盗賊少年と王族会議、前編
王宮内のホールにて、何十人もの王族達が集う。もう間もなく会議は始まろうとしているが、各国での挨拶や世間話に花を咲かせているのか、とても賑わっている。
僕とアメトさんは、その様子を2階席の端の方で眺めていた。
「いよいよですね……」
「えぇ、寝ちゃったら起こしてください」
「諦め早っ!?」
ツッコミしたものの、アメトさんがそう言ってしまうのも無理はない。軽い案内役と荷物を預かるだけでも、気疲れは多少ある。
なんせ相手は各国の王、接遇だけでもプレッシャーがのしかかる。やっと一旦開放され、安堵して気が緩むのも仕方がない。
万が一に備え、警備をしてるが抜かりはない。2階席には他にも兵士達が待機しているし、怪しい輩がいないかも、アメトさんと僕の二重チェックをし、事前に来客人数とも照らし合わせている。
例え、敵が来たとしても1階には彼女がいる。守りは盤石だ。
そしてその人物が登場するとともに、歓声が上がりだす。
「キャー! 勇者様ー!!」
「あれがカンダル王国の『蒼玉の英雄』、魔王を仕留めし者……!」
「お美しい……きっと品性ある高貴な騎士様なのでしょう」
「えぇ、曇りなき眼で一点を見つめる様は、さながら芸術品のように絵になりますわ!」
佇まいだけで称賛の嵐とは、流石はサフィアだ。もはや、一級の詐欺師顔負けの容姿と言っていい。男性だけでなく、女王や王妃といった女性すらも、たちまち虜になっているようだ。
「で、何かアクションを起こしてあげないんですかシフ君。曇りなき眼の先はあなたですよ?」
「ちょっと、全力で逸らしてるんで触れないでください。中身は混濁した変態なんですから」
「にしても凄まじいですね。文字通り、他は眼中にないようです。近くにいる私でさえ、なんか不快に感じます」
「あぁもうっ! 早く始まって!」
やけくそ気味にボヤいた願いは、早々に叶う。王様とルビが奥から現れると、さっきまでの賑やかさは静まっていく。
そして、中央に立ったルビが神妙に口を開いた。
「それではこれより、王族会議を開催いたします。この度はーー」
会場中の注目を集めるなか、ルビは物怖じせず、語っていく。練習通り清廉された声だ、努力の賜物とルビ本来の胆力なのだろう。
初めて会ったあの日、ホテルの最上階から飛び降りてるさなかにも、ちゃんと言うことを聞いてくれた。お姫様とあれば、そんな絶叫経験などしたことあるはずがないのに。改めて、王族としての素質を感じる。
「……姫、ご立派になられて……」
感慨深い顔でアメトさんが嬉しそうに呟く。隠密部隊を代々と受け継ぐ家系で、ルビが赤子のときから知っているはずだ。感極まるのも無理はない。
「それでは、我がカンダル王国国王のご挨拶に移ります」
ルビが少し後ろに下がり、今度は王様が前へと出て、深くお辞儀をしてから語り出す。
「えー、皆々様、我が国主催の王族会議にお集まりいただいたこと、並びに魔王討伐のご助力、誠に感謝いたします。おかげ様で、人類の敵であった魔王を、無事打ち倒すことができました。これからは、この安寧なひと時を共に手を取り合い、歩んでいきましょう」
「……無事、とは言えないですね」
「シフ君堪えて」
「さて、それではその魔王を討伐した者をご紹介しましょう」
「呼ばれましたよシフ君」
「やめてください、それにとどめまでは刺してないですし」
「……さらりととんでもないこと言いましたね?」
「我がカンダル王国、『蒼玉の英雄』、勇者です!」
王様は意気揚々と喋り、サフィアの方へと手をかざす。それに応えるよう、サフィアはゆっくりと一呼吸してから口を開く。
「サフィアです」
「えー、続きましてーー」
「……えっ、ちょ、それだけ??」
「そりゃあ、口は災いの元を体現したサフィア様なんですよ? これが妥当です」
「いや簡単な自己紹介と聞いてましたけど、もう2、3くらい単語があるかと……」
「ーーさて、人類の敵、魔王を討伐し、我々は平和への道を一歩踏み出しました。そして、国を治める王として今、何を思うのでしょうか?」
王様は問いかけ、答えを待つかのように沈黙する。その間、ぼそりと呟く王達が所々で聞こえてくる。疑問や愚痴、はたまたジョークなどの様々だ。
「私は正直、とっとと終わってほしいです」
「アメトさん堪えて」
「そう!! 早く終わってほしい!」
「「ファッ!?」」
「ありきたりで長ったるい演説はここまでにして、祝杯を兼ねたダンスパーティを楽しみにしましょう!」
会場中から笑い声と拍手が聞こえてくる。ちゃんと王様してると思ったら、やっぱりいつもの王様だった。
「……一瞬、私の小言が聞かれたと思いましたよ」
「まぁ王様も誰かがそう言うだろうと予測したうえでの発言でしょうね……」
「いやはや、実に素晴らしい!!」
拍手と笑いに包まれた会場が、1人の男性による大声で静まり返る。
「退屈なスピーチではなく、とても痛快だ! だが、的を得ている。上辺の言葉だけでなぞる会議など、意味を成さない。本音で話し合わなければ、わざわざ王族が集結したというのに、あまりに勿体ない!」
声高らかに宣言する男は立ち上がる。鼻筋の通った、30代くらいの金髪の男。この場にいて、豪華な衣装からどこかの王であることは間違いない。
「アメトさん、あの人は?」
「あれは……イントゥリーグ王国国王、ゴルド王ですね。なかなかの大国ですが、個人的にちょっと」
「何かあったんですか?」
「魔王討伐を募った際、充分な兵力があるにもかかわらず、招集に応じず、今では更に兵力を蓄えてると噂が流れています」
「……強気で出て来られるわけですね」
「さて、イントゥリーグ国王よ、何をおっしゃりたいのですかな?」
王様が質問を振る。当然、こんな展開はないはずだった。ルビも困惑している様子だ。
「簡単に言えば、不満ですよ。溜め込むのはよくないですから、例え国際間のわだかまりだろうと……いや! だからこそと言うべきですかな」
「なるほど……では思う存分にぶちまけてくだされ」
「フハハ! カンダル王の寛容の良さには天晴れですな! ではご遠慮なく!」
「なんだか面白くなってきましたね」
「言ってる場合ですか!?」
「まぁまぁ、今のところ明確な敵意は感じられませんし、単に政治的な嫌がらせでしょう。ならば私達の出番はなく、王のお仕事ですから」
「大丈夫かな……」
「カンダル王国は魔王討伐の役目を担ってくれた、その恩義には勿論感謝はしています。しかしながら、魔王討伐は勇者の力があってこその功績が何よりも大きい。そしてその力は、今も尚、カンダル王国の手の内にある!」
「……つまりあれですかな? 魔王をも倒した勇者が、脅威であると」
「その通り!! ですが! それを非難するにはあまりに滑稽!! だがしかし! 武力を持たない国々からは魔王よりも強い一国と認識される声があるのも事実! そこで!!」
イントゥリーグ王は一呼吸を置き、さっきまでの勢いを落とすよう、平静に言葉を綴る。
「勇者殿の、国際間永久不可侵を望む」




