盗賊少年と白バラ
歯を食い込ませた唇から血が滴る。その痛みと王宮の危機を察知して、眠気が一気に覚める。
たかが眠いだけで、兵士がやられてるのに気付かないなんて失態だ!……いや、ひょっとしてそれすらも……
不自然な眠気に疑問を抱きながらも、急いで倒れている兵士の元へと向かう。
「大丈夫ですか!?」
「んごっ……! かー……かー」
切迫した呼びかけとは裏腹に、呑気ないびき声が返ってくる。表情は穏やかで外傷はなく、呼吸もしてるし、脈もある。ただ寝ているだけのようだ。
疑問が確信へと変わった。あの異常なほどの眠気は、自分だけじゃない、この兵士にも、ルビやサフィアにも起こっていた。アメトさんだけは何故か平気だったが……
食事に何か盛られたわけじゃない、味に何も違和感を感じなかったし、そもそもルビが作ってくれたんだ。かといって薬を散布されたなら、それこそ準備の段階で、僕やサフィアが気付かないわけない。
考えられるなら、魔法による催眠。それも、王宮全体にかかっている可能性が高い。
「敵襲だ!!!!」
怒号を王宮中に響かせる。反応したのはせいぜい数名程度だろう。
「んごご……気の……せい」
「違うわい!! ひょっとして起きてます!?」
目の前にいる兵士ですら寝ぼけた応答だ。それだけ、深い眠りにつかされている。
ルビのところには、サフィアとアメトさんがいる。最優先は、王様の安否、安全確保だ。寝ている兵士を担いで、王様の寝室へと走り出す。
王宮の中央ホールまで辿り着くと、アメトさんと合流する。
「アメトさん! 被害の現状は!?」
「サフィア様を叩き起こして守らせ、王は動ける部下に守らせています。どうも個人差はあるようで、眠気だけや、寝ても覚める者もいれば、起こしても深い眠りにいる者と。まぁ圧倒的に後者の方が多いのですが」
よかった、王様とルビは無事か……
「……それを聞いて安心しました。おそらく魔法でしょうけど……アメトさんは耐性とかあるの? あまり眠そうではなかったけど」
「あぁ、私は基本的に昼夜逆転してますから。それでも眠くなったので違和感を感じてたところで……お酒断っといてよかったですよ。シフ君も、よくぞご無事で」
「僕も危ないところでーー」
会話の刹那、上から剣が次々と降ってくる。僕とアメトさんはその場から離れ、降り注いだ剣は深々と床に突き刺さった。
「おやおや、いけないねぇ坊や達。良い子は眠る時間だよ」
現れたのは、およそ暗殺に向かないような、全身真っ白のスーツ、靴、手袋、シルクハットを被った男性。
更に、胸ポケットには白いバラのカーネーションを添えている。唯一、腰まで伸びた髪だけしか黒い要素がない、そう思えるほどに……
「「白っ……」」
「まぁまぁ、これがウチのユニフォームなんでね、大目に見てくれ」
「……全身白だらけの格好に、魔法の使い手……まさか……!」
心当たりがあるように口を開くアメトさん。
「ひょっとして、お知り合いですか?」
「違います。やめてくださいよ、あんなのと交友関係だったら恥ですよ」
「ちょっと、聞こえてるよー」
「噂を耳にしたことがあるんです。金で動き、全身白だらけの魔法戦闘集団、通称''白ダラ"と呼ばれる傭兵のような類のものを」
「それはまた……名前も格好もきっついですね」
「辛辣ぅー。っていうか全然違うし!? 胸にあるコレ見てよ! 俺は"白バラ"っていう構成員なの!」
「大分惜しいじゃないですか」
名前も格好もふざけているが、近づかれるまで音も気配も感じなかった。それに、ただ眠らせるだけとはいえ、王宮全体にかけた魔法……ただ者じゃないというのはわかる。
「……アメトさん、ここは僕に任せて王様の元へ。このクラスの相手が複数人いたら、王様も危ないです。まぁルビはサフィアがいるのでなんとかなるとして……」
「……いいんですか?」
「これが時間稼ぎだったとしたら、相手の思うツボですから」
「……ご武運を」
そう言い残して、アメトさんは瞬時に離脱する。
「数的有利をなくしてくれるなんて、ありがたいぜ。俺には仲間なんてのはいないんだからなぁ」
その男は、嘲笑うかのように喋る。言ってることは本当かもしれないが、嘘か本当か、詮索すること自体に意味はない。
「……どちらでも構いませんよ」
呪いの短剣を取り出し、臨戦体勢を取る。相手は手練れ、更に魔法を使う。ならば、出し惜しみする必要はない。そして、始末した後に王様達へ合流するのがベストだ。
「貴方の命、奪わせてもらう」
本気の殺意向け、集中力を研ぎ澄ませる。
「……こりゃあ依頼が回ってくるわけだ。こんなのがいたら、軍でも引っ張ってこねぇ限り、襲撃にならんな」
男は先程の剣を宙に浮かせ、刃先をこちらに向けて、勢いよく発射した。




