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護りたかった彼のために  作者: 朝霞ちさめ
第四章 大崩落
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消えた霊峰

 翌朝、私は目を覚ましたルゥと共に状況を再確認。

「ルゥ。確認よ」

「うん」

「あなたは森で生きていたのね」

「そうだよ。あの山の向こうにある大きな森の真ん中で、おかあさんと一緒に暮らしてた」

 あの山、と指さされたのは大山脈。

 大きな森というのは、となると樹海よね……。

 その真ん中って、私も流石に知らないんだけど。

「じゃあ、次の確認。霊峰って知ってる?」

「れいほー? へいほー! とか、はいほー! ってかけ声ならしってるけれど」

 ヘイホーって何かしら。

 ハイホーは私も知ってるかけ声だけど、異国のかけ声だったような……。

「あの山の向こうにあった、一番大きな山よ。ほら、他の山の倍くらいはある……」

「…………? そんな大きな山、みたことないよ?」

 …………?

 まあ、樹海からでは空も眺めることが難しいのだ、霊峰の存在を知らないと言うことは……あるのだろうか?

「えっとね」

 私が疑問符を浮かべ始めたことに気付いたのか、ルゥは瓦礫を使って地面につたない絵を描き始めた。

 いや、絵ではなく、これは簡略化した地図か?

「この街が、ここだと……あの山が、ここで、この山って一つの山じゃないんだよ」

 言いつつ地面に描かれたのは、アンタンシフが調査した大山脈の形とほぼ一致する図形だ。でたらめと言うこともないだろう。

「この山の内側は、森と、川があるんだ」

「…………?」

 だからこそ、そこに続く言葉に首を傾げてしまう。

「おねえさんは……何か、違うものがあると思ってたの?」

「え、……ええ。えっと、この図でいうなら、このあたりに……、大きな、大きな、山があると。私たちはそう理解していたんだけれどね」

「うーん……? おねえさんが言ってる場所って、おいらとおかあさんの寝床があるあたり、なんだけど……。山じゃないよ。ただの森だ。その周りは、もっと深い森なんだけど、そこだけ少し開けてるんだよ」

 話はかみ合ってるはずなのに、何か大きく前提が狂っている。そんな感覚。

 同じ場所について話しているのに、同じ場所に対する認識が違いすぎる……、いや、私たちがそう思い込んでいただけで、そもそも霊峰なんて存在しなかったのか?

 ありえない。霊峰は確かに存在した。

 なのにルゥはそれを知らず、どころか寝床のあるあたりだとさえ言っている。

 話が全くかみ合わないならばまだしも、中途半端にかみ合っているのが却って今は面倒だ。

 よし、考えるのをやめよう。

「じゃあ、ルゥ。あなたとおかあさんの寝床を尋ねても良いかしら」

「いいよ。道案内、できるよ」

 ちょっと誇らしげにルゥは言う。

 良い傾向、かしらね。

「それはよかったわ。……ちなみにここからだと、どのくらい掛かるのかしら?」

「うーん。抜け道もあるし、丸一日くらいかな。おかあさんだけなら半日もかからないらしいけれど、おいらにはまねが出来ないから」

 たった一日であの山を越えて、その奥に進むというのか……。

 抜け道ねえ。

 ……それでも今は、この子の案内を信じるのが一番だろう。

 そう考えて案内をお願いすることにして、当面の食糧を瓦礫の中から頂戴し、ルゥと共に山へと向かう。

 大連山の最西端にあるこの山の標高は比較的低いけれど、それでもどうやって越えるつもりだろうか。私はまだしも、ルゥは登山用の装備などしていないし……。

「こっちだよ」

 と、興味津々とルゥについていくと、ルゥが案内したのは麓の森を迂回するルートだった。

 …………。

 いや、このルートは駄目な筈だ。なにせ渓谷のせいで途中、進めなくなっている。

「渓谷があるんじゃなかったかしら?」

「そっちじゃないから平気。ついてきて」

 かろうじて獣道と言えるかどうか、それでも他の道無き場所よりかは確かに何かが通っている痕跡のある森をルゥと共に進む。森で過ごしていたというだけあって、ルゥは力強く歩んでた――この手の荒れ地も歩き慣れているように見える。

