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護りたかった彼のために  作者: 朝霞ちさめ
第五章 帰還が暴く彼の影
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地位を欲せば手を伸ばせ

「父上。ご無沙汰しております。……少しお疲れのようですわ」

「ふむ。そうかもしれないな。だが領民からの陳情はできる限り聞かないと……」

 それで、と父上は書類の束を押しのけて私とようやく顔を合わせ、つぎにルーイに視線を向けた。

「ルシエが拾ってきたとは聞いたが、なかなか愛らしい子じゃないか。……問題は、何処で拾ったか。事前に聞いた話だと街だそうだね」

「ええ。けれどルーイは確かに、南部大山脈に住んでいたようですわ」

「そうか……」

 あらかじめ事情の殆どは父上に伝えてある。

 私が見てきた事、そして私の仮説も含めてだ。

 無論、仮説は仮説。父上がそれを聞いてどう判断したのか、それに関して聞くために、私はここに来たと言っても過言ではない。

 私には見えなかった者でも。

 父上にならば、見えているのかもしれない。

「詳細な被害だとかは家臣に纏めさせている。ルシエのことだ、既に要求はしたんだろう」

「はい」

「ならばその辺の説明は省こう。だからこそ、重要な点だけを挙げる。私が観測した範疇において、私が真相だろうとみていいるのは……」

 す、っと。

 私に差し出されたのは、古びた書物だった。

 ……これは。

「詳しくはルシエも自分で読むべきだが、それは王国歴百二十二年、時のアンタンシフが記した書物……。魔法封印術式の概略。『魔法を封印しつづける魔法』、その発動には王政府が選抜した八人の魔法使いと、その術式を刻む『核』として一匹の生命力に溢れた狼、そしてその術式の要になるべき性質を持った『イ』の冒険者の青年が南部大山脈の象徴地に送られた事が記されている。その上で、私はそれ以前の記録も読んでみたのだけれど、『霊峰』という単語が出てくるのはこの書物が最初だ」

「…………」

 こじつけ……の範疇は、越えているのか。

 だとすると。

「その上で聞くが、ルシエ。白に布地に赤い線だとか、そういうものに見覚えは?」

「ありますわ。……それは何を意味していますの?」

「『イ』の冒険者が纏ったとされる服だよ。生贄として選ばれた彼が自分で選んだそうだ」

 ……あれが、『イ』の衣服だと言うことはわかっていた。

 だから驚きはしない。驚きはしないけれど、……けれど、だとしたら結局、ルーイが何なのか。

 生贄に捧げられたのは冒険者だけじゃなかった? いや、それはない。王国としては記録を嫌っていたとしても、アンタンシフはその記録を取っただろう。そしてそのアンタンシフの記録に、ルーイに該当する子供は含まれていない。

 そして狼はあの狼のことだ、ルーイがおかあさんと慕っていたあの狼だ。

 そして父上が調べた限り、狼の後悔(ルゥ・リグレ)という名前で呼ばれる霊峰は、それまで霊峰として記録されたことがない。いや、霊峰そのものが、本来はなかった……?

 なにもなかったあの森こそが象徴地で、そこに術式を設置したとき、狼を核として霊峰が作られたのか? だとしたら、霊峰はその生贄にされた狼そのものが変じたもの……、そこに、冒険者の『イ』も含まれていたとして、ならばルーイとは、本当の意味であの狼の子供だったのか? 生贄に捧げられた狼と冒険者の『イ』の要素を受け継いだ新たな存在として。

「ついでに補足するとね。『イ』の称号をかつて与えられたその存在は、銀髪の青年だ」

 それは知っている。だから私は初めてルーイを見た時、『符合しない』と思ったのだ。ルゥは確かに銀髪だけど、なにより年齢がかみ合わない……ルーイを『青年』と呼ぶのは無理があるだろう。

「そして『イ』が術式の要となったのは、彼が持っていた魔法とは違った力に起因している。その力は曰く、『消す力』。……けれど、ついに『イ』はそれを自覚したことは一度も無い」

「……どういうことですの?」

「魔法に対価があるように、『イ』の力にも対価がある。それだけのことさ。そしてその対価は、時間。『イ』は力を使うと、その分だけ『時間』を失う。だからこそ、『イ』は自分が力を持っていることさえ不確かなんだ。その上で、力を使えば『時間』が奪われ、力を使ったという記憶が失われる……そして、身体もそれにあわせて『戻される』」

