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護りたかった彼のために  作者: 朝霞ちさめ
第二章 クリスの出征~失われたもの
8/23

天運は私に味方をするか

 出征から十日後。

 あくまでも非公式、と繰り返された上で一人、呼び出された先。

 ルーイの同席は認められなかったけれど、今のルーイはそれどころではないので丁度いい。

 そこで待っていたのは国王陛下と怪我を負った騎士だった。騎士の顔色は青ざめていて、少なくとも良い報告ではないのだろう。

 しかし騎士達の帰還、引き上げは始まっている……。

「クリスに何かがありましたか」

「リュシエンヌ様……、お気を確かに、お聞き下さい。このような報告をすることをお許し下さい、しかし、この報告を聞くことは、リュシエンヌ様におかれましては義務であります」

 騎士の言葉に嘘はない。

 その騎士の背後で、コクリコの花を手の内で弄ぶ国王陛下は、無表情……。

「いいわ。言いなさい」

「はっ。ドラゴン討伐は成功しました。しかし、その作戦終了時に……忽然と、クリストフ王子の姿が消えました」

 なるほど。

 クリスは無事、森に到達したか。

「よく伝えてくれました。騎士……ええと、お名前は?」

「……これは失礼を。名乗ることをお許し戴きました、私はシェンタート。シェンタートと申します」

「そう。シェンタート、大義です。陛下からお言葉はありましたか」

「…………。いえ」

 陛下は当然、今回の策を描いた張本人。

 クリスの失踪の真相はまず間違い無く森に到達したという事だけれど、その森の存在を知っている者など一握りだし、そもそも実体験として知らない者にとっては夢物語でしかないのだから、説明をすること自体が無駄とも言える。

 だから陛下は何も教えないし、伝えないのだろう。私を呼んだのは……、陛下の代わりに教えろという意味でもあるまい。

 とはいえ、このままだとこの騎士は翌朝まで生きてないよなあ。

 陛下、何も言わないし。

 私も私で微妙に聞き方のニュアンスが悪かったし。

 これでは最期の言葉を賜ったかと聞いたかのようではないか。

 ならば、多少ずらして説明する……、かしら?

「誤解させてしまったならば悪いけれど、今回の一件はある意味予定通りです。あなたがた騎士に瑕疵はなく、この一件においてあなた方の責任を追及することはありませんわ。そうね……クリス様のことですわ、五日といった所かしら」

「五日……と、申しますと?」

「五日で彼が戻ってくると言う意味ですわ。陛下、宜しいですの?」

「……そうだな。ルシエがそれで良いというならば」

「と言う事です」

 私と陛下のフォローを、しかしそれをもプレッシャーと感じたらしく、シェンタートという騎士は更に表情をこわばらせた。

 これは、いけない。

 陛下もぴくりと一瞬、眉を顰めてその手にあった花を落としたし……不本意ということよね。

 で、私か陛下のどちらかが悪役とまでは言わずとも、道化にならなければならない。そしてこの二択は考えるまでもなく、道化の役割を負うべきは私になる。

「クリス様とはこの頃、すこし喧嘩していますのよ。今回の征伐に彼が出ると言い始めたのも、私と居るのが気まずいから。征伐が終わり、帰らなければならない……けれど、帰ると私と会わなければならない。だから少しだけ『時間を潰している』。騎士の皆様には迷惑を掛けてしまった、私の落ち度ですわね……陛下、申し訳ありません。そして今回の一件において、騎士は賞されることこそあれ、罰されることはありません。そのことは私が確約しましょう」

「ルシエ。となれば、君は此度の件にどのような責任を取ることで代償とするか?」

 陛下は当然、乗ってくる。

「まずはクリス様の帰還を待ちます。その上で、クリス様に代償をお選びいただきたい」

「ふむ……。君の読みでは、五日だったか。その五日間を過ぎても帰ってこないようであれば、少し罰則が必要になるが、構わないかな?」

「はい。もちろんですわ」

 良いだろう、そう頷いて、陛下はゆっくりと歩き出し、そのまま去って行った。

 ソレっぽいことを言っては居るが、私も陛下も一切その罰や代償の内容に触れていない。この騎士がそのことに気付いたとしても、あえて突っ込んで聞く事の出来る立場でもない――だから、これでいい。