 そしてその途中、獣道から突然ルゥは外れると、さも当然のように奥へ奥へと進んでいく。もはや森は深々と、何の手がかりも無い状態では出る事すらままならないだろう場所まで進んでいるのに、その歩みには一切の迷いがない。

 更に着いていくと、急な山の斜面に辿り着いて。

「ここだよ」

「……ここ?」

「うん。ここに抜け道があるんだ」

 そう言ってルゥは、奥へと進む。斜面の陰に隠れていた暗がりへと。

「真っ暗ね……明かりを付けても良いかしら」

「うん」

 ダメと言われても付けるつもりだったけど、たいまつに明かりを付けて中を照らす。

 どうやら自然の洞窟……のようだ。あの地震の影響を全く受けていないのか、特に崩れている様子もないのは不気味だった。

 けれど、たいまつの灯は揺れている。つまり風が吹いている――空気のよどみもないし、確かにどこかへ通じているのか。

「危ないかもしれないわ。ルゥ、私からあまり離れないでね」

「わかった」

 とはいえ、洞窟の中は一本道。迷う要素もなければ、道も当然整備されてはいないけれどそれだけ――なんとも進みやすい道だ。

 それを二時間ほどゆっくりと歩いたところで、奥に微かな光が差し込むのが見える。

「あれは……」

「出口だよ」

 この二時間、あるいた距離からして……驚いた、本当にあの大山脈を抜けてるかもしれない。

 ルゥと共に出口へと、そしてそこから見える景色は鬱蒼と生い茂る木々。

 樹海……か。

 空はほとんど見ることが出来ず、僅かな木漏れ日だけが所々に落ちている、そんな場所。

 気配は……、結構あるわね。小動物ばかりだけど。

「山越えは、今みたいな抜け道が結構あるから、そんなに大変じゃないんだ。大変なのはむしろここからだよ、おねえさん」

「……そう」

「うん。ついてきてね」

 道無き樹海を突き進むルゥに、迷いは一切感じられない。

 ……山越えをする前の森でもそうだったけど、この子、土地勘とかではなく明確に方角を理解しているみたいね。しかも頭の中に地図があって、それと連動できている。

 不安定な場所でも体幹に不安もなく、かなりの訓練を受けても到達できるかどうかという領域にある用にさえ見える……のに、『強いか』と考えると多分弱いのよね。たぶんこの子、何にも勝てないわ。

 どうにもこの子は、アンバランスにすぎる……。なにか、一度完成させた物からその殆どを削り取ったかのような形だ。どうやったらそう育つのか……、あの狼の仕業とも思えないし。

 そしてこの子、体力も凄まじいわ。昨晩の段階で大概体力があることは分かっていたけど……それに全く昨晩の反動が来てないのも凄まじいけれど、現在進行形でこうもつかつかと悪道を進んでも、息切れすらしていない。この険しさでその余裕を見せられるのは、冒険者のゴールド階位でも一部でしょうし……。

 更に道なき樹海をルゥと共に進んでゆく。

 すると突然。

「え?」

 樹海が途切れ、陽の明かりが差し込む。それまでとは全く違った空気の森に切り替わった。

 なんだか……突然、別の場所に移動してしまったかと思うほど唐突に、そして明確に。

「やっと半分かな。おねえさん、大丈夫?」

「……ええ。そういうルゥ、あなたは大丈夫なのかしら」

「うん。このくらいなら、いつも歩いてたから……ん、いつも?」

 それって何時だろう、とルゥは小首を傾げている。

 ルゥも覚えていないいつかのこと……と言う事か?