 時間を対価に失う……、記憶が失われる、身体もあわせて戻される。

 ……つまり、外見的年齢は幼くなる可能性がある。

「ルシエだって多少は引っかかりがあったんだろう。だから彼の愛称にイを付けた」

「それは買いかぶりですわ。本当に、偶然、私はイを付けただけ――」

 あのおかあさんと呼ばれた狼からルゥと名付け、ルゥ・リグレと名前が被るからと別の愛称を付けるに至って、元の語感を失わないように――そして、あのバッヂの裏に刻まれた『イ』の称号を思い出して、ルゥ・イ、ルーイと呼ぶようになっただけ……だ。

「ほら。やっぱり、ルシエはルゥ・イと呼んだんじゃないか」

「…………」

 父上は笑う。

「その当たりも私とよく似ているよ。常に正解にはたどり着ける……ただし、正解にたどり着いたことに気付けないだけでね。その結果、正解を通り過ぎた間違いしかない原野をひたすらにさまよって、なんとか拾い上げた正解らしき間違いを正解と思い込む。うん、実にルシエもアンタンシフらしいアンタンシフだ」

「家系を通してずっとそうだったのだとしたら、アンタンシフ家はそろそろ滅ぶべきですわ」

「ルシエの言にも一理はあるが、今回は別な理由で滅ぶ理由は産まれたね」

「はい。父上が調べ上げた事も含めて、ならば断定しましょう。術式は既に破られていると。王政府に釈明が必要ですわね」

「ああ。約束を違えてしまった。赦しを得る為の貢ぎ物は必要だろう……」

 父上はそこで一度言葉を切ると、私とルーイを連続で見てから眼を細める。

 言わんとしていることはわかる。

 わかるけれど……。

「受け取って戴けますの?」

「可能性は高いだろう。第一王子、クリストフ様は少々力が強すぎる――そのクリストフ様に釣り合いを取る意味合いで、ルシエ、君を推す声はちらほらと既にある」

「なるほど。……ところで父上。その前に一つ確認を」

「なにかな」

「来月私の称号が変わるのはご存じですね?」

「うん?」

 きょとんと。

 父上は小首を傾げるようにして、私に説明を求めてきた。

「家に帰る調整を冒険者ギルドにお願いしている間に、少し時間が掛かる見込みもありましたから。ダメ元で色々と工作したのです」

「というと」

「決闘を第四位『クラウス・ニ・アトリアム』に申し込みました。勝ちました」

「…………」

 プラチナの階級にある冒険者は、自分よりも上位の階級にある冒険者に対して、ギルド公認の上で決闘を申し込む事が出来る。

 下位の冒険者が勝てば階級を横取り出来る。もちろん、上位の冒険者はこの決闘を断る権利があるし、普通は断る。メリットがないのだ。

 だからこそ、『そのメリットさえ準備できるならば』、決闘を受けて貰える可能性はあった。

「……つまり、ルシエは来月から、リュシエンヌ・ニ・アンタンシフになると?」

「ええ」

「クラウスといえば、『神弓』の異名を持つ冒険者だったな。……彼が決闘に応じるとは思いもしなかった。何をした?」

「何をと言われましても」

 私はそこで笑みを浮かべると、ルーイの表情が引き攣ったのは見なかったことにする。

「家族を人質にしました」

「……冒険者ギルドは、良くそれを認めたな。クラウスも災難だ」

「父上。誤解があるかもしれませんが、私が人質にした家族は父上の方ですわ」

「うん?」

 相手の家族を人質にして、その人質の解放を盾に決闘など、冒険者ギルドが認めるわけがない。

 けれど自分の家族を人質にしての決闘ならば話は別だ。

 私が負ければアンタンシフ家の当主としての権利全てを差し出し、アンタンシフ家の当主やその娘である私を始め、全てのアンタンシフ家の人生を差し出すという条件で決闘を行った。

