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盗賊少年と甘い1日

「ハァ、堪能したぁ……」

 スイーツバイキング「甘極」を出て、お腹をさする。なんて素晴らしい店だったのだろうか、また明日も来よう。


「時間ギリギリまで食べ続けるとは、恐れ入ったぞ……」

「だって勿体ないじゃないですか。持ち帰りたいくらいですよ」

「いやそれじゃあ商売あがったりになってしまうから……」


「流石に弁えていますよ。あの店には続いてほしいですから、不利益なことはしません」


そう言って、ドーナツを食べる。モチッとした生地に、メープルの優しい甘味が、口の中に広がっていくのがたまらない。


「って盗ってきてるじゃないか!?」

「あぁ、し、しまった……! ついスラム時代の名残で、自然に盗みを働いてしまっている……!」

「……旅の時はそんなことしていなかったような……?」


「僕は取り返しのつかないことを……お店に返そうにも、口をつけてしまったし……償いとして出来ることは完食するしかない。丹精込めて作り上げた職人の逸品を無駄にすることこそ、最大の侮辱になってしまう……!」

「大袈裟で白々しいぞ……」

 盗ってきたドーナツを平らげる。午後は読書でも嗜むとしよう。


「む、口元に食べカスがついておるぞ」

 サフィアはそう言いながら、口元に触れてきて、その食べカスをついた指で拭い、ペロッと舐める。


「あっ……」

 さりげなくこっぱずかしいことをやられてしまった。変な気を感じなかったから、無自覚……だろうか……?


「……あぁ、すまない! 決して悪気があったわけではないっ! その気があったら直接口で取ってそのまま舌をからーー」

「なんていう弁明をしてるんですか!?」


「おっと、口を滑らしてしまった。舌だけにな」

「やかましい!!」

 キリッとした顔で言い放つサフィア。だめだ、付き合っていたら日が暮れる。早々に退散しよう……


「さて、それじゃあ私はカフェで事務処理でもするか」

「勇者とあろうお方が、事務処理なんてするんですか……?」

「近々各国の王族会議あってな、皆はその準備で忙しいのだ。それに私達が旅をしていた時に関係がある」


「僕達の……?」

「ほら、戦士のオニスが他国の軍を壊滅させたり、魔法使いイヤドが村人を魔法の実験体にしてしまった被害などのな」

「……あぁそれの」

「ふふ、懐かしいものだ。よく私達が仲裁に入ったり、食い止めようとしたな」

「挙句の果てに魔法使いは倒しましたからね……」


旅は本当に大変だった。そんな中でも、サフィアはまだまともだった。あくまで、あの変人の中ではだけど、宿の確保や食糧の調達、現地の情報収集など、僕がまだ知識が疎い時はよくやってくれてたっけ。今でもこういう裏方の処理をまだやっていたとは……


「……手伝いますよ」

「いや、構わないのだぞ……? シフは魔王を倒してくれた1番の功労者だ。ゆっくり休んで……」

「……変に責任を感じたくないだけです。元々は僕達の仲間の事故処理ですし。それにカフェがどこにあるのかも気になったから、それが一番の目当てです」

「そうか……確かにコーヒーが美味しいカフェだ。おすすめしよう」

「期待してますね」


 数十分歩き、そのカフェとやらの店に着く。さっきの店と打って変わって、飾り気のないシックな店だ。店内に入るとジャズが流れていて、とても落ち着いた雰囲気だ。何かの作業をやるには、うってつけかもしれない。


現に、客はそこそこいるのに、話し声は聞こえない。黙々と新聞や記述などをしている人がほとんどだ。


 カウンター席に座り、サフィアが左隣からメニュー表を見せてくる。

「何を飲むシフ?」

「えーと、じゃあカフェオレとミルククレープで」

「まだ甘い物を食べるというのか……」

「成長期ですから。それじゃあ書類を分けてください」

サフィアの呆れと驚きが混じった声を受けつつ、書類に目を通す。被害報告書と題名が書かれた用紙の、全文を読んでいく。


 被害報告書

城下町リオストロ周辺の村々で、勇者一行が通り過ぎた際にモンスターが暴れ出し、家屋が25件、負傷者16名の損害が出たため、カンダル王国に支援を求める。


……あぁ、あったなこんなことも。魔法使いが闇の魔法で、モンスターを服従させようとしたら、暴走して手を焼いた件だ。負傷者は、渋る回復術師をなんとか説得して治させたけど、家屋とかは何もしようがなかったからなぁ。


 用紙にサインをつけ、次の書類を読んではサインし、それを繰り返していく。どれも似たような不祥事ばかりだ。途中でデザートを挟みつつ、最後の1枚を終える。


「ふわぁ……眠いなぁ」

頭を使うったからか、食後だからか、はたまたカフェの落ち着いた雰囲気からか、とても眠い。でもサフィアの方が、分量が多かったから少し手伝わないと……


そう思ってサフィアに目を向けると、寝ている。まぁ、気持ちはわかる。それに、もうほとんど終わってるみたいだ。


持って来た本でも読もうと思い、取り出して本を開く。すると、左肩にサフィアの頭が寄りかかってくる。戻しても、また寄りかかってくる。


 狙ってやってるんじゃないのか……?


