三ヶ月目の成果
霊峰の消滅から三ヶ月。
その異常事態と前後して起きた地震を、あわせてアンタンシフ大崩落と王国は呼称する事を公に発表すると同時に、アンタンシフ領を初めとした被災地への援助活動を実施すべく騎士の派遣、及び冒険者ギルドへの国家単位での依頼が行われ、これによってある程度スピード感をもって復興事業が始まっていた。
この三ヶ月では復興と同時に被害の調査も行われていて、その結果、アンタンシフ領では三割の街が消滅、二割の街が壊滅、さらに別の三割の街が壊滅的被害と救いのない数字が出ている。一応二割ほどは『ただの被害』で済んでいるとはいえ、残り八割がかなりの被害を負っている時点で気休めにすらならなかった。
死者の数は数えるだけ無駄。
割合で言えば四割以上は亡くなっているらしいけれど、そもそも『街が消滅』と判定された三割ほどでは生存者ゼロだったこともあり、仮設住居の設置はそれほど手間取らなかった。必要数が総定数よりも圧倒的に少なかったからだ。また、物資の供給が滞ることもほとんど無かった――これもまた、需要が消滅した区域が明確にあったためである。
そして今、私が読んでいる瓦版には消滅した街はもちろん、壊滅的被害を負った街や地脈の変動を踏まえた公道・街道の再整備は国家事業として行われることになった旨が記されている。特例措置としてその費用は王国が全額負担、その後アンタンシフ家が徐々に国庫へと全額ではないにせよ結構な額を返還するという形になるので、アンタンシフ家は難しい舵取りを要求されることになる。……税収がないと国庫に返せないし、けれど無理に徴税したら領外に逃げられておしまいだものね。
で、大貴族アンタンシフ家の次期当主候補として何人か既に選ばれていたであろう養子候補は、その全員が色よい返事をしなかったと見える。大貴族の当主になれるという喜び以上に国庫への返納義務と徴税の舵取りなど政治力が強烈に試されることが間違いのない、針のむしろに座るどころか剣のむしろに座ることになるわけで、誰だって望んでそんな事はしたくない。
その証拠に、アンタンシフ家からいくつか特措法が布告されているのだけど、その名義が父上と私の連名になっている。あの港街で私は名乗っている、つまりアンタンシフ領に私が居ると理解した上で、父上は私に『さっさと帰ってこい、お前にも仕事がたくさんあるし、帰ってこないならどんどん仕事は増えるぞ』と言っているわけだ。
但し、今すぐに帰ってこいというサインはまだ出ていない。
私が『調べごとをしている』事を悟っているわけだ。
お互い嫌な信頼関係ね……。
「ルシエ、宿、取れたよ」
「あら。今日も野宿を覚悟していたのだけど、有り難いわ」
「えへん! と誇りたい所だけど、ベッドは一つの部屋しか余ってなかった」
「それでも十分よ、ルーイ」
「そう?」
ならいいけれど、とルーイは困惑がちに胸を張った。なかなか器用なことをするわね。
……彼と出会ってから、三ヶ月。
当初私は彼を『ルゥ』と呼んでいた。呼んでいたんだけれど、そうすると霊峰ルゥ・リグレの名前と駄々被りしてしまい、会話のテンポが悪くなる事態が頻発したので、ルーイという愛称を改めて付けている。彼が名前に頓着しなかったのは幸いだったと思うと同時に、私の見通しの甘さを実感させられた出来事よね……。
「けれど、宿が取れたのは三日ぶりかあ」
「そうね」
「もっとおいらが頑張れれば、違ったのかな?」
「それは違うわ。あなたは上手いこと立ち回ってると思ってるのよ」
本当に。
三ヶ月が経ったとは言え、ここはアンタンシフ領東部丘陵地帯の大都市。
大崩落では死者三名と少なくすんだものの重軽傷者は優に三桁の中頃で、倒壊した家屋も多い。そういった家屋に住んでいた家庭に向け、アンタンシフとして借り上げた宿を提供しているため、普通の客が宿を取ることはなかなか困難なのだ。
事実、この三ヶ月の内宿に泊まることが出来たのは十日程度。
それ以外は野宿……私は冒険者としてその辺は問題なかったし、ルーイも狼に育てられただけあってか全く問題なかった。つまり宿がなくてもあまり支障は無かったとも言う。
けれどどうせならベッドで寝たいと思うのが人の性だ。寝るだけならどこでもできても、快適性は別物だものね。
「じゃあ、チェックインしちゃいましょうか」
「そうだね。ついてきて」
「ええ」
ルーイに先導されて街を歩いて行く。
