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護りたかった彼のために  作者: 朝霞ちさめ
第三章 光の森の子供達
12/23

逃避の果て

 三人の少年達の家に泊めて貰う事三日。

 私もようやく、三人の特徴や癖というものを理解し始めていた。

 兄貴分と名乗ったウェンという少年は、至って普通の少年である――普通というだけで平凡とはほど遠く、その全体的な知識量や実行する力量は冒険者としても既に一線級だと思うけど、それでも普通から逸脱するところはあまり無いと思う。

 湯浴みをしようと湯浴み場に向かったら彼がいて、羞恥心からかそそくさと逃げ去ってしまったり、そういう行動には安心さえ覚えるほどだ。見た目の年相応に態度も相応で、少しからかえば恥ずかしがるし、反応するものは反応する。もっとも、どうやらまだ白いリボンが相応しいようだったのでそれ以上にちょっかいは出さないようにしたけれど。

 次に物作りが好きだというディユという少年は、まるで箍が外れているかのように、こと、『何かを作る』という一点においては抜きん出ている。本来は難しいはずの加工や建造を当たり前のようにこなしている――本人曰く苦労しているそうだけど、端から見る分にはテキパキと作っているようにしか見えない――様は、見ていて気持ちが良いほどだった。

 尚、私が今着ている女物のワンピースは、着替えがない以上洗濯時は裸になるわけで、その状態でも私やディユ、ホープはさほど気にならないのだけど、ウェンが恥ずかしがって部屋から出てこないという事件が発生したため、急遽仕立てて貰ったものだ。急遽仕立てて貰ったものなんだけど、街で買うようなものよりもよっぽど高品質と言う事は言うまでも無い。

 最後に眠そうにしているホープは、第一印象と今とで全く別人のように思える。そう、第一印象は『眠そうな子供』だったのだけど、違った。あの子は夜行性の小動物の類いに似ていて、夜、日が沈んだ後に元気になる。もっとも、彼が一番元気な真夜中は、ディユもウェンも寝ているので、なんとも寂しそうにしていたけれど。

 そしてホープはその暇を持て余すのではなく、夜になると狩りに出かける事が多い。動物を捕る狩りで、狩人としての腕は確かなものだった。というか、罠の使い方が非常に上手い。戦士としての強さではなく、狩人としての強かさとでも言うのだろうか? 一晩一緒に行動してみたけれど、彼から息の潜め方、そして息を潜めた動物の気配を探る手段などを教えて貰う事が出来た。彼にとっては遊びらしいけど、とんでもない。

 総じてこの三人は、お互いを補いあっている。

 ディユという物作りに特化した少年は、それ以外が恐ろしく苦手だったし、ホープという狩りなどに特化した少年は、それ以外がやはり苦手だった。ウェンは普通であるが故に、そんな二人の偏った才能をつなぎ合わせているのだろう。

 奇跡的なバランスと評価するべきなのか、それともこれは必然なのか……。

 結論から言えば、深いことを考えるのはやめた。

 この三人はあまりにも完成されている。恐らく、この森の中で暮らすのが幸せだ。

 外に出しても。

 良い事はあまりにも、少なすぎる。

「……エ、ルシエ。聞こえてるか?」

「え? ああ、ごめんなさい。少し考え事をしていたわ」

「そう。よかった、病気にでもかかったのかと」

 安心、と言葉を漏らしたのはウェンだった。

 当然か。ディユは一日の大半を工房で過ごしている。偶にこの家屋に戻ってきても、ご飯を食べるか湯浴みをするか、そうでなければトイレを済ませに来るくらいだ。そしてホープはホープでお昼は寝ていて自室から出てこない。

「それで、どうかしたの、ウェン」

「いや。ルシエは結局、帰り道を思い出したのかなあ、と思ってな」

「……全く」

 そうだった。

 私は帰らなければならないのだった……いや、本当にそうだったっけ?

