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護りたかった彼のために  作者: 朝霞ちさめ
第二章 クリスの出征~失われたもの
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ずるい生き物

 朝の日課を終え、根元から折れた剣をその場に放り捨てた丁度その時、背後にクリスが近寄ってきた。

 少し前から気配はしていたのだけれど……。

「すまないな、ルシエ。朝の鍛錬を邪魔するのも悪いと思い、終わるのを待っていたのだが。却って気を遣わせたか?」

「いいえ、クリス様。その程度でオムレツは不味くなりませんわ」

「頼もしいな」

「いえ……」

 その声に違和感を覚えて、振り向けば。

 クリスはなぜか、王国騎士の甲冑を装備していた。

「……まさか、あのお話に関わることですの?」

「うむ。父上……陛下の許可は、既に戴いている」

 あのお話というのは、四日前ニコラ国王に対して行われた王国歴七百二十四年・シェーヌ陳情の件に違いない。

 王国北西部、直轄領シェーヌに顕現したドラゴンの討伐依頼……。

 普通、ドラゴンなどの脅威が顕れたとき、その対処に当たるのはその領主の役目となるけれど、領主が直接それらを討伐できることは希だ。大抵は、領主の名前と地位によって冒険者を雇い、それによって解決することになる。

 たとえ今回ドラゴンが現れたのがシェーヌという直轄領であったとしても、原則は変わらない。シェーヌの領主は敢えて言えば国王陛下であるのだから、そこに現れたドラゴンをどうにかするのは陛下の役目だ。

 更に補足するならば、たいていの場合で領主が冒険者を使うのは、領主が独自の兵力を抱えていないからであって、陛下のように国家兵力を自由に扱える者が責任者である以上、ドラゴンの討伐は王国の兵力、つまりは騎士に任せるのが最有力手だったはず……いや。

「ドラゴンの討伐ともなれば、騎士側にも相応の被害は生まれるだろう。そこで指揮官を誰にするかという話になるわけだが、騎士団長は王城の警護から外れることが出来ぬ」

 本末転倒な話だよなあ、と言外にクリスは嗤う。

 明け透けな事を考えるものだ。王子だから許されることよ、それは。

「そして間の悪いことに、騎士団長は代替わり直後。『次期騎士団長』の候補は多く、此度の件を解決するという武勲は大きすぎる……無論成功したらの話だが、成功したらそれでほぼ『決まり』だろうな。騎士団内部で誰が行くのか暗闘が始まる始末だ。だからこそ、俺が行く」

 クリスの力量は確かなものだ。幼い頃から先の騎士団長と手合わせを続けてきただけのことはある、この国でもトップクラスで間違い無い。つまり力は十分だ。

 それに立場も悪くない、どころか極上だ。騎士という軍勢を王子が統率することには何も問題が無いどころか、極めて正常に近いものだろう。権威もよって存分だ。

 最後に、クリスに騎士を率いるだけの統率力、カリスマ性があるかという話になるけれど、これもやはり問題ない――陛下の息子と言うだけのことはある、彼にもカリスマは間違い無くあるし、兵の動かし方も知っている。

 陛下の勅令があれば騎士団は内部での争いを一瞬でやめるだろう、そしてしかるべき方法で向かう者を決定するだろう。けれど陛下はそれをしなかった……、陛下には、もうその先が見えている、かしら。

 私からすれば、それは次善策だけれど……陛下がそれに気付かないとも思えない。となれば、多少のリスクを負ってでも、今はクリスの成長を助けたいと思ったのかも知れない。

「ご武運をお祈りしますわ」

「うむ。……こういうときに、あれこれと口出ししないのはルシエ、お前の良い所だな」

「クリス様が立った以上、既に勝ち筋は乱しているはず。それを改めて問いただすような野暮な事をしたとて意味もありません」

「そういうことだ。……が、一つ。ルシエに確認しておきたいことがある」

「なんなりと」

 私が深く礼をすると、クリスは満足げに「うむ」とうなずき、核心を突いた。

「報告にある状況からして、今回の討伐対象はトネールドラゴンであると見ているのだが……どう思う?」

「私も同じですわ。雷を纏い、雨を嫌う。しかして穴蔵ではなく、地表においてその力を振るう竜……」

 討伐難易度は……まあ、そこそこ高いが、そこそこ止まり。

 きちんと要点を押さえていれば問題なく、抑えることができていなくとも数で押せる相手だ。

「それを聞いて安心したよ。ならば少しの間、留守にする。ルシエも小僧も健康を保ち、俺の帰りを待っていてくれ。あまり時間は掛けないが、帰ってきたらその分も含めて愛してやろう」

