表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
護りたかった彼のために  作者: 朝霞ちさめ
第二章 クリスの出征~失われたもの
9/23

『魔法』の果て

 あるいはそれは予定通り、と言えるのか。

 そして私の予測通り、クリスはあの日からぴったり五日後に帰ってきた。

 クリスは陛下への報告よりも先に百合宮に訪れると、僅かに赤く濁った目を向ける。

「ああ……ルシエ。なんとか無事に帰れたぞ」

「…………」

「なるほど。あれが、『森』か」

 興味深い体験だった、そう言うクリスには、特になにかを得た様子もない。

 それがどうしても、私を不安にさせる。

「クリス様。……おかえりを、お待ちしておりました」

「うむ」

「その左腕の包帯はどうされましたの?」

「ああ……これは、少しな」

 怪我ではない。

 血の匂いはしないし、それ以外の怪我をしているにしては腕があまりにもスムーズに動きすぎている。

 何かを『得た』のだとしたら、それは恐らく、そこなのだろう。

 ……そして、クリスは赤い目のまま、私を見て笑う。

 第一段階は通り過ぎている。

 第二段階も……恐らくは、もうすぐそこで。

「湯浴みを成されますか」

「そうだな。少ししたらしよう」

「ルーイ、タオルを」

「かしこまりました」

 ルーイがそそくさと去って行く……クリスはそれに反応しなかった。

「ルシエ。お前達が何を考えていたのかは、正直、俺にはわからん」

 けれどな、とクリスは続ける。

「それでもお前が、何かを成そうとしていたってことは気付いたんだ。……俺がそれを手伝えないことも。そして、アレを消そうとしてることも」

 だめよ。

 それは、だめなのよ。

「ルシエ。お前は……お前がやる必要は無い。俺がやろう。幸い――俺は、手に入れた。誰にも気付かれることなく、成すための手段を」

「……魔法。ですのね」

「ああ。森で手に入れた」

 そうか。

 クリスは、あの光の森の子供達から、魔法を得たのか。

 ……ルーイの予想通りに、予想から外れることなく、ただ、最悪を走っているのか。

「ルシエ様、タオルをお持ちしました」

「ありがとう」

 戻ってきたルーイからタオルを受け取り、私はそのまま腕を振り抜く。

 空気を切り裂く様な音がして、タオルはさも当然のように、クリスの胸元を貫いていた。

「…………、か、ふっ」

 クリスはただ。

 口から赤い血を吐き出している。

「クリス様。あなたが魔法を使えてしまう以上……私には、こうするしかないのです」

「……な、ぜ。お前の、代わり、に、俺……は、」

 その気持ちはとても嬉しいものだった。

 私のことを愛してくれている――だから私を手伝ってくれようとしている。

 こうも熱狂的な愛情表現を、私は他に思いつかない。

 けれど、だからこそ私は、彼を殺さなければならない。

 それが私がつけるべきケジメだ。

「魔法という技術が何故、使われていないのか。それには思い至らなかったのですか?」

「…………」

 魔法。

 本来あり得ないことを引き起こすという、途方もない技術。

 そしてそれは本来あり得ないことだから、証拠というものは意味を成さない。

 完全犯罪以前の問題として、そもそも犯罪として成立させないほどの力がそれにはある。

 けれど――その魔法の行使には、対価として己の存在を消耗する他に手段がない。

 既にクリスの目は赤かった。

 包帯を巻いている腕にも、外見的な変化が現れたのだろう。

「魔法はとても強烈で、強大な力でした。……王国が出来て間もない頃は、まだ多くの人々が使っていたと。そういう『記録』が確かにあるほどに」

 けれどそれは昔の話。

 数百年も昔の話――その頃には既に、魔法は危険なものであるという認識が大多数を占め、そしてとある術式を最後に魔法は事実上、封印された。

「魔法は行使者の存在を消耗する……消耗した分は、別のものに置き換えられてゆくのです。今はもはや御伽噺にしか出てきませんが、『魔物』とはそれの結果なのです。……人間が、魔法という力を使った後に、その存在が置き換えられた後の存在なのです」