 帰ったところで、私はどうしたらいいのだろう。

 帰る理由は、あるのだろうか。

「そっか。ま、ルシエがなんとか思い出せることを俺たちは願ってるよ――そうそう、今朝ホープから聞いたんだけど、狩りをやったんだって?」

「ええ。私は冒険者だからね――それなりに戦いには自信があるのよ」

 そう。私は冒険者だ。

「ふうん。ご飯の食べ方とかを見てると、随分と良い教育を受けてたようにも見えるけど。俺たち、マナー的にダメなことしてなかった? 大丈夫?」

「……そうねえ。貴族との会食とかだと、マナー以前に論外ということもいくつかあったけれど。けれど、私はもう貴族じゃ無いもの」

 貴族としての自分は捨てた。

 アンタンシフの名から逃れたくて、私は冒険者になったのだ。

 家を、領地を護れという、両親の言葉には重みがあった。確かにそうするべきなのだろうとさえ考えた。けれどそれは重すぎる。私の手では、持ちきれない。

 だから逃げた。逃げ出して、冒険者という危険と隣り合わせの生き様を――あるいは死に様を選んで。

 けれど私は死ななかった。アンタンシフという家を、領地を護るために教え込まれた様々な知識が、そして鍛えた身体と技が、私という冒険者を強くした。

 強くなりたかったからなったんじゃない。

 死ななかったから強くなっただけだ。

 立ち向かうために苦労をしているのでない。

 逃げ出すための努力を惜しまないというだけだ。

「ルシエは強いね」

 唐突に。

 ウェンは私に面と向かって言う。

「戦闘能力で言ってるわけじゃないぜ? つまりさ。ルシエは、自己分析が出来るんだろう。自分のどこが良くてどこが悪い、そういうことを考えられる。だから……ルシエは、強いんだよ」

「逃げてるだけよ。自分は何ができる、何が出来ない。そうやって仕分けていって、結局『できない』と思えば、ソレを理由に逃げているだけ。逃げることは……簡単だから」

 ……そうか。

 それが今の私なのか。

「お。その表情、どうやら自分で気付いたか。へえ」

 悪戯が成功した子供のような、そんな笑みを浮かべてウェンは言う。

 まるで私の心を見透かしたかのように。

「皆、ヒントをくれていたのね。……ホープなんて、だいぶあからさまに」

 帰り道なんてものは、来た人にしか分からない。

 帰り道(そんなもの)は知らない。

 それは、そのままの意味だったのか。

「遅かれ早かれ――」

 ウェンはそこで言葉を句切って、森の木々を眺める。

「――何かを究めようとする人間は、必ず壁にぶつかるんだ。これ以上は進めない、これ以上は越えられない、そういう絶対的な壁にな。……ルシエは、ぶつかる前にその壁に気付いちゃったんだろうな。そういう、『前もって自分の限界を見つける』なんて奴は滅多にいねえんだけど。それはだから、ルシエの才能なんだろう」

 改めまして初めまして、とウェンが言う。

 いや、ウェンだけじゃない。

 今、私の前にはウェンしか居ないのに――三人の声が、したような気がする。

「一定の自覚も済んだところで、改めてこの森について説明しようか。といっても、説明できる事なんて限られていて、全部は俺たちも把握できてないんだけど」

「……説明?」

「ああ。この辺は、『光の森』って昔、名付けられた場所だ」

 ……光の森?

 聞いた事が無い。名付けられた場所ということは、やっぱりどこか……ということなんでしょうけど、王国内にそんな土地があるとも思えない……。

「何て言うのかな。『どこにでもあって、どこにもない』。『此処と其処の間』に、この森はある。どこにでもな。『遅かれ早かれ、何かを究めようとするものが辿り着く場所』。ルシエがどこからここに迷い込んだのかは俺たちにも確かめようがないんだ。けれどただ言えることはある。ルシエは『何かを究められる』。素質を持ってるんだ。じゃなきゃ、ここには来ることができねえからな」

 曖昧な説明だ。

 これで明確と言えるのは、超常的な場所だと言うことだけだろう。

「そして俺たちは、『作る』んだ」

「作る?」

「そう。『限界の壁を壊す何か』をな。たとえばディユが武器や防具を。たとえば俺がその機会を。たとえばホープが可能性を。『限界の壁』を壊すためのものを、作り上げる。この森はそれを造り、与えるためのものなんだ――もっとも、そのためには訪れた本人が一定の自覚をしなきゃいけない。何故こんな訳の分からない場所に辿り着いたのか。それを自覚して、夢や幻の類いの中に自分がいると理解して、ようやく俺たちは作ってやれるんだ――だからたまに、『最後まで気付かずに帰る奴も居る』。限界の壁にぶつかって、それでおしまいになっちゃうやつもな。けれどルシエは違う」