「シェンタート。あなたに一つお願いがあるのです」

「お願い、ですか。何なりとお申し付けを」

「ここで聞いた事は、騎士内部で共有して貰いたいのです」

「……共有、ですか? 箝口ではなく?」

「ええ」

 そうじゃないと意味が無い。

 あなたが死にかねないわ。

 ……なんて、言えるわけも無いけれど。

「確かに、承りましてございます」

 そう深々と頭を下げる騎士にご苦労とその場から帰らせて、私は少しだけ時間をおいて。

 完全に騎士の気配が遠ざかったところで、陛下が落としていったコクリコの花を拾い上げる。

 その花びらの内側には、小さな文字で二つの単語が書かれていた。

 あまり見覚えのない、けれど特徴的な、陛下の字……か。

『得るもの』

『心当たり』

 圧縮されているだけで、何が言いたいのかは十分に分かる。

 陛下もやはりクリスが森に到達したと判断していて、そこで何を得て帰ってくるのかを知りたいのだろう。

 けれど……。

 それが分かれば苦労はしないのよねえ。

 あるいは陛下の元にもアカシ・ロが現れたのかしら。

 いや、そうだったら『ロ』の一文字くらいは記すだろうし……。

「…………」

 私はコクリコの花をそのまま持って、百合宮へと戻る。

 ルーイの出迎えは無し。

 ……つまり、まだ作業中か。

 百合宮の中を歩き、ルーイの気配を手繰る。どうやら二階の資料室にいるようだ。

 階段を上って廊下を歩き、いざ資料室を眺めてみれば、様々な本をひっくり返すように何かを探すルーイの姿があった。

 邪魔をするのも悪いけど……こっちもこっちで重要。優先度でいえばこちらだろう。

「ルーイ」

「ん、お帰りなさ……。失礼。お帰りなさいませ、ルシエ様」

「まだラフで良いわ」

「そう? じゃあ、お帰りなさい。どうしたの?」

「これ、どう思う?」

 ルーイにコクリコの花を手渡すと、ルーイははて、と首を傾げた。

「この字は陛下のものだね。コクリコの花を使ったのは、ルシエが持っていても違和感がないように。プラス、王国でコクリコの花が『縁起の悪い花』だからだとすると、陛下はクリスがなにかよからぬものを得て帰ってくるんじゃないかと不安がってる、んじゃないかな?」

「よからぬもの、ね。……なぜそう陛下は考えたのかしら?」

「おいらには判断しかねるけれど……、おいらの苦手な『霧』の匂いはしないし、そっちじゃあないだろう。となればもう一つの方から忠告があったと見るのが自然じゃない?」

「…………」

 ルーイが苦手という『霧』とはアカシ・ロを指す。

 その上でそっちではない、もう一つの方と指名したとなると……。

「あの方が陛下に忠告する姿って、正直想像もつかないのよね」

「だからこそ、だよ。本来ならばあり得ない行動をしたんだ、となれば陛下はそれがよほど深刻だと思うんじゃないかな。……それとルシエ、なんか血の匂いがするけれど」

「原因は私じゃないわよ。会った場に怪我をした騎士が居たから、その残り香でしょうね」

「ならばやっぱり、陛下はかなり深刻に捉えてるね」

 確信を持ってルーイは言う。

 コクリコの花を私に返し、その代わりに一冊の本を拾い上げた。

「率直に言えば陛下には手負いの騎士と会う理由がない。血生臭いものが苦手だし、可能な限り避けたいはず……、なのにその騎士と会ってるって事は、その騎士の持つ情報を自分で確認しなければ気が済まなかったから。よっぽど有能なメッセンジャーだったのか、あるいは当事者じゃないと意味が無いと思ったのか……どちらにせよ、そういう『嫌なこと』を陛下がしたというのは、やっぱりあの人の影響が大きいと思う」