「……魔物? あの、伝承の――」

「ええ。伝承の、魔物です。クリス様。あなたは……もう。あなたはもう、魔物になりつつあるのです」

 魔物という存在が完成したら……もう、どうしようもない。

 もはや魔物に対抗するべき手段が、人間には存在しないのだから。

 なぜなら魔物は死なない。

 魔法の対価を取り立て終えるまで、その存在をもって暴れ続けるだけ……どのような対処も対応も、そこには不可能なのだ。

 だから魔物になる前に。

 まだ人間として殺せる間に、私はクリスを殺さなければならなかった。

「ああ……、はは。実は……」

 クリスは、虚ろな目でどこかを見て言う。

 焦点は既に合っていない。けれど多分、クリスは私を見ようとしていて、……ただ穏やかに、笑っていた。

「……お前が泣くのを、初めて……見……、」

 目の前の気配はそこで途切れて。

 呼吸も何もかも、すべてが途切れ。

「ルーイ」

「……ルシエ」

「計画を変更するわ」

「…………」

「……リザとテオの手を汚させずに、全てを終わらせましょう」

 私の決意に。

 ただ、ルーイはクリスの遺体からタオルを抜き取り、あたりにこぼれた血を見て呟いた。

「クリスの思いは、逆だろうけど」

 それでも私は。

 間違っていても、ただ人間として進むしかないのだ。



「私にはヒントが与えられていたのよ。アカシ・ロの警告以前にも、それ以降にも……クリスがあるいは魔法を手に入れてしまう可能性を、私は考慮できたはずなの。でも、結局は気付けなかった。だから最悪の一歩手前を見せつけられたとき、せめて最悪にはならないように手を打たなければならなかった……」

「けれど、私たちにせめて相談をしてくれていれば」

「……リザ。ルシエ一人が手を汚すのと、我々が皆で手を汚すのでは意味が違うのだよ」

「テオ様」

 窘めるようにリザはテオの名前を呼ぶ。

 それでもテオは揺るがない。

「確かにその時点でルシエが我々に相談をしていれば、あるいは我々はクリスの死を罪無くできたのかもしれない。けれどそうなれば、我々はいつまでたっても父上を殺せなかった。計画はどのみち、破綻していた」

「……けれどなにも、ルシエが一人で悪者になる必要はなかった!」

「あったのさ。……ルシエが一人でクリスを殺したならば、そのまま父上を殺してくれたならば、我々はただ一人、ルシエという犯人を断罪するだけで正義になれる。余計な手を掛けるまでもなく、計画を立てるまでもなく」

 そう。計画を必要とせずに、ただ私が殺すのを待てば良い。

 そして実際に殺した後、こうやって断罪すればそれだけで、全ての片を付けられる。

 私を悪として裁き。

 テオは正義の王子として、次の国王としてその地位を確約されるだけじゃない。

 民からの人気も、一気に上がるだろう。

「それに犯人がルシエであるならば、『逃げられても仕方が無い』。この国でルシエを捕らえることができるものなど、誰も居ない。……だから、我々はルシエをなにも殺さなくても良い。処刑せずとも、逃げられても、むしろ我々の正当性はある意味補強される」

「そうね」

「だからこそ改めて聞きたい。なぜルシエ、君は今も尚、逃げようとしないんだ?」

 隙ならばいくらでも見いだせるだろう、とテオは言う。

 グェン様もそれに同調していて――だから、見逃すから早いところ国外に逃げろと言ってきている。

 それがせめてもの報酬なのだと。

「まさか、ここでただ死ぬ気か?」

 そんな事を考えるルシエではないだろう、そうテオは鋭く私を見据えた。

 その通り。ただ死ぬなんて、私の性に合うわけが無い。

 合うわけが無いのに……ね。

 沈黙を星空が照らし出す。

 長い長い沈黙の帳を、こじ開けたのは――リザだった。

「……ルーイくん、ですか?」

「…………」

 そう。

「そもそも、お前にとってあの小僧は……あのルーイという少年は、何だったんだ? あの時のお前の取り乱す様は、……今でも、信じられないのだ。だからこそ、何かとても強い感情があったことは分かる。だが、我々はあまりにも、彼のことを知らなすぎる」

 当然よ。

 私もルーイも、一度も他人に喋ったことがないのだから。

「……そうね。どうせ死ぬならば、せめて想いを告白しても良いか。もはや不義密通とか、そういう罪が付加されても何も変わらないものね」

 実際はもうちょっと複雑(たんじゅん)で、そんな罪にはあたらないはずだけど。

「けれどそのためにも、少し昔話に付き合って貰うわ。……十年前」

 それは、クリスも辿り着いたあの森に、私が辿り着いたその時――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