盗賊少年と駆け引き
自分に目掛けて飛んでくる剣。それを呪いの短剣で片っ端から両断していく。
物体を自由に操作する魔法。熟練な魔法使いにもなると、家屋くらいの巨大な岩をも、自在に移動できるほどの力を誇る。だが、それも純粋な腕力で対抗することが可能だ。
飛んでくる剣は残る2本。それと同時に前へと出る。
細かい技術は特に必要はない。
身をよじりつつ、力づくで強引に剣を奪い、そのまま男に斬り込む。
男も多少驚いた表情をしているが、それ以外は微動だにしない。
不自然ではあった。避ける素振りも、魔法で防いだり、迎撃する様子もない。
まぁいい、斬ればわかることだ。ただし、全力で挑む。
床を踏み砕き、一瞬で間合いを詰める。
ーー殺った!
しかし、想像とは逆に剣先は空を切った。男は突っ立ったまま、まるでスライドしたかのように後ろへと下がったのだ。
「っと、急に速度上げんなって! もうちょいで死んでたじゃねぇか」
「……剣を操ったように、魔法で自分の身体を移動させたんですね?」
音もなく近づいてこれたのは、これが理由か。
「その通り……ということはさ」
「!!」
男の発言とともに、全身が金縛でもかかったかのように重くなる。
「つまり、お前さんも意のままに操れるってことよ!」
「こ、これは……!」
……懐かしい……そういえば冒険に出ていた頃、魔法使いのイヤドが疲れて、さっきみたいに魔法で自分の身体を宙にプカプカと浮かせていたっけ。
そしたら、回復術師のエメルが私もやってとせがみ、断られて喧嘩になりかけたんだった。仲裁に入ろうとして、今みたいに魔法で動きを止められたなぁ……
そこで、戦士のオニスが……
ーーじゃあ殺し合いしようぜ!
の一言で、急速に場が冷めたけど。
あの時のイヤドに比べたら、まだ易しいもんだ。昔の思い出に浸りながら、2本の持った剣を右手に持ち、左手で呪いの短剣を構える。
「……あ、あれ? 何で平然と動いてんの?」
「いや、割と動かしにくいですよ」
「へ、へぇ! わ、割とね……言ってくれんじゃん!」
さっきより強い圧力が、全身に掛かる。でも、この程度なら支障はない。左手を後ろに引き、いつでも投げれるようにする。
「え、ちょ、嘘でしょ……!」
呪いの短剣を男に向けて、少し軽めに投げつける。魔法で止められるくらいには。
そして狙い通り、それは男の胸の前でピタッと止まった。
「ひゃー、お前さんやばいな……ってあれ? どこいった?」
「こっちですよ」
投げた短剣に気を取られてる間、男の十数m後ろに位置をとる。この距離なら、魔法もかからないようだ。
「おいおい、得物を交換してさよならか?」
「いーえ、まずそもそも、あなたが放ってきた剣はカンダル王国の兵士が持ってる剣じゃあないですか。それに、その短剣はしっかり手で持たないと、所有者とはならないですよ」
「あ? どういうこ……っ!?」
「呪われてるんで」
男も喋ってる間に気づいたのだろう。止めてた短剣が、急激に僕の元へと戻ろうとしてるのに。
ついに、呪いの短剣は動き出す。男は咄嗟にかわそうとするも、肩を斬り付けられて床に血が飛び散る。
「いっでぇ!?」
男は肩を手で抑え、白いスーツが血でジワリと赤く染まっていく。
戻ってきた呪いの短剣をキャッチし、次の一手へと備える。傷は深くはないものの、浅くもないだろう。後はそこを集中的に狙いつつ、魔法で捉えきれないスピードで翻弄すれば……
「ま、参った! 俺の負けだ!」
「……あっさり認めるんですね」
「実力差がわかってて戦闘を挑む程、俺はバカじゃないんでね。何でも教えますぜ」
意外と簡単に降参して、拍子抜けする。完全に信用はできないが……一応聞くだけ聞いておくか。
「……他に味方は何人いて、どこにいる?」
「いやいや、さっきも言った通り、俺1人だけだって。俺、仲間と組んであんま仕事しないのよ。なんせ、味方敵関係なく眠くしてしまうんでね」
眠くか……いや、もしこれが他の効果があったら……
「眠くするだけですか? それに、兵士の剣だけで十数本……殺めたとしたらーー」
「いやいやいや! パクっただけだから! ほら俺、直接的な攻撃魔法は使えないんだよ!それに、無益に殺さないのが俺の流儀なんで……殺しも、ちゃんと眠ってるときに苦痛を感じさせずに! 俺ってなかなか慈悲深いだろう?」
「殺しに慈悲もないでしょう。じゃあ誰に誰を殺せと?」
「うあっちゃぁ〜、それが1番聞きたいんだろうけどさ、依頼主も相当手慣れてるようでね、ちゃーんと顔隠しててさ……男の声ではあったけど。あ、ちなみに標的は王と姫ね」
「……喋る気がないのなら、永眠ーー」
「ちょちょ、待って待って! 額、報酬はそりゃあ膨大だったぜ、ありゃあ間違いなく大富豪、いや、どっかのお偉いさんだぜ」
結局のところ有益な情報はなし、か……まぁ期待もしてなかったが。
それにしても、読めない男だ。嘘はついているようじゃないが、余裕はある。まだ何か隠しているような……
「……念のため、あなたの白バラ? という組織を教えてください」
「それならお安い御用! 金さえ積めば人助けも殺しも担うのが、ウチのモットーだ。善にでも悪にでも染まる、故に白バラなんだ。だから時には俺の肩のように、手を汚し、スーツを真っ赤な血で染めちまうこともあるんさ……」
「いやそれはただの負傷でしょうが」
「まぁお前さんほどなら不要だろうが、こういうのも需要はあるんでね……さて、散々喋ったし、見逃してくれるかな? ありがとう」
「ほぼ被害がないとはいえ、このまま帰れるわけないでしょう。あなたが襲ったのは王宮なんですから」
「こりゃ残念。仕事の時で起きてる人間と話すなんて滅多にないんだがねぇ。仕方ない……寝てないと効果半減するが、悪夢を見てもらおうか」
まだ見せてない魔法か……変に余裕があったのはこのためか。
「シフーー!!居たら返事をしてくれー!!」
遠くから聞こえてきたのは、サフィアの声だった。しかも、こっちに近づいてきている……!
「くそっ! 的確に嫌なとこを突いてきますね! 紛れもない悪夢だ……!」
「いやまだ何もしてない」