三ヶ月という期間で、街の機能は最低限の活動を出来る程度に取り戻されている。特に流通周りを騎士が行ったのが大きいだろう、流通が保証されることで金銭的なインフレはほとんど起きなかった。
それでも、三ヶ月で出来ることは決して多くはなく、まだ倒壊したままの家屋もちらほらと残っている。反面、三ヶ月で無理矢理修繕したり、あるいは立て直しが終わった家もようやく見え始めていて、復興の歩みが目に見えることで一種の士気を産んでいるようだった
「ルシエ、ついたよ」
案内された先の宿はそこそこ規模の大きな場所だった。まだ修繕工事が続いているけれど、ある程度形は整いつつあるという形だろうか? なるほど、ベッドが一つとはいえ部屋が取れたのは『やっと修繕が終わった一室』というわけね。
受付でルシエ、ルーイとサインを行い、代金は先払い。部屋の鍵は新品のようだった。
「ご主人。修繕の進行度はどのくらいかしら?」
「まだまだこれからといった所だね。向こう一週間であと二部屋くらいは治せそうだと大工は言っていたよ」
「そう」
「その中にはベッドが二つある部屋もあるが、そちらが治ったら移動できるよう手配しておくかい?」
「それには及ばないわ。私はともかくルーイはまだ子供だし、ベッドが一つでも窮屈では無いもの」
「そうかい」
ならばいいけどね、と主人は苦笑交じりに頷く。
「部屋の備品で何か足りないものがあれば言ってくれ。可能な限り調達しよう」
「その時はお願いするわ。ルーイ、いきましょうか」
「うん!」
「ごゆっくり」
鍵によれば部屋は八号室、角部屋か。
部屋は大きく三つの区画に別れていて、一つがお手洗い、もう一つが簡素ながら浴槽もある湯浴み場、そして最後の一つがベッドの置かれたメイン。
トイレは言うまでも無く、簡素とはいえ湯浴み場を設置しているタイプの宿は王国で最新のスタイルと言えるだろう、恐らく今回の災害で修繕するついでに最新式にモデルチェンジを図ったという所だろう。浴槽も簡素とはいえそこそこ大きいし。
最後にベッドは一つだけ、とはいえ少し大きめのサイズになっている。大人二人では窮屈かも知れないけれど、私とルーイならば問題は無し。但し、ベッドが大きい事もあってテーブルはちょっと窮屈になっている。
「もしかしたらこの部屋、もともと二つベッドがあったのかもしれないわね」
「そうなの?」
「ええ。湯浴み場の所までがメインの寝室だったんじゃないかしら」
「ふうん。でも、湯浴み場がないと不便だよ?」
「この手の宿だと、大きな湯浴み場を別に用意しておいて、そっちで済ませることが多いのよ」
「ああ。なるほど」
ルーイは納得したように頷いているけれど、たぶん納得以前に気に留めてないんだろうなあ……ありありと興味が無いという様子が湧き出ている。
「ねえ、ルシエ。おいら湯浴みしても良いかな?」
「良いわよ。私はここで少し、読み物をしているわ」
「うん」
ルーイはその場で服を脱ぐと畳まずに湯浴み場へと向かっていく。やれやれと床に落ちた衣服を拾い、畳んでから備え付けの棚に置くと、別の棚に置かれていた宿屋向けの瓦版を手に取り、椅子に座って読み始める。
宿屋向けの瓦版は騎士が発行しているもので、それは街単位ではなく地域単位での出来事が記されている事が多い。また、騎士が発行するという性質上、王都や王国という国単位の出来事も網羅されているし、宿屋向けとは銘打たれているものの実は騎士の駐屯地で読み放題だ。それでも宿の部屋でゆっくりと読める方が楽なので、ありがたいサービスだけどね。
暫く読み込んでみると、三ヶ月前、あの地震を私が体感した港街についての記述があった。曰く概ね復興が完了して、新しい灯台も無事完成、今後は周辺地帯の復興拠点としての役割を担うらしい。あの子たちも元気をしていると良いのだけれど……。
それ以外に特別目を引くといえば、王都、というか王城の動き。今回の大崩落を受けて、第二王子テオドールが政治的な権力を行使したらしい。第一王子のクリストフは騎士に混じって復興を手伝っているけれど、これらは国王が認めているとも。事実クリストフが騎士に混じって手伝っているかどうかはともあれ、王室のイメージ向上だろうなあ。とはいえ第二王子に政治的権力の行使をさせるというのも、こじれる原因になりえるけれど……今の国王陛下はそのあたり、バランスを取る力がずば抜けているのよね。大丈夫か。