 なるほど、その通りだわ。

「ねえ、ルシエ。今回のドラゴン、偶然かな?」

「え?」

「なーんか、おいらたちにとって都合が良すぎるんだよね。そろそろクリスに『最後の一歩』を進めさせる必要があった。今回のドラゴンはそれに『丁度いい』トラブル、だよね。死人はでるだろうけれど、クリスについては殆ど無視できる範疇のリスクで最後の一歩を歩かせられる」

「……そうね」

「ドラゴンが現れた場所も、都合が良い事に王国直轄領。領地持ちの貴族だったらその貴族が対応していた以上、騎士より冒険者が先に使われる。よしんば騎士を使うとなっても、領地を持つような貴族はそれぞれ騎士の内部に自分の勢力を持っていて、その勢力を指名したはず……」

 その通り。

 私の故郷、アンタンシフ領での騒ぎだったならば私が呼ばれていただろう。それが叶ったかどうかは別として。

 ルーイの指摘通り、ティス・クラウスなどの騎士団に勢力を持つ貴族ならばその勢力に属する誰かの出征を要請しただろう。

 その場合は現実で行われたクリスの出征と比べて派遣される騎士の規模は勢力争いの都合上小さくなるだろう、けれど貴族がそれを補助するならば結果は変わるまい。

 なるほど、たしかに今回のドラゴンは都合が良すぎる。

「おいらとルシエが絡んでる計画なのに、スムーズすぎる。この計画に多少なりともリザが絡んでいるから、その天運がこっちにも及んだ……って楽観的な解釈もできるとはいえ、だとしたら嫌な『霧』の匂いなんてするはずがないし、もう一人も動かない……」

 アカシ・ロについては微妙なところだが、確かに天運による『偶然私たちにとって都合の良いことがおきた』だけだとしたら、もう一人が動くのがおかしい……、のか。

「で、とどめ。ルシエの名前で百合宮に資料を集めて貰ってたけれど、その資料を読む限り、シェーヌ領にトネールドラゴンはおかしいよ。ルシエも『雷を纏い、雨を嫌う』竜だってことは知ってたでしょ。なんでシェーヌにそれが出てくるの? シェーヌの異名、知ってるでしょう?」

「…………」

 『大河と船』、『水の都』――『恵雨領域』、シェーヌ。

 つまり、ルーイが言いたいことは。

「『プラチナ』『第五位』、『竜騎兵』アルベリク・ホ・クレーヌ。……彼が今回の仕掛け人だということね」

「いや、おいらは違うとみてる」

「え?」

「ルシエの言うとおり、ドラゴンを誘導できる存在は限られているけれど存在はする。その筆頭がアルベリク・ホ・クレーヌだっていうのもおいらには賛同するけれど、アルベリクはただの実行者。恐らくは……『依頼』で、運ぶことを頼まれたんじゃないかな」

 依頼……、なるほど、冒険者ギルドを通しての依頼か。

 もちろんクエストボードに張り出されるような依頼ではなく、ゴールドでも極めて限られた人物か、あるいはプラチナにしか見ることが出来ないような金色枠の秘匿依頼。

 冒険の難易度的にも相応しいし、『もう一人』が陛下に警告できた理由にもなる。

「冒険者ギルドがこんな犯罪すれすれの依頼を承諾している時点で、依頼主はかなり限られる。それを犯罪じゃないと断定できる、もしくはそれを犯罪ではないと免罪できるだけの実力者だけだ。報酬的にも制限が掛かるとなると、いよいよ絞り込みは簡単だ」


「依頼主はまずクリストフ・ロワ・エパーニュだ――と、おいらは断定するよ。……つまりおいら達は揃って出し抜かれたんだ。クリスにね」

登場人物:

 シェンタート……騎士。

 アルベリク・ホ・クレーヌ……冒険者。

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