「はい、嬉しゅうございますわ、クリス様。改めまして、ご武運を」

 これが末期の別れとはなるまい。騎士はそこまで無能ではない。私たちの想像を超えるような何かがあれば、問答無用でクリスを逃がすくらいの事は出来て当然だ。

「うむ。行ってくる」

 満足そうに。

 堂々と頷き、クリスは百合宮の庭から歩み出て行った。

 その姿が見えなくなった頃、「ルシエ様」、とルーイが声を掛けてくる。

「よろしいのですか? クリス様には問題が無いと思うのですが……」

「その前に、ルーイ。しばらくクリスも帰ってこないみたいだし、ラフでいいわよ」

「なら、遠慮無く」

 ……ある意味、ルーイはリザと似てるのね。その場に適応する力がとんでもなく高い、みたいな点においては。

「クリス王子は問題ないと思うけど、騎士には結構死人が出るよ?」

「そうね。クリスが出る以上、出征扱いに準ずる形でしょうし、兵站も含めてすさまじい数の人と物が動くわ」

「それでも戦闘員は二百が良いところだよ。まあ、二百も騎士がいればトネールの討伐はたやすいだろうけど……、計算上、よほど上手くやっても十は帰ってこない。残りの百九十だって、三十くらいは結構な怪我になる」

「あなたの計算はいつも正しいものね、となれば、今回はそういう結果になるか……」

「『最善』とはほど遠いよ。なのにルシエは止めなかったね」

 批難するように。

 いや、『するように』ではなく単純に私を批難し、ルーイは息を吐いた。

「ルシエにとって、それはクリスと末期の別れにはまずならない。伝達ミスがどんなに起きようと、絶対にクリスだけは生還するだろう。けれどクリスに率いられる騎士は、末期の別れになることもある。『最善』を追求すれば助けることの出来るはずの命なのに」

「そうね……あなたの言うとおりよ。クリスに騎士を率いさせて討伐させるのは、まあ、上から三番目くらいの手でしょうね」

 少なくとも一つ上に、前騎士団長に一任するという方法がある。そうすれば次期騎士団長争いなどという事はせずに、精鋭の一部隊で十分対応可能だろう。

 但し、リスクとしてその精鋭の一角が失われる可能性はある。ニコラ陛下はそれを嫌ったという部分もあるはずだ。

「最善手は言うまでも無く、ルシエが行くことだったはずだ。おいらとルシエが揃っていけば、ドラゴン程度は片手間でしょ。しかもリスクもだいぶ薄いよ。おいらたちが死ぬかも知れないけれど、王子の命よりかはかなり安い」

「自分で自分の命を安いとか言っちゃダメよ、ルーイ」

「……はあい」

 伸ばすな。

 気持ちは分かるけれど。

 そしてルーイの言うとおり、私とルーイで対処に当たれば、そもそも騎士を動かす必要すらも無いだろう。

 私はかつて『冒険者』として、その高みに登った――自惚れではない。ただ、実績からそう断言できるだけだ。

「陛下がおいらたちの事を把握してないなんてことも無いでしょ」

「そこまで分かってるならば、ルーイにも見えてるんじゃないかしら?」

「…………。見えるわけじゃないよ。可能性として挙げられる程度」

 ルーイはそう言って、私の腰に手を回して抱きついてくる。

「ルシエも、国王陛下もだけれど。未来ばかりを見て、足下(いま)を見落としちゃってるんじゃないかとおいらは不安だよ」

「私については不安に思っておいて頂戴。そして私が足下を踏み外しかけたら、どうかその前に忠告して欲しいわ。けれど陛下については必要無しよ。グェン様がいるもの」

「……そうだね」

 今回の裁定はニコラ陛下が行った。そしてその場にはグェン様も同席していた。

 グェン様は、ニコラ陛下の決断を『是』としたわけだ。

 その上で、ならばニコラ陛下はなにを見たのか?

 騎士の命を十ほど捧げ、更に四十ほどを怪我に至らしめてまで、何を望むのか?

 そんな事は決まっているわ。

「ニコラ陛下はクリスに、次の一歩を歩ませるつもりよ」

「……遅かれ早かれ、ってルシエは言ってたけれど、それが来たって事?」

「…………」

 ルーイの問いに、瞬間、回答できない。

「図星じゃん。繰り返すけど、おいらは不安だね。遅かれ早かれ。それはきっと真実なんだと思う……クリスにあの森に辿り着く資格はあるってルシエは見ていて、きっと陛下もそう見たんだろう。でもそれは、まだ早いんじゃないかな」

「遅かれ早かれ、よ」

 そう。どちらにせよクリスは今、その一歩を踏み出さなければならない。

 あの森に辿り着き何かを得てきた彼を、私たちは殺さなければならないのだから。

「ルシエ。表情が硬いよ」

「誰かさんのおかげでね。……息抜きに少し付き合いなさい、ルーイ」

「付き合うって、どこかに行くの?」

「湯浴みよ」

「……おいらは遠慮したいんだけど。絶対それだけじゃ終わらないよね」

 もちろんそれだけで終わらせるつもりはない。

 それに。

「あなたにとってもメリットは十分に用意しているんだけど」

「……横暴だ」

「嫌なら付いてこないでも良いわよ」

 私がそう言って歩き出せば、数秒の躊躇の後、結局後ろをルーイが追いかけてくる。

「後の検討をするとなれば、一緒じゃないと困るのはおいらだからって、ずるいよ。ルシエは」

 そうそう。分かっているじゃない。

 私はずるい生き物なのよ。

 ……あれ。

 せめて今のは、『ずるい女なのよ』と考えるべきだったのだろうか?

 いけないわね。

 王城の色は、私さえ染めるにたり得るか。

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