護りたかった彼のために
「愛してたのよ。私は、ルーイを。間違い無く」
「…………」
「だからね、テオ、リザ。私にとってルーイとは、『私が愛する唯一の人』よ。……そして、私が唯一護りたかった人物よ」
堂々と公言できる日がくるとは、正直思いもしなかった。
まさか王子との婚約者が他の男を愛しているなど、表沙汰になれば大問題にしかならない。
「……ええと。ルシエ。ちなみにその事、クリス様はご存じだったのですか?」
「もちろん。隠しておいて後で実はそういう関係でした……なんて露見してみなさい、暗殺計画をたてるまでもなく私はクリスに殺されかけて、それをいなす形で私はクリスを殺してたわ」
「それはそれで聞き捨てならんぞ、ルシエ」
けれど事実だ。
だからクリスと婚約することが内定した日、私はクリスと二人きりの時間を用意して貰い、そこでルーイとの関係を暴露している。
「兄上は良くもまあ、認めたな」
「あら、テオは意外とクリスのことを知らないようね。……その時のクリスの回答は、『ははは、なるほど、つまりは愛人と言うことか。良いじゃないか、英雄色を好むと言う。ルシエ、君は間違い無く英雄の部類だ。そのくらいは当然だろう』よ?」
「兄上……」
テオは頭を抱えて軽く振った。どうやら本当に知らなかったらしい。
「いや、その手の性格だとは把握していたがね。私とて、弟だ。……だが、だからこそ解ってしまうと言うか。兄上、その場で条件を出しただろう」
「ああ。そういう意味で頭を抱えていたのね」
「ということは……」
「その通りよ。クリスはルーイという愛人を認める条件として、自分自身の愛人としても認めさせたわ」
「え。待って下さい。私は味見すらしたことがないのに、クリス様はルーイくんの味を知ってたんですか。ずるくないですか、ソレ」
「ちょっと待て。リザ、何を言っているんだ」
「え? ……あ、いえ。なんでもありませんよ?」
うん、まあ、恨むならば中途半端に察しの良かった自分を恨みなさい、テオ。
「はあ。クリス様生き返ってくれないかなあ。私も一度殺さないと気が済みません」
「リ、リザ……? おーい?」
「テオ。リザをああも歪めたのは王城の式と色よ。それにあなたも加担している以上、あなたにも責任はあるわ」
ソーンが無事ならばここまで色に染まることもなかっただろうけれど、そんなもしもの話をしたところで意味は無い。良い具合に話が横道に逸れたところで、そろそろ夜も更けきって、あとは明けるのを待つばかり。
「まあ、いい。いや良くはないが、そのあたりは今後相談していこうじゃないか、リザ。今はルシエ、君に改めて聞くが。ということは、ルーイという少年はやはり、『ルゥ・イ』――魔法封印術式の要として使われたはずの冒険者だったのか?」
「恐らくは」
今でも確実な証拠がない。だから絶対にそうだとは言えない。
「でも、そんなことはもうどうでも良い。……あの子はただ、私が唯一愛した人だった。将来どこかの歴史家が私たちの研究をしてくれたとき、『ルーイという少年は、ルシエという婚約者の愛人であり、唯一愛した人だった』なんて表してくれることを願うばかりよ」
「そんな未来は嫌になるな……」
テオは呆れるように言う……うっすらと、空の果てが明るくなってきた。
「……だった。そう、だった。過去形か。嫌になるわね」
それなりに死というものとは向き合ってきたつもりだった。
けれど、やはり……特別な存在のそれは、特別だった。
どうしようもないほどに。
「ねえ、ルシエ。話をきいたからこそ、改めて言いますよ。なんで逃げないんですか。ルーイくんは……せめて、ルシエだけでも逃がしたいと。そう願っていたんですよ?」
「そうね」
けれど。
「そう願ったルーイの望みを絶ったのはあなたよ、リザ。あなたが私を拘束するのではなく、ルーイを拘束することで私の足を止めると提案した時点で全ては決まったの。私が逃げればルーイが殺される。私はルーイを護りたい。ならば私が此処に残るのは、至極当然のことでしょう?」
「…………」
だから私はここで断罪される事を選んだ。
ここで断罪されたなら。
ここで処刑されたなら、ルーイは解放される……ということになっている。
……本当は、ずっとずっと、護っていてあげたかった。
けれど結局、私は失敗していたのだ。
そして結局――私はあの子を、護り続けることなどできないのだ。
だからせめて一分一秒でも長くの時を、そう思っての行動だ。
「夜明けか。最後の朝陽……晴れたのは幸いだわ」
最後の日を晴れで迎えることが出来た。
それは単に祝福されているようで、喜ばしい。
「どうせ死ぬなら雨の中より、晴れ渡る陽の下で――か? お前らしくもない」
「そうかしら? ……そうかもしれないわねえ」
「ああ。私が知っているルシエは――リュシエンヌ・ニ・アンタンシフという厄介極まる冒険者は、結局私たちの定規では測れないようなことをしてのける。だからこうして話しているのも、実は時間稼ぎなのではないかと勘ぐりさえしているさ」
「そう。テオらしいわね」
太陽がゆっくりと昇る。新たな朝が訪れる。
「けれどやっぱり、テオはテオね」
「……どういうことだ?」
「それは確かに正解だけれど、気付くのがほんの少し遅かった。そういう事よ」
朝陽から視線を外す。
そして振り向き、テオに顔を向け、笑う。
「私はルーイを、護りたかった。けれどルーイはもはや助からない。逃げ出すことは、叶わない。私も彼も、どちらもね」
だからこそ私は諦めることが出来た。
「私が究めたものは『探知』。何かを探り何かを知るという力」
「……え? ルシエ、何を――」
「私はあの森で、限界の壁を失ったけれど――私はあの森で、何も得ていなかった」
条件は満たされていなかった。
それはつまり、またあの森にたどり着けるチャンスがあったと言うこと。
「テオ。あなたは正解だったのよ。あなたの言うとおり、『私は時間稼ぎをしていた』――」
空を眺める。朝陽は世界を照らしてゆく。
そしてその陽に照らされた場所は、白く欠けるように塗りつぶされる。
「え……、何が……」
「護りたかった彼のために、頑張ったつもりだった。けれど私はこのままでは護れないと探知してしまった。その時、私は『絶望』したのよ。だからね。私はまた、たどり着けた」
そしてそこで私は授かった――『限界の壁』を越えるための手段を。
「光の森の子供達は言いました」
護りたかった彼のために、
何かをしたいと言うならば、
世界を壊してしまえばよいと。
「だからルーイが助からないなら、私は世界をこの手で壊す」
◇
その日昇った朝日はただ、世界を白く焼き尽くした。
◇
――はずだった。