 それでも道を改めて進み、ようやくルゥが「ついたよ、ここ」と言ったのは、ほとんど森の中心地点。

 大きな大きな――巨木の真下、木の葉や枝の影に常になる場所。

 確かに生活の痕跡が残っている。

 この軟らかな土は狼の寝床だろう、そしてその奥、鞣された木の皮が敷かれた一角はルゥの寝床か。

「今日は、でも疲れたね。おいら休みたいんだけど……、おねえさん、いい?」

「ええ。……もう夕方だものね」

「よかった」

 そう言ってルゥは木の皮の上へと座ると、ごそごそとその奥、木の洞になっている部分をまさぐると、ぼろぼろの布きれを取り出――、って、え?

「……ルゥ。その布は?」

「おかあさんが言うには、ずっと昔から、おいらが持ってたんだって」

「…………」

「おねえさんは、見たことがあるの?」

「……いえ。でも……」

 その布きれはぼろぼろになっていて、既に原型はわからない。時間経過のせいだろうか、あるいは保存環境のせいだろうか、色も褪せたり汚れたりと、もはや元の状態とはほど遠いだろう。

 けれど恐らく、元の下地は純白だ。

 白い布に赤い線が数本敷かれたものだ。

 その線の上に縫い付けられている、白金色の卵のバッヂは――プラチナの階位にある冒険者の証。

「触っても良いかしら? ……何か、分かるかも知れないし」

「うん」

 無造作にルゥは私に渡してくれたので、借り受けたものを確認。

 ぼろぼろになっていてわかりにくい……けれど、衣服か外套の類い。恐らくは衣服の方……、経過年数はぱっと見で判断できないわね。かなりの時間が経っているようにはみえるけれど、劣化しすぎていて勘も働きやしないわ。

 更に縫い付けられたバッヂの裏を確認する――もしもそれが冒険者の証としてのそれならば、プラチナのそれならば、そこには一文字の称号が刻まれているはずだし、刻まれていないならばただ似ているだけで済ませることが出来る。

 しかし私の願いは虚しく、そこには一文字の称号が刻まれていた。

「――ねえ、ルゥ」

「どうしたの、おねえさん」

「この布は、誰の物かしら?」

「さあ。おいらが持ってた、とは言われたけれど……それ、大きいもんね。おいらには」

「……そうよねえ」

 まあ。

 『考え得る最悪ではなかった』だけ、マシか?

 そのぼろぼろの布きれは、私と同じくらいの体格の男性用……少なくとも私にはそう見えるし、目の前の子供、ルゥには大きすぎる。

「なにかおねえさんには、心当たりがあるの?」

「……そうだったら、良かったんだけどね」

 心当たりは、だから無い。

 本人ではあり得ない……記録に残っている『その存在』と目の前にいる子供は合致しない。

 けれど、だとしたらなぜルゥが、このバッヂとこの布を持っているのだろう。

 ――家に帰る前に調べなければならないことが、増えたようだ。

 術式もどこまで残っているやら……。

「ねえ、ルゥ。私はあなたを護るけれど、私は色々と調べなければいけない事があるの。……結構、いろんな所を旅することになると思うわ。今更だけれど、それでもいいのかしら?」

「おいらは、いいけど。おいら、邪魔になるよ」

「それでもよ」

「ならついてく。……もう一人はいやだから」

 笑顔で。

 けれど、悲しそうにルゥは言って、私に抱きついてきた。

 子供なのだ。それは悪いことじゃない。

「じゃあ、今日も昨晩と同じ事をしましょうか」

「うん」

 だから満たし合うことも、悪くは無いと思いたいけど……。

 倫理的にはアウトだし、『だから』にはどうやっても繋がらないわね。

 一瞬素に戻りかけて、けれど上目遣いに見上げてくるルゥが触れる感覚に、考えることをやめた。

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