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護りたかった彼のために  作者: 朝霞ちさめ
第三章 光の森の子供達
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光の森の子供達

「……ルシエ? そこに居るのは、ルシエか?」

 目ざめてすぐに聞こえたのは、大人の。

 男の声だった。

「……支部長(マスター)?」

 冒険者ギルド、ティス・クラウス領支部の支部長。

 私の直属の上司に当たる……人物。

「ああ、ルシエ。ルシエ! 無事か。よかった、本当に良かった。……お前、今までどうしてたんだ? というより、お前は……今、どこからここに来た?」

「……ここは」

 そもそも、何処だ。

 改めて周囲を眺める。

 少しジメジメとした、暗い洞窟。

 ……そうか。

 ドラゴン討伐依頼を、達成したその場所だ。

「……ごめんなさい、マスター。どうにも記憶が飛び飛びで……、相手が悪かったのかしらね」

「いや、君が無事だったならば良いんだが……、ルシエはうちの支部で期待のホープなんだからさ」

 …………。

 ホープ。

 ホープ……、

「彼は……ん、彼……、彼って、誰の……」

 誰のことだ。

 私は今誰を、そして何を想い出しかけた?

「ルシエ、本当に大丈夫か?」

「ええ。すこぶる、体調は良いわ。今の私にならば、どこまでも強くなれそうなくらいに。……けれど、……何かが飛んでいる……」

 気持ち悪いわね。

 私は何かを忘れかけている。

 忘れてはいけないことを、忘れようとしている。

「やれやれ。うちのホープがこうも奇妙な状態になるのも、初めて見るな……。まあいいや、とりあえず帰ろう。私が乗ってきた馬車がある、街まですぐだ」

「……助かるわ、マスター」

 街まですぐ。

 初めて見る。

 奇妙。

 ホープ。

 単語がばらばらに頭に入ってくる。

 そして何かをくみ上げようとして……けれど、組み上がることはなく、私はマスターに連れられ洞窟から出る。

 洞窟の外には青空が広がっていた。

 そして少し焦げ臭く、すぐ近くには炭化した樹木の痕跡も残っている。

 ……たしか、ドラゴンと戦ってたときに、ブレスを吐かれたのよねえ。あれのせいで私の武器が燃えかけたときはヒヤヒヤしたわ。

「さあ、馬車に」

「ええ。ありがとう」

 幌馬車の客席にマスターと共に乗り込んで、私は一息つく。

「マスター。私はどのくらい、行方をくらませていたのかしら」

「ん……三日くらいかな。回収人(シーカー)は出したんだが、痕跡無しで……、最後のチャンスとして俺が直接来たんだ」

「そう。……迷惑を掛けてごめんなさい」

「いやいや、構わないよ。結局、生きていた」

 三日……。シーカー、見つけられない。チャンス。最後。

 また単語がぐるぐると、ばらばらに頭を回っている。

 何かどうも、集中力を欠いている。ふわふわとした感覚が、身体から剥がれていかない。

「森は、燃えたのね」

「幸い、そこまでの大火事にはならなかった。ドラゴン討伐にしては被害も少ない方だろう」

 気休めではないことを知っている。

 だから私は、笑う。

「なんだか妙な感じだけれど、帰って、湯浴みをして、部屋に戻って、ベッドに寝そべって――それで全部」

 湯浴み。

 部屋。

 ベッド?

 私は、どこかで寝ていた。

 私は誰かの寝床で眠っていた。

 湯浴み場はとても広く、しかも贅沢なものだった。

「ホープ……」

「うん?」

「…………、」

 ホープ。

 ウェン。

 ディユ。

 そうだ、あの子たちと共に過ごしていた。

 光の(ディユ)森の(ウェン)子供(ホープ)達を、私は忘れかけていた――あんな強烈で鮮烈な事を、忘れかけた? 本当に?

 違う。違う。私は忘れかけてなどいない。

 頭が追いつかなかったんだ。理解が、思考が、記憶を処理し切れていなかったんだ。

 遅かれ早かれ私は思い出していた。

 あの出会いを。

 あの森を。

「……なるほど。そりゃ、誰にも信じて貰えるわけもないわ」

「何がだ?」

「なんでもないわ、マスター」

「…………?」

 けれどそれは、光の森が異質だからではない。

 そういう概念が信じて貰えないからと、それが理由にはならない。

 森の中で男の子が三人きりで、自給自足の生活をしている。

 そしてその生活の場は広い家で、大きな温泉の湯浴み場がある。

 なんというか。

 それはもう、御伽噺や夢物語の範疇だろう。

 少なくとも私は、他人に説明されても信じなかったと思う。

 私がこうやって、いざ体感するまでは。

「私は決めたわ。マスター、私は来年、プラチナの昇格試験を受ける」

「……ついに、決心してくれたのか。ソレは嬉しいが……、どんな心変わりがあったんだ? この依頼を受けるまで、あんなにも嫌がっていたのに」

「そうね。ドラゴンを討伐する依頼を受けるまで、私は私に自信が持ちきれなかった。いざ討伐してみれば、私は限界を見てしまった。けれど……」

 限界を顕す壁はもう、そこにない。

「私はまだまだ強くなれる。プラチナの冒険者になって、そしてその時――」

 一度だけ。

 一度だけ、里帰りをしよう。

 アンタンシフに戻って、両親に報告しよう。

 プラチナの称号を抱えて戻れば、両親だって無視は出来まい。

「――楽しみが増えたわ。ふふ。ねえマスター、今日は機嫌が良いの。帰ったら少し、遊び相手を探したいのだけれど」

「え。……いや。その。できれば遠慮を」

「出来ないわ。子供はたまにわがままなのよ」

「……いや君の場合割と毎回」

「マスター。何か言った?」

「いえ何も」

「で、探してくれる?」

「探さないと言ったら?」

「私が直接探すわ」

「……ギルドとして探すから、帰ったら湯浴みして待ってろ」

「ええ」

 昂ぶる気持ちは、壁のない未来が見えたから。

 いつかあの三人と再開できたら、その時はあの三人にも遊んで貰いましょう。

 私が強くなるために。

 私が痛みを知るために。



 有言実行と私は胸を張る。

 私はその翌年、十三歳の誕生日から三日後に、プラチナの階位に冒険者としての格を進めた。

 記念すべき最初の称号は『第二十三位』、『ム』。

 その称号を戴くにあたり、私は初めてギルドに本名を告げた。

 だから冒険者ギルドに、ルシエ・ムという人物は誕生しない。

 誕生したのは、リュシエンヌ・ム・アンタンシフ。

 それがその日からおよそ二年、私が名乗る名前となった。

 けれどそれは、私が『ム』という称号から第四位の『ニ』まで昇格する事件が、二年後に起きたと言う事を意味している。

 王国歴七百十七年、アンタンシフ領に里帰りをした私を待っていたのは、後に『アンタンシフ大崩落』として王国中を震撼させることになる、前代未聞、未曾有極まる大災害。


 そしてそこで、私は絶望(ルーイ)と出会うのだ。

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