっせと頑張ってくれないと、滅んじゃうかも。あー、大変大変」
「露骨な振りをしないでください! だいたい、こんな無茶振り……!」
「えぇ、言い分はわかりますが、通すわけありませんよ」
「……それは流石に承服しかねますなぁ、イントゥリーグ王よ。魔王討伐以の末、多くの犠牲がでた。たちまちこれを受け入れて、攻撃されれば我が国が滅びかねん」
「なんと! 平和を共に歩まんとするのに、人類同士で潰し合うことを想定していると!」
「やむ得ないことでしてねぇ、つい先日にここが襲撃されたもんで。勇者サフィアが護衛していなかったら、危ないところだったんじゃよ」
「おぉ、それは誠に遺憾ですな!? そんな不敬な輩がいるとは! それにしても、益々勇者殿には感謝せざるを得ないですな! 人類の敵を倒しただけでなく、偉大なるカンダル王の身を救ってくれたとは!」
「……"白バラ"の襲撃に関して言えば、サフィアも危なかったというか、サフィアが危ないというか」
「最後のは常になんじゃ」
「しかしそれでは、勇者殿の国際間永久不可侵というのはカンダル王国にとって大変不利益であり、カンダル王が狙われるというのも人類にとって大損害ですな! いやはや、失敬しました! 事情があるのならこの条約、無理に結ぶ必要など私はないと思いまする!」
イントゥリーグ王は納得したような表情で、一旦口を紡ぐ。だが、他国の王達の反応は様々であった。サフィアの力が平和な世の中で脅威、そういった考えもできる。いっそのことこの条約を結んでしまえば……と思っているのも少なからずいるだろう。
第一にこの案を出したイントゥリーグが引いた今、この後に及んで後押しをする者はいない。だが、後々にはと企んでいるやもしれない。
「これは見事に牽制されましたね。下手にサフィア様を出しゃばらせたら、またこの案が話題に出るかもしれません。厄介ですね」
アメトさんが苦言を漏らす。同じようなこと考えていたようだ。
「これで何か揉め事が起きれば尚更ですか……もしや、"白バラ"で襲撃させたのはイントゥリーグ王なのでは……?」
「……断定はできませんが、イントゥリーグ王国の意見に賛同する国達の可能性は高いです。これは会議後も、一層警備をしないといけませんかねぇ」
「……一つよろしいだろうか?」
「おぉ、これは勇者殿! 当の本人を差し置いて話を進めてしまい、ご配慮足らずにすまなかった!」
皆が様々な胸中のなか、サフィアが口を開き、すかさずイントゥリーグ王が食いつく。サフィアが話すのに、多少心配ではあるが、時と場所だけはわきまえている。ここは素直に様子を見よう。
「いえ、私は王ではないから、この王族会議という場での発言は不相応だ。ただ、国際間での私の存在についての言及ならば、誤解は解かねばならない。手短に済ませる」
「ほう、誤解とは??」
「私がカンダル王国に仕えているという認識だ」
「おや、違うのですか?」
「元々は単独で魔王を倒そうとしたが、あまりに強大であった。そこで、魔王討伐に向けて兵を召集していたカンダル王国と共闘する形で手を結んだのだ」
「なるほど! つまり、正式にカンダル王国に所属してる、ということではないと! ではでは、我が国にスカウトしたいくらいですな!」
「それは喜ばしいことだが、今はカンダル王国から離れることはできない。支援だけでなく、大切な仲間とも巡り会えた。今はその恩義に報いて、守りたいのだ」
「ほほう、正しく言えばカンダル王国の味方、というわけですな」
「そうとも言える。何故なら私は人類の味方だからな」
「それは頼もしい! 我々も守ってくださると?」
「あぁ、その通りだ。そしてこの答えが聞きたいのであろう? もし、カンダル王国が他国を私益のために攻め入ったら、私がどうするかを」
「……えぇ、お見通しでしたか! 是非お聞かせ願ーー」
イントゥリーグ王の言葉を遮るようにサフィアは剣を抜き、王様へと剣先を向ける。
「無論、私はカンダル王を斬る」
誰もがサフィアの言動を呑み、一瞬沈黙するが、イントゥリーグ王の拍手が甲高く響いた。
「エックセレントォッ!! これぞまさしく勇者だ! 国際間永久不可侵なんてものは元より不要でしたな! 人に仇なす者が王であろうと、恩人であろうと平等とは恐れ入った!!」
イントゥリーグ王に続くよう、ちらほらと拍手が出始め、やがては会場全体が拍手で包まれていた。
そんななか、サフィアは他の人へ聞こえないよう小声で、カンダル王へと話しかける。
「王よ、剣を向けた非礼、お許しを」
「いや、ナイスフォローじゃった、ちっとも気にしておらんよ。おかげさんで、自衛ならばお主は出張っていいという印象に持ってけたし」
「勿論ですとも。シフや姫を1番最初に汚すのは私の役目。誰にも譲りません。王がさっき言ったように、早く終わってむしゃぶりつきたい」
「この落差よ」
「え、えっと、お父さん、この後どうしたら……」
「あぁルビ、イレギュラーな出来事があったからしょうがない。後は余が締めるから、振っておくれ」
「う、うん……それでは、カンダル王より閉会の宣言があります!」
「えー、さっきのことですが、余は老衰でおさらばしたいので戦争を起こす気は毛頭ありません。それと、今にして思えば、勇者サフィアの言葉は全然手短じゃなかったのぅ」
「んなっ!?」
王様がサフィアをいじりながらも、締めの挨拶をしている。なんとか無事に終わりそうだ。
「ふぅ、サフィア様が喋るとき少しヒヤヒヤしましたが、結果的に上手くいきましたね」
「ま、サフィアとはいえ勇者ですから」
「おや? いつものシフ君なら、人類の味方とか言うんだったら子供に手を出すんじゃない、とか言わないんですか?」
「それはその通りですけど、サフィアが人命に対しては真摯で、聖人君子になりますから。変態が勇者になったんじゃなくて、勇者が変態になって性癖を拗らせたんです。勇者としての資格は兼ね備え、根幹以外は腐った結果です」
「……え? 褒めてるんですか? それとも貶してるんですか?」
「フフ、どっちもですよ」




