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護りたかった彼のために  作者: 朝霞ちさめ
第五章 帰還が暴く彼の影
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花の城

 時間が経てば経つほど得られる情報の精度は上がり、代わりに新たな情報が減ってゆく。当然のことではあるけれど、大崩落から半年が経った今日に至って、新たな情報などというものは出てこない。

 だからこそいい加減潮時だ。色々と理由を付けて頑なに帰る時期を延ばして伸ばしてと来たけれど、いよいよ帰らなければならない。

「はあ。嫌だわ」

「……なら、帰らなきゃいいのに。ルシエなら逃げられるでしょ?」

「まあね。けれど私個人が逃げたせいでアンタンシフ領の領民が……いえ、王国、あるいはこの世界の人々が滅びを向かえました、なんてなると目覚めが悪いでしょう?」

「滅んでるなら目覚めはいっそ良いんじゃない? どうせ目ざめないんだよ」

 ルーイは時々過激なことを言うようになった。

 私に影響されたのか、それとも素がこっちなのか……たぶん私のせいだろうなあ……。

 半年前にルーイを拾って以来、半日以上ですらも別行動をしたことがない私たちだった。

 ルーイが私を慕っているというか、私に依存しているのもあるし、逆もまたしかり。私もなんだかんだでルーイに依存してしまっている――いや、これで存外、戦い以外については教えるまでもなく『出来る』のだ、この子。

 料理も私より上手だし。

「で、ルシエ。帰らなきゃ行けないっていうなら、せめてあと少しでも足を動かせば?」

「嫌よ。近付いたらいつか実家に付いてしまうわ」

「だそうなので、御者さん。すみません。許可は貰ってきたので、このまま門を突っ切って下さい」

「え、ルーイ何言ってるの?」

「さっきルシエのお父さんと話してね。『ルシエがどうしても馬車から降りようとしないなら、門を壊そうと一切を不問にするから馬車ごと叩き込め』って指示されたんだ。これ、命令書ね」

「まって、アンタンシフの決済印まで押されてるじゃない。これ本物よ。どこで手にいれたの、ルーイ」

 行動力には驚かされるわ、本当に。

「目と鼻の先にあるルシエの実家、アンタンシフ領の領主の居城、通称『花の城』でだよ。だってルシエ、馬車でここまできてから一週間は居座ってて、いい加減御者さんも可哀想だよ」

 まあ、そうなのだけど。

「……で、その様子だと、父上はあの件。認めてくれたのね?」

「うん。こっちの命令書」

 そもそも、ここまで全部が茶番なのだった。

 というわけで、新しい情報もいい加減手に入らない、となれば情報を統括して正しく成形しなければならない。つまり、実家に帰って作業をしなければならないという結論に至ったのが一ヶ月ほど前。

 その意向はギルドを介して実家に伝えておいたのだけど、ここで一つの問題が発生した。

 ルーイの処遇だ。

 困った事に、ルーイを拾ったのは私が『アンタンシフ』の名前を改めて背負った後のことである。それはつまり、リュシエンヌ・ム・アンタンシフという貴族が一人の子供を拾い上げたということだ。

 ルーイが女の子だったならば問題は無かったのだけれど、ルーイはご存じの通り男の子であり、貴族の令嬢がたとえ子供とは言え、男を拾ってきましたなどといえば即座に縁を切られるだろう。

 実際やることやってるし。

 じゃなくて、その辺の有罪無罪も関係なしに論外なのだ。

 だからアンタンシフ家は、『ルーイという子供を私の婚約者だった』という体で迎え入れることを提案してきた。もちろんそれに至るためには相応の小細工が必要だし、ルーイの身元についてはこっちで勝手にでっち上げることになるけれど、それが一番自然だとアンタンシフ家のご意見番達は考えたわけだ。

 が、これに反対したのが当事者である私と父上だった。私は確かにルーイに依存してるような部分もあるしルーイを手放す気もさらさらないけれど、ルーイと結婚するか、と聞かれると多いに疑問符が付く。倍ほどの年齢差のある相手を一方的に寝取……、娶る貴族令嬢って聞いた事が無いわ。父上も似たような理由だけど、もっと真っ当な理由として、『どこぞの馬の骨とも知らん奴をアンタンシフの次期当主にできる状況じゃない』という切実な理由でもある。

 そしてこの二つの理由からご意見番は妥協案として『ルーイを一度捨てて、そのあと改めてアンタンシフ家として養子に迎えるのはどうか』と打診してきたけれど、これに反対したのがまたも私と父上だった。今ルーイをアンタンシフの養子にしてしまえば姉弟という立場になってしまうわけで、そうなると倫理的にルーイとの行為が咎められてしまうからだ。尚、この主張をした際、『既にアウトですよ?』と仲介役をしていたギルドの担当者が言外に伝えて居たような気がしたけど黙殺している。

 じゃあどういう状況でどういう関係としてルーイを迎え入れるのか、この調整に手間取ったというのがこの一週間の真相で、結果はルーイが持っている命令書にして決定書にある通り。

「『リュシエンヌ・ム・アンタンシフは半年前、現地で専属の使用人としてルーイを購入した。よって、ルーイをリュシエンヌ・ム・アンタンシフに専属する使用人、執事(バトラー)として遇する』……よろしい、満額回答ね」