 (ルシエ)は気付けた。

 私は依頼を受けていた――そして戦闘をこなし、その戦闘で勝利し。

 そこでふと、自らの限界点を見てしまった。

 自分がそこで止まると言うことを悟ってしまった……冒険者としての自分が詰む未来を見てしまった。

 だから私は逃げたんだ。

 冒険者の自分が行き詰まり、冒険者からも逃げなければならない未来から。

 なのに成長が止まるという未来を今は、けれど不思議と感じない。

「ルシエには、壁を越える資格が与えられた。何かを究めたその先に、新たな道を切り開く力を得た。事実もう、ルシエには壁がないはずだぜ。今回それを担ったのは、多分、ホープなんだろうな。俺もちょっとは手伝ったかも知れないけど」

 ホープとウェンが、私の壁を壊す手伝いをしてくれた……ということか。

 だとすると……この服も。

 そうか。

 そういう、事になるのか。

「いえ。ウェン、私はディユからもこの服を貰ったわ」

「けど、ただの服だろ?」

「そうね。けれど……布だった」

「まあ、服だしな。……うん?」

「私は冒険者として、少し珍しいものを武器にしているの」

 つまり、布。

「この服だって、私にとっては竜をも殺す武器になるわ」

「……へえ。また、珍しい技術だな。その手の暗器で『究める』なんて、本当に珍しいことなんだけど」

「信じてないなら、見せてあげましょうか?」

「信じるからここで脱がないでくれ。俺は他の二人と違って反応しちゃうからさ……目のやり場に困るんだよ。ルシエみたいなスタイルの良い奴の裸は」

「お子様ね。白いリボンを付けて上げたくなるわ」

「……その王城の悪習、さっさと廃れりゃ良いのに」

 唇を尖らせてウェンは言う。

 けれど、そうか。

 逃げた先で、私はこの力をさらに伸ばせるようになったのか。

 なんて皮肉だ。

 ……いや。

 皮肉でも何でも無い。

 私はいつもそうだった。

 何かから逃げれば――その逃げた先で、逃げる前以上に大きな何かを手にしているのだから。

 貴族の責任から逃げた私は、冒険者として高みに挑まざるを得なかった。

 冒険者の限界から逃げた私は、その限界の更に先へと進まざるを得なくなるのだろう。

 それは即ち、きっと私は冒険者ではない何かに辿り着くのだという未来を暗示しているのがちょっと気にくわない。私は将来、一体何になるのだろう?

 今は考えないで、良いことか。

「ウェン。あなたたちは、この森で暮らしていたと言っていたわね」

「全部本当だよ。俺たちはずっとこの森で暮らしてるし、家を作ったのはディユの奴。俺は畑いじりばっかりしていて、ホープは狩りをする。そんな三人での自給自足……三人きりで、ずっと生きてきてる」

 ずっと。

 ずっとか。

「ここでの出来事って、私はずっと覚えていられるのかしら?」

「どうだろうな。それは人によると思うぜ。ましてやルシエはまだ若い。将来暫くしたら、案外忘れちゃうかもな――けれど、案外ずっと覚えてるかも知れないな」

「……そう。まるで夢のように、目を覚ませば忘れるものかと思ったわ。光の森なんて、聞いた事も無いんだもの」

「あははは、そりゃそうだろうさ。このところ森に来る奴がそもそも少ないし、『そういう経験をしたんだ』――なんて主張しても、誰も信じやしない事だからな」

 そういうものか。

 そういうものなのか。

 ふと気付けば、森が白く染まり始めている。

 まるで雪でも積もるかのように……いや。

 そこから『欠けている』、かのように。

「……何か最後に、質問は? 俺に答えられることならば、答えるぜ」

「じゃあ、甘えて一つだけ。私があなたたちにまた会える、そんな未来はあるのかしら?」

「ん……ああ。鋭い質問だな」

 『はいであり、いいえでもある』。

 ウェンはそんな視線を私に投げかけて、それでも、笑った。

「原則は一度きり。けれど……、『条件』さえ『満たさなければ』、また会えるかもな」

 瞬間、全てが白に欠けきって――

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