盗賊少年の隠れんぼ
「サフィア! 久しぶり〜!」
「あぁ、久しぶりだな姫」
「ダメだ!! 危ないっ!!」
ルビがサフィアめがけて抱きつこうとするので、思わず止めに入る。なんという愚行を犯そうとしたんだ……
「なんでそんな緊迫した風に言うの……?」
「そうだぞシフ、ただのスキンシップじゃないか」
「スキンシップ……? 強姦じゃなくて……?」
「安心してくれ、確かにルビ姫様は幼くてとても愛しいが、流石の私でも立場を弁えてる」
「それなら普段の犯罪も弁えてほしいんですが」
……とりあえず、一応その言葉を信じてみよう。
「サフィアはホントいい香りがするよね!」
制止させたのも束の間、ルビはサフィアに抱きつく。
サフィアのいい匂いは誰もが……ってダメだ、そんなこと考えたらアレと一緒だ。
「それは嬉しいな、私も姫の体しゅ、香りは大好きだ。スーハースーハァ」
抱きついてるサフィアの顔は、もう誰が見てもアウトだ。加えて、抱きつくのをいいことに、深呼吸までしている。ルビを守らなくてはならない。自分と同じトラウマを作られる前に……!
「ねぇルビ、ちょっと離れようか」
「え? シフ君さっきからどうしたの……?」
サフィアとルビは仲がいいのはわかった。でも、サフィアがどうしようもない変態だとは知らないみたいだ。なら、知らないまま、手を出されることなく、天命を迎えた方がいいに決まってる。
「このままだと、人として生きられなくなるよ」
「何がどうなったらそうなるの!?」
「……さては、シフも混ざりたいのだな?」
「はぁ!?」
「えっ、そうだったの……?」
「いや、全く思ってないからね!?」
「シフも健全な男の子だからな、その取り乱し方は図星と思える」
「……流石にシフ君でも、これは女の子の特権だから……」
「違っ……!」
あぁ、ダメだ。図星なんて言われたら、強く否定できないな……
「いーや姫、シフをよく見るんだ。容姿的にも年齢的にも、男性という括りではないとも言えないか?」
「そんなことで性別を覆さないでください」
「うーん……確かに男らしいとは言えないけど……」
「なら、一緒にハグをしてもいいのではないか? 女の子の特権と言って、仲間外れとは性差別になるぞ」
「あなたに性差別を語る資格はない」
「……うん、シフ君なら……」
「……ねぇルビ、今日は何して遊ぶ?」
「え、遊び? んーと……」
「いや、さっきの話は終わっては」
「いえ、終わらしたんです。いいですね?」
ルビには悟られないよう、冷酷な目でサフィアを睨みつける。
「そんな目でと見つめられると、照れるではないか……」
効果はいまひとつのようだ……
「じゃあ鬼ごっこは? 私やったことないんだ!」
「サフィアから追いかけられるなら、今の装備じゃ足りないや」
「……撃退するのではなくて、逃げるものだぞ?」
「じゃあ隠れんぼ! 私が探すから!」
隠れんぼか……それにルビが鬼役なら恐怖を感じずに隠れ過ごせる。是非やろう。
「隠れる範囲は王宮の中、ってことでいいかな?」
「うん! じゃあ1分数えたらスタートするね!」
「わかった、私達はその間に隠れるとしよう」
ルビがカウントし出し、僕とサフィアは部屋から出る。さて、どこに隠れようか……
「ってなんでまた付いてくるんですか……」
「いいではないか、隠れる場所は別々と決まってるわけじゃない」
「でもそれだと面白くないんじゃ? ルビのためにも」
「ルビのためか……一応聞いておくが、どこに隠れるつもりなんだ?」
「まだ決まってませんが、天井裏か外壁にでもしがみつこうかと」
「見つけられるわけないだろう!? 隠れんぼは、タンスの裏とか中とかに隠れるのがベターなんだ……」
「それだと容易く敵に見つかって、おしまいですよ」
「これは命のやりとりを想定した訓練じゃなくて、遊びだからな……そもそも、姫に天井裏を探すような発想や体力はないだろうに」
「言われてみれば……盗賊世界では見つかったら、死ぬか殺すかでしたから……」
「嫌な予感がしたのだ。そうやって生きてきたそなたが、遊びなど慣れていないと思ってな」
「うっ、おっしゃる通りで……ご忠告ありがとうございます」
「というわけで、初めては私と隠れよう」
「……わかりました、お願いします」
親切心で言ってくれた手前、無下には断れない。それに、何かやりすぎたことがあるなら、また注意してくれるはずだ。今回は許そう。
「あぁ、いただきます」
「やっぱり拒否していいですか?」
