王政府の影
桜花亭の看板は砕けていた。
看板だけではない、建物も崩れ、瓦礫と化している。
「兄ちゃん……ウィット!?」
ウィット? ……ああ、弟の名前か。センクが慌てて近付くのを、ぐいっと首元を掴んで阻止。
「近付いちゃダメよ。柱が崩れるわ」
「でも!」
「安心なさい。まだ二人とも生きてる……し、怪我も軽いみたいよ」
「……え?」
『気配を手繰る』――ということを、冒険者になってから私は技術として研鑽した。
その成果は随分前から出ているし、今も役に立っている。
隠そうとしている相手ならばまだしも、たかが一般人の子供だ。
二人の気配から位置と体勢、怪我の度合いはこうして意識すれば十分にわかる――だからこそ。
「センク。この家、完全に壊れちゃっても問題は無いかしら?」
「いや問題しか無いけど」
「そうよね。でも壊して良いなら二人ともすぐに助かるわよ」
「…………。この家は、もう瓦礫にしか見えないかも知れないけど。それでも、親が残してくれたもので――」
一瞬の葛藤を見せたセンクは。
頭を振って、言った。
「――壊して良い。二人を、助けて下さい」
「良く、言った」
すっと外套を振り抜く。
ずずっと重たく擦れる音がして、そして瓦礫となった建物の屋根が切り裂かれ、横へと崩してやれば、瓦礫の中恐怖からか震えながら抱き合っている二人の姿が見えた。
「あの二人であってるかしら?」
「……あってる、けど、え? 何したの、今」
「壊して崩したのよ。切り拓いたとも言うわね」
長い帯状の布を使って、私と同い年ほどの青年未満な少年と、センクよりも一回り小さい少年を巻き取り、強制的に引きずり出して、救出完了。
どちらもかすり傷程度ね。
「はい、救助完了。……センク、その二人に事情の説明をして上げなさい」
「お、お嬢さんは?」
「私は街の人たちも助けてくるわ。……地割れもあったみたいだし、規模も見てこないといけない。また夜にここにくるから、その時挨拶しましょう、センクのご兄弟さんもね」
返事は待たない。
一瞬だって早く動かなければ、助かるものも助からない。
街の中に戻って、瓦礫の中の気配を手繰る。逃げ出すのに邪魔な瓦礫は切り裂くだけ、救出は他の人間に任せて今は探知と『道』を片っ端から作っていく。
けれど私の探知はあくまでも、生きている者の気配を手繰るだけ。
死者の遺体がどこにあるのかは分からない。
「お嬢! こっちの家に下敷きに――」
「言いにくいけど手遅れよ。そこに気配はないわ」
こういう会話も、だからしなければならないし。
「こっちの瓦礫が邪魔で助けが――」
と頼まれ、気配があるならば道は文字通りに切り拓く。
医者が足りるかしら……、幸い私が乗ってきた定期船を含めて大きめの船舶が複数停泊している、船医ならば居るだろう。けれどこの状況。船を使って王都に緊急の連絡も取りたい……まさか船医を置いて行けとも言えないし。
そして私は、あの時『地割れ』という声が聞こえた場所へと辿り着く。
目に見えるほどに規模の大きな地割れが、そこでは起きていた。幸い、隙間が空くタイプではなく、断面からズレているだけ……ただし、そのズレはかなり大きく、しかも高さにもズレが生じている。これほどの規模は聞いた事が無い。
震源まで繋がってるとは思いたくないけど、そうだとすると地脈がぐちゃぐちゃになってるわね……、しばらくは異常気象まで考えておかないとまずい。私の父親ならば、そのあたりは即断即決で調査隊と救助隊を結成するはず。
……もっとも、この港町は震源から『遠め』の部類だろう。それでもこれほどの被害が既に確定している。それを考えるとアンタンシフの本拠地、通称『花の城』はもっと『近い』だろう。あるいは崩壊している可能性さえ否定は仕切れない……。
調査隊と救助隊のタイミングで、父親の状態は確認出来る……ならば私がするべきは?