そして最後に、霊峰崩落に関する続報。霊峰が崩落……というか、消滅したことは事実であると国として認める反面、それによる影響は限定的であると書かれている。実際、南部大山脈の内側がどうなったところで外側に影響は薄く、限定的という言い方は間違っても居ないのだろうか? 現実としては私が見たとおり、山が崩れたどころか本当に『なくなっている』ので、影響は限定的かと聞かれれば私もそうだと答えることになるだろう。限定的、但しその限定された範囲に甚大な影響があると言うだけで。
「ルシエー、でたよー。ルシエは?」
「私も入るわ」
「ん!」
タオルを投げ渡すとルーイはテキパキと髪を拭き、身体を拭ってベッドの上に座った。せめて服を着なさい、とも思ったけど、まあ、いいか。外じゃないし。
そしてルーイと入れ替わるように私も服を脱いで湯浴み場へ。浴槽にはお湯が張られている、ルーイが使ったのね。勿体ないしこのまま使うか。湯浴み場には鏡も設置されていて、結構これは良い設備だった。
お湯の温度もなかなか丁度いいし、最近開発された蛇口という水を供給する水道システムまで完備されているらしい。……実家にも導入して欲しいわね。
この頃は野宿続きだったとはいえど、湯浴みそれ自体は大きな湯浴み場へと定期的に訪れていたので、久々でもない。それでもこういう個人的な空間での湯浴みは久々なので、ゆっくりしていこう。あったまるわ……。
「日常技術の発展……か」
災害がそれを促したわけではない。設備を新しくする口実になるだけだ。だからそれを褒めることはできないけれど、有り難い側面があるのも股事実。
有り難くない側面のほうが多すぎて頭を抱えたくなるけれど、温かいお湯に浸かればそれも少しは収まるというもの。
とはいえ。
この三ヶ月、私はアンタンシフ領内をルーイと共に彼方此方めぐってきたけれど、その結果、私は父親が私に託して居るであろう『調べごと』に一つの結論を得つつあった。
まだ決定的な、もしくは確定的な証拠はない。けれど残滓は残っていた。それだけで状況証拠とすることはできなくても、あの時、港町に来た騎士の証言も含めて考えれば一つの状況証拠にはなるだろう。
「…………」
アンタンシフは王政府からある命令を受け、それを忠実に守り続けている家系。
その命令とは、『魔法封印術式の維持』――『魔法封印術式』とは、この世界にかつて存在した魔法という技術を封じ込めるための魔法を継続して発動させ続けるもの……らしいのだけれど、その細かい内容については既に記録が残っていない。
アンタンシフが記録していた範疇で確かなことは、かつて魔法という技術が存在したこと、その技術はとても強烈で凶悪な効果の代償として、行使した者の存在を消耗し、結果魔物という脅威を生み出すこと、その事態を重く見た王政府が世界単位に効果を及ぼす『魔法を使えなくする術式』としての魔法封印術式を作り上げ、それの行使を『南部大山脈の中心で行った』ということ。
南部大山脈の中心で行われている以上、それは霊峰ルゥ・リグレで行われたのだろう。そして今、その霊峰が消滅しているということは、その術式が失われたのではないか? あるいはその術式が失われたことで、霊峰が消滅したのではないか?
私もアンタンシフの一人としてそれを真っ先に調べ、結果ルーイと出会い、霊峰の消滅までは確認しているものの、魔法封印術式に関しては明確な証拠が出ていない。
「……とはいえ、いつまでも時間を掛けていられない」
状況証拠はある。あの騎士は地震のほぼ一日前の段階で西部兵舎が崩壊したことを告げていて、さらに私に対して『禁忌領域』というヒントを出した。それは十中八九、『禁忌』の技術、『魔法』に関する発言だ……と踏んでいて、最初はそれを探ったのだけど、肝心の西部兵舎に行ってみた所、上位にあたる騎士は全滅しており、当時の状況は不明。禁忌領域とだけ告げろという『遺言』しか残っておらず、当時の真相を知る者はいなかった。
だからこそ、恐らく西部兵舎の内部か、あるは極めて近くで『魔法』が研究されており、その結果発生した『魔物』による被害が起きたのだろうと推測は出来る。一日のタイムラグは、つまり魔物が魔法封印術式と争った時間なのではないか……。
「ルシエ、のぼせるよ?」
「……そうね。というかルーイ、まだ裸なの?」
「だって、折角の宿だし」
その『だって』はどこから出てきたのかが分からない私だった。
けれどまあ、皆までは言うまい。
「そうね。折角のふかふかのベッドよ、楽しみましょうか」
……結局、癖になってるのは私の方だし。




