光の森の子供達
「……ルシエ? そこに居るのは、ルシエか?」
目ざめてすぐに聞こえたのは、大人の。
男の声だった。
「……支部長?」
冒険者ギルド、ティス・クラウス領支部の支部長。
私の直属の上司に当たる……人物。
「ああ、ルシエ。ルシエ! 無事か。よかった、本当に良かった。……お前、今までどうしてたんだ? というより、お前は……今、どこからここに来た?」
「……ここは」
そもそも、何処だ。
改めて周囲を眺める。
少しジメジメとした、暗い洞窟。
……そうか。
ドラゴン討伐依頼を、達成したその場所だ。
「……ごめんなさい、マスター。どうにも記憶が飛び飛びで……、相手が悪かったのかしらね」
「いや、君が無事だったならば良いんだが……、ルシエはうちの支部で期待のホープなんだからさ」
…………。
ホープ。
ホープ……、
「彼は……ん、彼……、彼って、誰の……」
誰のことだ。
私は今誰を、そして何を想い出しかけた?
「ルシエ、本当に大丈夫か?」
「ええ。すこぶる、体調は良いわ。今の私にならば、どこまでも強くなれそうなくらいに。……けれど、……何かが飛んでいる……」
気持ち悪いわね。
私は何かを忘れかけている。
忘れてはいけないことを、忘れようとしている。
「やれやれ。うちのホープがこうも奇妙な状態になるのも、初めて見るな……。まあいいや、とりあえず帰ろう。私が乗ってきた馬車がある、街まですぐだ」
「……助かるわ、マスター」
街まですぐ。
初めて見る。
奇妙。
ホープ。
単語がばらばらに頭に入ってくる。
そして何かをくみ上げようとして……けれど、組み上がることはなく、私はマスターに連れられ洞窟から出る。
洞窟の外には青空が広がっていた。
そして少し焦げ臭く、すぐ近くには炭化した樹木の痕跡も残っている。
……たしか、ドラゴンと戦ってたときに、ブレスを吐かれたのよねえ。あれのせいで私の武器が燃えかけたときはヒヤヒヤしたわ。
「さあ、馬車に」
「ええ。ありがとう」
幌馬車の客席にマスターと共に乗り込んで、私は一息つく。
「マスター。私はどのくらい、行方をくらませていたのかしら」
「ん……三日くらいかな。回収人は出したんだが、痕跡無しで……、最後のチャンスとして俺が直接来たんだ」
「そう。……迷惑を掛けてごめんなさい」
「いやいや、構わないよ。結局、生きていた」
三日……。シーカー、見つけられない。チャンス。最後。
また単語がぐるぐると、ばらばらに頭を回っている。
何かどうも、集中力を欠いている。ふわふわとした感覚が、身体から剥がれていかない。
「森は、燃えたのね」
「幸い、そこまでの大火事にはならなかった。ドラゴン討伐にしては被害も少ない方だろう」
気休めではないことを知っている。
だから私は、笑う。
「なんだか妙な感じだけれど、帰って、湯浴みをして、部屋に戻って、ベッドに寝そべって――それで全部」
湯浴み。
部屋。
ベッド?
私は、どこかで寝ていた。
私は誰かの寝床で眠っていた。
湯浴み場はとても広く、しかも贅沢なものだった。
「ホープ……」
「うん?」
「…………、」
ホープ。
ウェン。
ディユ。
そうだ、あの子たちと共に過ごしていた。
光の森の子供達を、私は忘れかけていた――あんな強烈で鮮烈な事を、忘れかけた? 本当に?
違う。違う。私は忘れかけてなどいない。
頭が追いつかなかったんだ。理解が、思考が、記憶を処理し切れていなかったんだ。
遅かれ早かれ私は思い出していた。
あの出会いを。
あの森を。
「……なるほど。そりゃ、誰にも信じて貰えるわけもないわ」
「何がだ?」
「なんでもないわ、マスター」
「…………?」
けれどそれは、光の森が異質だからではない。
そういう概念が信じて貰えないからと、それが理由にはならない。
森の中で男の子が三人きりで、自給自足の生活をしている。
そしてその生活の場は広い家で、大きな温泉の湯浴み場がある。
なんというか。
それはもう、御伽噺や夢物語の範疇だろう。
少なくとも私は、他人に説明されても信じなかったと思う。
私がこうやって、いざ体感するまでは。
「私は決めたわ。マスター、私は来年、プラチナの昇格試験を受ける」
「……ついに、決心してくれたのか。ソレは嬉しいが……、どんな心変わりがあったんだ? この依頼を受けるまで、あんなにも嫌がっていたのに」
「そうね。ドラゴンを討伐する依頼を受けるまで、私は私に自信が持ちきれなかった。いざ討伐してみれば、私は限界を見てしまった。けれど……」
限界を顕す壁はもう、そこにない。
「私はまだまだ強くなれる。プラチナの冒険者になって、そしてその時――」
一度だけ。
一度だけ、里帰りをしよう。
アンタンシフに戻って、両親に報告しよう。
プラチナの称号を抱えて戻れば、両親だって無視は出来まい。
「――楽しみが増えたわ。ふふ。ねえマスター、今日は機嫌が良いの。帰ったら少し、遊び相手を探したいのだけれど」
「え。……いや。その。できれば遠慮を」
「出来ないわ。子供はたまにわがままなのよ」
「……いや君の場合割と毎回」
「マスター。何か言った?」
「いえ何も」
「で、探してくれる?」
「探さないと言ったら?」
「私が直接探すわ」
「……ギルドとして探すから、帰ったら湯浴みして待ってろ」
「ええ」
昂ぶる気持ちは、壁のない未来が見えたから。
いつかあの三人と再開できたら、その時はあの三人にも遊んで貰いましょう。
私が強くなるために。
私が痛みを知るために。
◇
有言実行と私は胸を張る。
私はその翌年、十三歳の誕生日から三日後に、プラチナの階位に冒険者としての格を進めた。
記念すべき最初の称号は『第二十三位』、『ム』。
その称号を戴くにあたり、私は初めてギルドに本名を告げた。
だから冒険者ギルドに、ルシエ・ムという人物は誕生しない。
誕生したのは、リュシエンヌ・ム・アンタンシフ。
それがその日からおよそ二年、私が名乗る名前となった。
けれどそれは、私が『ム』という称号から第四位の『ニ』まで昇格する事件が、二年後に起きたと言う事を意味している。
王国歴七百十七年、アンタンシフ領に里帰りをした私を待っていたのは、後に『アンタンシフ大崩落』として王国中を震撼させることになる、前代未聞、未曾有極まる大災害。
そしてそこで、私は絶望と出会うのだ。