プラチナ階位の冒険者。
今はこの肩書きを使って道中の混乱を収めつつ、震源の状態を確認する……か。
「まさかこんな里帰りになるとはね……」
里帰りを決意しておいて正解だったわ――決意できてなかったら私はきっと、動けなかった。
そして、決意をしてもすぐにしなかったのも正解だった――そうでもなければ今、アンタンシフに私は居なかった。
その後も片っ端から気配を手繰って道を作る。
時間になれば街の外へ――集まっていたのは八人の男達。
「集まってくれてありがとう、けれど名乗りは結構よ。今はそれどころじゃないわ。但し私だけは名乗っておくわ――リュシエンヌ・ム・アンタンシフ。これ以上の説明は必要無いでしょう。その上で、私はこの後震源の確認をしなければならないわ。船を一隻、私の名前で王都に向けたい。快速船はあるかしら?」
「でしたらうちが。船医はどうしますか」
「置いて言って欲しいというのが本音だけれど、伝令の安全には帰られないわ。通常通りに手配なさい」
私の名前で王都に向けて書簡を出す。
一つ目は冒険者ギルドに向けて緊急事態の発生と特権を利用するという旨の事後報告、その上で災害時派遣を要求する。
二つ目は王政府に向けてアンタンシフ名義で出すもの、父親と連絡が行き違っているならば私の意見は却下で良しと但し書きも付けておく。
「余震の規模も今のところは不明。でもあの揺れ方、間違い無く余震はあると決めつけておきましょう。街の外、建物のない開けた場所に屋根を建てて、怪我人や子供を優先してそこに集合させて。船の帆を使って貰うわ」
「分かった。ならばうちの船から」
「地割れの確認もしたわ、あの様子だと地脈がやられる。飲み水の確保を急ピッチで、可能な限り大きな瓶に」
「それはうちが出来ます」
うん、数は足りる。とりあえずだけれど、なんとかなる。
「さっきの地震での被害、今把握できてる範囲だとどのくらい死んでるのかしら」
「リュシエンヌ様の対処のおかげで、思ったよりかは酷くありません。六十程度でした。但し、重傷者も多い。この後増えるとは思います」
私が対処してソレだった……ということは、他の街だと割合は変わってくる。
これは……まずいわね、アンタンシフ領の人口が半分くらいもっていかれてるかもしれない。むしろ半分で住めばマシか……? 地割れの延長上に河川もあるかもしれないし、酷いところだと山崩れもあるかもしれない。
「食べ物は当面、魚をメインで誤魔化して。王政府に向けて食糧要求もしておくけれど、他の街にもきちんと差し出すこと。独占は許さないわ」
「もちろんです」
「分かっているとは思うけど、私は冒険者としても動ける。その点は努々忘れぬように……、こんなものか。何か他に気付いた事があれば聞きたいのだけれど」
「私から一点。灯台守をしていた者の言葉なのですが」
「ええ。何かしら?」
「『いつも見えていたものが見えなくなった』、とか」
「…………?」
いつも見えていたものが見えなくなった?
曖昧すぎる。
「もう少し詳しい事を聞きたいわね」
「すみません。……既に」
「……そう。悪いことを聞いたわ」
「いえ」
灯台守。灯台の上に居たのだろう、……揺れで、落ちたか。
この港の灯台は岬、少し高いところに作られている。そこからいつも見えているもの……。地表からは見えない、そういうニュアンスよね。けれど敢えて言ったと言う事は、それがかなり象徴的なものだということ……。
「失礼」
と、そんなところに鎧を纏った若い男が割り込んでくる。
この鎧、騎士か。
「冒険者殿と見受けるが」
「プラチナの『ム』よ。あなたは?」
「こ、これは大変失礼をしました。私はアンタンシフ領駐在騎士、西部兵舎付き。ワードと申します」
駐在騎士というのは分かる。西部兵舎というのも分かる。
けれど、兵舎付き?