「ちょっとサフィア、起きてください」

店の中なので、小声で問いかける。揺すっても起きない。完全に寝ているみたいだ。昨夜も遅かったし、昨日の内に仕事を片付けたとも言っていたし、疲れもあるのだろう。さらに、程よい音量のジャズが、睡魔を誘ってくる。邪気も感じないし、少し恥ずかしいけどこのまま寝かしておこう。


「んっ……」

「ひゃっ!?」

本を読んでいたら、サフィアの寝息が耳にかかってくすぐったい……それに髪から良い匂いが……


「イカンイカン! 本に集中だ、集中……」

「……ハァハァ、あぁ、シフ……」

あぁ、くそ、そういや寝てたら喘ぐんだったこの人……! この距離でそれを聞くのは、気が狂いそうだ。普通にしていたら凛々しく美しい外見な分、タチが悪い。


 なんとか気にせず、本の活字に全意識を向ける。本のタイトルは『となりのカリオストロ』で、物語の主役であるサッキが、銭亀という刑事に取り調べを受けるシーンだ。




 刑事は悔しそうに、サッキに近寄る。

「くそー! 一足遅かったか! カンタめ、まんまと傘も盗みおって!」

 その発言に、サッキは食い下がる。

「ハァハァ、シフ、今度は私を盗むというのか、いいだろう、好きにしてくれ……」

「いや、奴はとんでもない物も盗んでいきました」

「……?」

 サッキは見当がつかないまま、刑事はその答えを出す。


「……私の身体を」




「何てことしたんだカンタ!? ってこんな状況で集中して読めるかぁ!!」

 思わず、大きい声で突っ込んでしまった……周りの客が、一瞬こちらに目を向ける。

「……すいません」

「んー、どうしたというんだ……?」

サフィアも目を覚ましたようで、虚ろに問いかけてくる。


「あなたのせいーー」

 左を向きながら言うと、鼻先にはサフィアの顔があり、バッチリと目が合う。まずい、意識がある状態でここまでの接近を許してしまった……魔刻印があっても間に合わない!


 急いで逃げよう、そう判断した途端、サフィアの顔が離れる。

「……すまない、その、迷惑をかけてしまったようだな……」

予想外の反応だった。てっきり不可抗力とか言ってそのまま押し倒されるかと……


「あぁ、いや、こちらこそ……」

「……わ、私は一足先に宿へと戻る。代金は置いとくから、払っておいてくれ……!」

足早にサフィアは店から出ていった。


なんだか……調子が狂う、あんな控え目なサフィアは初めてだ。本当に改心してくれたのか……?


 火照った顔を手で仰ぎつつ、しばらく本を読んだ後、宿屋へと戻った。


 今日はお店も紹介してくれたし、何より意外な一面を見た。僕自身も、態度を改めるとしよう。


そう思って部屋のドアを開けようとすると、部屋の中からバタバタと物音が聞こえてくる。


「なんだ……?」

慎重にドアを開ける。サフィアは椅子ソファに座っているが、少し様子がおかしい。


「や、やぁシフ、おかえり」

「……ただいまです。どうして少し汗をかいてるんです?」

「いや、その、部屋の中でトレーニングをだな……」


明らかに嘘だ。物音もドアの前に立った時しか聞こえてないし……


「……何をしてたんですか?」

「いやだから、トレーニングを……」

どう考えても怪しい。念のため、部屋を見渡すと、ベッドの掛け布団のシワが気になる。


「……ベッドですね、何を仕掛けたんですか?」

「あっいや、何も仕組んでなどはいないぞ」

朝出ててった時とも違うし、日中に従業員が変えたとしても、もう少し丁寧に敷いてくれる。何かあるのは間違いない。


「ハァ、気を許そうと思った矢先に……」

布団に手をかける。トラップの類いかなんかだろう。

「あ、待ってくれ! その、水をこぼしてしまって、一旦外で乾かして……」


「もう少しマシな嘘をついたらどうです? それじゃあ種明かしといきますよ!」


 バッと布団をめくる。そこには何もなかったが、少し湿っている。それに、カフェで嗅いだサフィアの匂いがする……そのうえ、なんだか女性特有の濃い匂いというか……ってまさか!?


「な、なな!? 他人のベッドで何をしてるんですか!!」

「いやぁ、シフの身体に寄り沿って寝てたと思うと、居ても立っても居られなくて……あ! でも今は処理してスッキリしたから安心してくれ!」

「何が安心ですか!? 他人のベッドでオ……変な真似する時点で不安しかないですよ!」


 あぁ、勇者サフィアの本質変わらないんだなぁと実感した1日だった……

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