「待ちなさい。私はそのような許可を出した覚えはない」

「アンタンシフ家の決済印は私も持っていますわ。家出するとき、予備のものを拝借しましたの」

 単に飛び出すだけでは野垂れ死ぬ可能性はあった。なので保険として持ちだした者だったのだけれど、役に立ったというわけだ。

「役に立ったと言うわけだ、とでも言いたげに誇らしそうだが、やっていることはとんでもないな。勝ったから良いものの、負けたらどうするつもりだったんだ」

「その時はクラウス・ニ・アンタンシフという新しい当主が誕生していたでしょうね。その場合はこの困難に対策する責任もクラウスに移るわけですから、問題はありませんわ」

「いや、その場合は私がたぶん酷い目に遭うのだが……やれやれ。まあ、ルシエが決闘を申し込んだ以上、勝機は十分にあったんだろうがね」

 その通り。

 負ける可能性が二割ほどあれば大人しくしておくつもりだったのだけれど、色々と観察している中でまず勝てるだろうと判断、実行したというのが真相だ。

「ちなみに、どう勝ったんだい」

「初撃で弓を持つ腕を潰しました。あとは適当に」

「『朝ご飯のついでに洗濯を済ませました』のような気軽さで言うか……」

 言い得て妙な表現をする父上だった。

「ルシエ。お前、どこまで強くなったんだ?」

「それがよく分からないのです。ギルドでも『現状、剣・弓・槍を持つ限りにおいて私は最高峰にあるとしか言えない』とお手上げをされてしまいました」

「お前のおてんばも究まったという事だな。まさかそれで第四位まで拾ってくるとは思いもしなかったが」

 喜ばしいやら悲しいやら、と父上は嘆き、しかしすぐに切り替える。

「良いだろう。地位が伴うならばそれを待った方が良い。来月、ルシエが『ニ』を戴き次第、王政府に打診を行う事にしよう」

「ええ。ルーイもつれて行くことになると思いますわ。その当たりも調整をお願いしたいのですけれど」

「分かった。その代わりだ、お前に頼みたいことがある」

「後継者。ですのね」

「うむ」

 既にこの時点で、王政府に私が送り込むことは決まった。話の流れからして、第一王子、クリストフに嫁ぐことになるのだろう。それによってアンタンシフの存続を護ると同時に、あの大崩落の『そもそもの原因』を探る。それが私の仕事になる。

 王政府としても『ニ』という第四位の権威をもつ私が嫁ぐというのは影響力から無視できないし、クリストフ王子の婚約者問題には頭を痛めているだろう、その一助にはなる。もし私がクリストフ王子の眼鏡に適えばそれでよし、最悪は『名ばかり』でもとりあえず婚約ということにしておくとかは考えるのではないか。

 ただし、アンタンシフ家としてはこの話、必ずしも良い話とは言えない。

 アンタンシフ家には今のところ後継者になりうるのが私しか居ないのだ。その私が第一王子に嫁げば、当然、アンタンシフ家の後継者がいなくなる。そうなると消去法で私に結局後継者としての椅子がくるのだけれど、その時私の立場が第一王子の王太子妃だと、王国の法によって自動的にアンタンシフ家は王政府の直轄領に変質してしまう。

 つまり、アンタンシフ家がなくなるのだ。それでは私が嫁ぐ意味が無い。

 けれど私が嫁がなければ、術式維持の命を果たせなかったとしてお取り潰しの線が濃厚なので、嫁がないという選択肢はない。

 よって、嫁ぐ前提で、新たに後継者をでっち上げる必要がある。

 それも期限付き……具体的には、父上が死ぬ前までか。

「ルシエ。今更言うまでも無いだろうが、次世代のアンタンシフを継ぐというメリット以上に責任が大きい。その責任に潰れない程度には頑丈でなければ困るよ。その上で心当たりは?」

「即答はしかねますわ。……けれど、そうですわねえ」

 それこそクラウスを呼びつける……、いや、正当な手続きを取って養子にするには年を取り過ぎている。

 十二歳未満じゃないとダメなのよね。

 女を養子に取るならば、他の貴族の次男や三男を婿に貰って……という事になるでしょうけど、今この状況のアンタンシフに来たがるような危機管理能力の無い者にアンタンシフは任せられない。

 となると、養子に取るべきは男。

 ある程度一般の教養があって健康、かつ一定の決断能力がある誰か。

 ……これも何かの縁か。

 あの港で出会った、桜花亭の兄弟を呼びつけるとしましょう。

「招待状を三通用意して戴きますわ。三兄弟の全員を呼びたいので」

「ふむ。良いだろう」

「そろそろお休みになさいましね、父上」

「ああ、そうさせて貰うよ。下がって良し」

「では、失礼」

 一礼をしてルーイと共に部屋を出る。

 途端、ルーイは困惑がちに。

「……ねえ、ルシエ。おいらは、何者なの?」

 その声は微かに震えている。

 何時以来だろうか、こんなに弱気なルーイを見たのは。

 ……最初の時。あの、『おかあさん』という狼を看取った時以来か?

「私にとってルーイはルーイよ。ルゥ・イだろうがルゥだろうが――どんな真相があったとしても、あなたはあなた。他の誰が何と言おうと、」

 そう。そこにどのような真相があったとしても、たとえ彼には『正体』のようなものがあり、それが私をも遙かに超える力を持ちうる存在だったとしても――かつて『イ』の称号を受けた張本人だったとしても。

「私はあなたを護ってみせるわ」

 だって私は、ルーイを。

 ルーイだけを。

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