サフィアに呆れていると、誰かが右往左往しながら近づいてくる気配を察知する。きっと、探し歩いているルビだ。結局、話してるうちに1分は過ぎてしまったか、早いとこ隠れないと。
「こちらには気づいてはないようだが、こっちに来ているな」
「そうですね……あ、サフィアが囮になってる間に僕が隠れるというのは?」
「隠れんぼに陽動とかしないからな……後、見つかった者も、一緒に探すのを手伝う場合がある……隠れているシフを探すのも、それはそれで滾るな」
「早く一緒に隠れましょう」
「よしきた。ではこの先にある一室が、使われずに荷物置き場になっている。そこなら誰にも迷惑はかからないし、姫も立ち寄るだろう」
「……そうやって相手を想いやれるなら、僕にもわけてほしいんですが……」
「致し方ない、シフだって目の前にスイーツがあるのに、食べるなと言われて我慢できるか?」
「それは……ってそれだと僕が食べ物扱いじゃないですか!」
「だからさっき、いただきますと」
「色々と酷いですからね!? もう、さっさと行きますよ!」
そして、サフィアが言っていた部屋にたどり着く。中には椅子や机、木箱が大量にあり、クローゼットに古いピアノまである。
「確かに、隠れてそうだなと思う場所ですね。で、具体的にはどこに?」
「ふふ、それはあのクローゼットだ!」
サフィアが指差すのは、両開きの扉が大部分を占め、下の方は引き出しになっているクローゼットだ。
「……隠れられるけど、如何にも簡単すぎてつまらないのでは……?」
「勘違いするなシフ、私はこの引き出しの部分に隠れようと言ってるのだ!」
「ここにですか……まぁ身を縮こませて横になれば入れなくないですけど」
「ここなら、開けるか微妙なところだろう。こういったところが、隠れんぼのポイントだ。見つけられたら達成感がある。気づかなくても上の扉は開けるだろうし、後でわかれば、ここだったのか! という絶妙な悔しさが湧き上がる。まさに、うってつけの隠れ場所だ!」
「……遊びで喜ばせることに、随分と詳しいんですね」
「子供が大好きだからな、子供が好きなことを把握して当然だ」
「なんだろう、動機が不純にしか聞こえない」
「お、どうやら姫がすぐ近くまで来たみたいだな、急いで隠れるとしよう」
サフィアがくの字になるよう、引き出しの中に入っていく。そのおかげか、僕も身を丸めればすっぽり入れそうな隙間ができる。いや、ちょっと待てよ……
「これ、冷静に考えたらダメだ。こんな至近距離で密閉した空間にサフィアと入るのは、あまりにも自殺行為だ」
「自殺行為も性行為もない、早くしないと姫が入ってくるぞ」
「あぁくそ! 仕方ない!」
サフィアも少しは改心してるし、ルビも近くにいるから変な行いはしない……と願いたい。なんとか、空いたスペースに自身を詰める。
「で、どうやって閉めるんですか……?」
「閉めるだけなら、魔法は使ってもいいだろう」
「え!? まさか、勇者だけに与えられる特別な力……魔王を倒すためだった『時』の力を、たかが引き出しを閉めるために使うんですか……?」
「だって、目の前にいる人が倒しちゃったし」
「いや、そーですけども……」
「そんな力を遊びに使う、平和な世の中になったんだと考えたらいいじゃないか。ではいくぞ、タイムバック!」
スッと引き出しが閉まり、視界が真っ暗になる。なんて勿体ない使い方だろうか……
「さ〜て! ここにいそうだね!」
バタンとドアを開ける音と、ルビの声が聞こえてくる。そして、ズバリ正解だ。途中で立ち止まったりするものの、徐々に足音が近づいてくる。
「意外と、緊張しますね……」
「あぁ、シフがこんなに近くにいるなんて……!」
「やっぱ図りましたね……!」
「しーっ、今は何もしないから」
「うわっ、すっごい不安」
そして、とうとう足音がすぐそばまで来た。
「ここかっ! ……あちゃーハズレかぁ」
ガチャンと勢いある音が上から聞こえてくる。このクローゼットの、両開きの扉を開けた……サフィアの読み通りだ。
ルビがあちこち探し回ったその後、部屋のドアが閉まる音が聞こえた。
「何か妙ですね……ドアが閉まってからルビの足音が消えた……?」
「シフもそう思うか……まさか姫に何かあったのか……?」
「それにしては、全く何も聞こえてこない……少し様子見しますか」
「そうだな、少し呼吸でも整えるとしよう。スゥゥハァァ、スウウウゥゥゥゥゥハァァ」
「ちょ!? 呼吸どころか吸引になってますよ!?」
「これが無垢なシフの香り……!」
「まだ言ってるんですか!? 」
すると、急にバタバタと誰かが駆けつてくる。
「ここだっ!」
「「うわっ!?」」