なんだその肩書きは……いや、そうか。
騎士も大変なことになっているわけだ。
「そう。ワード、一応確認しておくわ。騎士はいつになったら動けるかしら?」
「それが……」
ワードと名乗った若い騎士は言いよどむ。
しかし、言え、という私の視線に耐えかねて、ようやく言葉を絞り出した。
「西部兵舎は全壊。駐屯する騎士のうち七割が負傷、殉死も私が出た時点で四名。緊急事態の特例として、私を含め、従騎士から十二名が正騎士に略式ながら昇進手続きとなりました」
やはり、騎士にも被害が出ている。
それもこの港町を余裕で越えるほどに凄惨な。
……冒険者でさえ緊急避難的な昇進は滅多にやらないのだ。騎士がそれをするなんて実例を見たのはこれが初めてね……生きてる間に一度も見られないものだと思い込んでたけれど。
そして――
「……選択、か」
騎士がここに駆けつけたのは、つまり医者の要求だ。
船医をやはり置いていって貰うか?
これ以上医者を減らす事は出来ない――いや待て。
「ワード。西部兵舎って具体的にはどこにあるのだっけ?」
「ここから街道沿いに東へ。三叉路を左、左と進んだところに砦はありました」
過去形。
じゃなくて、その位置は私が見たことのある地図にある位置と変わりが無い。
だとすると……やっぱり、妙だ。
「ワード、あなたが……というより、騎士が要求していることはわかっているつもりだけど、その前に一つどうしても確認しなければいけないわ。あなた、どうやってここに来たの?」
「走ってきました」
特殊騎乗獣は無し……か。ドラゴンを乗りこなす冒険者がプラチナには居るけれど、あれは例外中の例外だものね……。
そしてその例外中の例外にこのワードという騎士が成り得ないということは、一つの事実を導いてしまう。
私だって一時間じゃその砦にはたどり受けない。
頑張っても一日はかかるだろう、休息を考えれば二日は欲しい。
休息を惜しんで移動しても一日かかる距離、地震が起きたのは一時間前。
――地震に対する救援要請ではない。
「ワード。騎士は何にやられたの?」
「はっ。……しかし、プラチナ階位とは言いましても、箝口令がありまして。政治的案件にも関わりますれば」
「私の名前はリュシエンヌ・ム・アンタンシフよ。アンタンシフ家の『令嬢』、アンタンシフ領で起きたあらゆる事象について識る権限を持ちうるわ」
「リュシ……エンヌ……様!?」
そういえばワードには名乗ってなかったわ……。
「…………、」
本人かどうかの確認が本来は必要だ、しかし私はそれをプラチナのバッヂである程度簡略化できてしまう。ワードもそれは理解しているのだろう、だから困っている。
促すか。
「話しなさい」
「……『禁忌領域』。これだけしか、私には知らされていません。しかしもし、アンタンシフ家の誰かとつなぎが取れたならば、それを伝えれば分かると」
……いや、分からない。それだけでは何も分からない。
分からないのに、それで分かると確信されている?
私がアンタンシフを離れている間に何かが起きたか……? いや、そんな動きがあれば見えるはず。自惚れではなく、単純に。ならば、何だ?
騎士は何かを暗示しようとしている。アンタンシフ家にそれが伝われば連想できるだろう、……と……、禁忌、領域……いや、違うのか?
南部山脈じゃない。王国指定禁忌領域第二番じゃないのか。
あくまでお禁忌領域と知らせてきたんだ。
「……そう。そういう事ね。……ワード。医者は届けるわ。それと書簡をあなたにも託します。私が指定する場所に届けて頂戴」
「はっ」
まだ実際に見たわけじゃない。だから断定はできない。
けれど殆ど、真相らしきものは見えてしまった。
――『禁忌』の封を、王政府の影はついに破られたのだろう。
登場人物:
ワード……騎士。




