盗賊少年と甘味
野盗を退治した、次の日の朝を迎える。眠気で少しボーッとし、瞼が重い。帰ったのが、真夜中であったのもそうだが、あまり寝られなかった。
「……あぁ、美味しい」
寝不足の身体に、温かいシチューが染みる。後はアレさえ聞こえなければ、いつものように食事を堪能できるのに。
「ハァハァ、シフ……そこは、あんっ!」
勇者サフィアの喘声、もとい寝言である。寝不足なのも、これが原因だ。
昨夜の、サフィアの謝罪と誠意は本物だった。部屋に戻った後も、僕にちょっかいかけず、自主的にソファで寝てくれた。そして完全に寝入ったと思って、僕も寝ようしたらこの様だ。
注意しようにも、寝言だ。気をつけられないだろうし、起こすにもちょっと可哀想だと思い、仕方なくそのままにした。でも、もう朝だから起こすとしよう。それに……正直気がおかしくなる。
「ハァハァ……もっと……」
「もっとじゃあないです! 朝だから起きてください」
「はっ! シフ……意外とSっ気なのだな」
「知りませんよ!? 夢と現実の区別くらいつけてください!」
「そうか、夢であったか……残念」
……もう突っ込むのはよそう。
「……朝食のパンとシチューです。勇者としての仕事もあるんでしょう? ゆっくりはしてられないんじゃ」
「あぁそれなら、昨日のうちに急ぎの用件だけ片付けておいた」
「……へ??」
なんてこった……数日はかかると踏んでいたのに、たった1日でこなしてくるとは……
「というわけで、今日は一緒に街を回ろうではないか!」
「だ、だとしても、僕は僕だけでプライベートを過ごしたいので、別行動に……」
「そうか……美味しいスイーツの専門店を教えたかったのだが」
「……その店を回ったら別行動にしましょう」
「本当か! きっと気に入ってくれるはずだ!」
いかんせん、サフィアの方がこの街に詳しい。快適に過ごす為に必要な行い、いわば犠牲だ。それと、その店を知ってしまえば、後は1人で行けばいい話。
「いえ、すぐ行きましょう」
「……そなたは朝食を食べたばかりでは……?」
「構いません、成長期ですから」
「そ、そうか」
善は急げだ。サフィアの身支度を済ませた後、宿を出る。
「さぁ案内しよう」
サフィアが手を差し伸べてくる。これはまさか、手を繋いで行く気なのか……
「……そんなのいいですよ」
「私は昔みたいに戻りたいと言ったのだぞ」
「2年も前の話じゃないですか。もう子供じゃないですから」
手を引いてもらってたのは、カンダル王国にスカウトされた当初だ。あの頃は、他人の温もりと優しさを初めて実感したが、今では手を掴まれたら最後、何をされるかわからない……例え改心しても、照れ臭くてできやしない。
「何を言う。シフは十分子供だ、だから唆られる」
「そんな発言をする人に手を握られるわけないでしょ!!」
この発言や寝言といい、やっぱり油断できないなこの人……
「すまない、ついな……でもこうやって隣を歩くだけで、旅してた時を思い出すな」
「……僕はあまり思い出したくないですけどね」
魔王を討伐寸前も酷かったが、その道中も悩まされてばっかだった。街につけば戦士は喧嘩し、回復術師にはおんぶをせがまれ、魔法使いは勝手に単独行動……本当よく耐えてきたなぁ。
「ここだ、着いたぞ」
歩いている内に、スイーツ専門とやらの店の前にいた。「甘極」と書かれたピンクの看板に、赤く塗装された木造の店。まだお昼前なのに、中は女性客でいっぱいで、店の前でも何人か並んでる。
「すごい人気ですね……」
「あぁ、混む前で丁度良かったかもしれん」
列に並び、ガラスから店内を覗き込む。すると驚きの光景が目に映る。ショートケーキにチョコレートケーキ、モンブランにタルトなど、様々なケーキが置かれてるではないか。
「こ、これは一体……!」
「こういった店は初めてか。なんと、スイーツのバイキング店だ」
「スイーツのバイキング……すごい、すごすぎる、これを考えた人は天才、いや神だ」
「ふふ、入る前に気に入ってくれたみたいだな。なんでも昔に、異世界から来た人を通じて考案したものだと。そもそも、多くのスイーツは異世界発祥らしいが」
す、すごい……これはまるで理想郷だ。その異世界人に感謝しかない。
数分待つと、中に案内される。テーブルに向かう間にチラッと見たが、ケーキだけでなく、ドーナツやシュークリーム、アイスまでもある。
「2時間制限のバイキングになっております! 飲み物はセルフサービスとなっておりますのでご自由にお取りくださいませ!」
そう言って店員は離れていく。
「よしそれじゃあ、取って回るとしよう。何から食べる?」
「もう盗ってきました」
「早っ!? いつの間に……」
「何を言ってるんですか、2時間しかないんですから、早く食べないと」
テーブルの上一杯に盛られたスイーツを食べていく。いつもの高級宿屋で出てくるスイーツと、引けを取らないくらい美味しい。どれも絶品だ。
「ハァ、至福だ……」
「ふふ、私はシフを食べたいよ」
「美味しさが半減するのでやめてください」
食べていると、ベルの音が店内に響く。
「焼きたてのスフレパンケーキをご用意いたしましたー! どうぞお召し上がりください!」
ほう、ああいう風に出来立てが美味しい物は知らせてくれるのか、なんていい店だ。
「お、早速取りに行ってみるか?」
「もう盗ってきました」
「だから早っ!?」