「……ルシエも大概だけど、ルシエのお父さんも大概だよね。経緯はどうあれ、ルシエと同じ結論出してるし」

「父上には私の気持ちが分かるのよ」

 なにせ父上は『男として産まれた私という可能性』のようなもので、逆に私は『女として産まれた父上という可能性』のようなものだとさえ言えるのだから。

 それほどまでに嗜好が似ているし、思考も通っている。だからこそ家出したんだけど……、その辺はさておいて、と。

「長居をさせて悪かったわね。御者さん、これ、お代金よ」

「……はあ。いえ、まあ、良いんですけれど」

 いまいち歯切れが悪いのは、この御者がそもそも私の実家、『花の城』に所属している人物だからなのだけど……まあ、臨時手当(ボーナス)が出たとでも思って貰いましょう。

「ねえ、ルシエ。おいらの立場って、結局どうなるの?」

「私専属の使用人……執事ね。アンタンシフ家には今、使用人と言えば女性しかいなかったから、一時、男の使用人はあなたが唯一になるでしょうね」

「一時って事は、増える?」

「あなたが必要だというなら雇っても良いわよ」

「じゃあ要らないよ。ルシエはおいらがお世話する!」

「その意気よ。……とはいえ、『おいら』は問題かも知れないわね。『私』か『僕』か、公式の場ではどちらかにして貰う事になるわ。一応貴族の使用人……だからね」

「ふうん。……えーと」

 こほん、とわざとらしい咳払いを一つして、ルーイは言う。

「このような形で宜しいでしょうか、ルシエ様」

「…………。不気味なくらいの適応力ね……」

「お褒めに与り光栄です。それと、アンタンシフ様が早速お会いになりたいとか」

「本当に尋常じゃない適応力ね……いいわ、会いましょう。というか」

 そもそも私の目的もそれなのだ。

 ルーイを伴い、屋敷の中へと入る――と、視線を複数、感じた。

 ああ、懐かしいわ。この冷や汗をかく感覚、本能的な恐怖そのもの。

 まるでひたりとせなかに冷たく冷やされた鉄板をあてられているかのような、ぞっとするとしか言いえぬ感覚……。

「ルシエ様?」

「……ルーイ。早速だけど、説明を一つ忘れていたことがあるわ」

「説明ですか?」

「ええ。ここ、アンタンシフ家の家中には明確な序列があるの」

「序列……」

「当主の父上が政治的にはトップね。で、それを支える母上には権限がないわ。私は次の当主候補として、それなりの政治的権力を主張できる立場にある……。まあ、このあたりは良くある話よ。あえて説明する必要も無いわね」

 ルーイはこくりと一度頷いた。

「あえて説明をしなければならない序列。それはね、この花の城の絶対敵権力者についてよ。独裁者と言っても良いわ」

「え……?」

「フルーレ・ジィエ」

 瞬間。

 私とルーイの間に、いつの間にか『それ』が現れる。

「お呼びですねお嬢様」

「呼んでないわ。帰って頂戴」

「ほう。お呼びでないと。しかも『帰って頂戴』ですか?」

「ごめんなさい。私が悪かったわ」

「『私が悪かったわ』ですか?」

「……わ、わたくしが、悪かったと思っております。申し訳ありませんわ」

「……まあ、良しとしましょう。お初にお目に掛かりますわね、ルーイくん。私はフルーレ・ジィエと申します。これから『仲良く』、一緒にお嬢様の調……しつけをしてくださいね」

 今調教って言いかけたわねこの教育係(アマ)

 フルーレ・ジィエ。貴族としての私の教育係にして、私の父上の教育係でもあった女性。父上より一回り年上なだけあって年の功はもちろん、数々の貴族に対する太すぎるパイプを持つと同時に数々の貴族から大概の場合でトラウマとして認識されている女傑だ。

 故に絶対権力者。

 私なんぞは所詮小娘で、父上でさえも及ばないのだから恐ろしい。

「今調教って言いか――むぐっ」

 ルーイの口にハンカチを押し込み私は笑みを浮かべると、フルーレは私に向けて良い笑顔を浮かべた。

 やべえ。今晩の間、私、生きていられるかしら。

「お説教は後。旦那様がお待ちです、お急ぎを」

「……フルーレが説教よりも急かすのを優先するだなんて。よっぽどなのね?」

「私の認知しうることではありませんが」

 それでも言わせて戴けるならば、とフルーレは続ける。

「旦那様はこのところ働き詰めで、お疲れのようですわ」

「……そう」

 トラウマ、とはいえど。

 それでも皆が彼女に従うのは、彼女の判断が大概の場合で正しいからだ。

 その彼女が父上に『お疲れのよう』と評価した。

 倒れる寸前ってことね……。

「ルーイ、そのまま付いてきて。フルーレ、申し訳ないのだけれど、私の部屋に細かい資料を運び込む手配をお願いできるかしら」

「かしこまりました。それとお嬢様」

「何かしら」

「遅ればせながら。おかえりなさいませ」

「…………」

 本当に、おくればせながら、だな。

 恐怖感はそこに確かにあって。

 けれど、同じくらいの安心感もここにはある。

「ただいま、フルーレ。……心配を掛けて、ごめんなさい。迷惑については謝らないわ」

「お嬢様らしい言い草ですわね。お仕置きはワンセット増やすだけにして差し上げます」

 …………。

 そこは全免でいいんじゃないかしら?

登場人物:

 フルーレ・ジィエ……教育係。

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